れこーどかんこー
「ん…」
現在、ニッポンジン愛しのお風呂に入りながらも、私の心は晴れること無く落ち込んでいた。
キルと一緒じゃなく、独りで入ってるからとかではない。
地球に住んでいた、同胞の人々。記憶を読み取った完璧とは言えないキルではなく、本物の、故郷を思い出させる人々との触れ合い。
つまるところホームシックだ。
「最初のほうは、そんなこと悩む暇もなかったしなぁ…」
キルに振り回されて、連れまわされて、弄ばれて。
今思うと、あれは私が寂しくないようにというキルなりの気遣いだったのかもしれない。いや絶対そんなことないと思うけど。
「………」
左腕をお湯から出し、空に翳すようにして手首に巻いているアンクレットを見つめる。
このアンクレットは、異世界に来ても何故か残っていた、地球からのお土産だ。
別に特別高いやつだったりするわけじゃないんだけど、向こうにいた頃、親友に誕生日プレゼントとしてもらった思い出の品だ。
…無理やり後々重要そうなモノの設定ぶち込んできてアレなんだけど、割と面倒になってきたからこの設定止めていい?キルがいる限りレイちゃんは無敵だということにしたいし。
じゃあそういうわけで記憶消すんで。ホームシックレイちゃんはいないことになります。次のレイちゃんはきっと上手くやるでしょう。
家でのお風呂があったような気がしたけど、封印されし記憶なのでそんなことはない事になり再びお出かけとなった。今度は人権発行ではなく観光らしい。
この世界(惑星の名前が何て言うかは知らないし聞いてない。なんなら惑星なのかもわからない)はそこそこ文化が進んでいるので、村や町ならともかく、大きい国ならば住人証とか各ギルドの登録証とかの提示を求められる。だからギルド登録して人権を得る必要があったんですねぇ。
ちなみに転移で行くので、検閲を受けず直接国に入る。つまり人権はいらなかった。(極論)
「転移するよ。忘れ物はあるかな?」
「家の鍵と財布忘れたー」
「はいこれ。お小遣いは1000円分ね」
「高校生だからもうちょっと欲しい」
渡されたのは幾何学模様が刻まれた鉄の鍵と、ベット上であられもない姿がプリントされた少女(私)の財布だった。
「…いつのまに私のグッズ化計画が?」
「初夜から。会員数一人の限定ファンクラブだね」
「さようで…」
鏡に映る姿を見せられる事はあれど、事後に写真とかを見せられる事はなかった私。初めて自分のアレな姿を、しかもオタクが喜びそうなグッズとして渡されると…こう、いろんな意味で微妙な気持ちになる。
うーん。でも誰かは知らんけどこのプリントされてる美少女、幸せそうな顔してんな。ならいっか。(他人事)
鍵は…なんとなくわかるけどこれ鉄じゃなくて銀かな?まだからといって何って話なんだけど。
ともあれこれで忘れ物はないはず。ハンカチティッシュは持たない人類だしスマホはないし定期もいらないし何か忘れてても嫁が何とかしてくれる転移あるし。よし、問題ないな。
「うぃ、準備おっけーでーす」
「ん。転移開始」
「へーここがフォブナーリンドかぁーテーマパークに来たみたいでテンション上がるなぁ」
「んー。まぁレイの世界だったら、有名なテーマパークだったらフォブナーリンドより大きいところなんていくらでもあるだろうし、あながち間違いじゃないかもね」
確かに。城壁の横幅見るには結構大きいと思うんだけど、地球で「じゃあこの大きさは国?」って聞かれたら困る。凄く困る。
我が祖国なら東京ドームとか甲子園球場とかで大きさ測るんかね?でも私どっちも実感わかないしなぁ…。キルの屋敷とかで比較しようにも、あんの中身異次元お化け屋敷でどう比較すればいいのか。流石にレイちゃんでもお手上げである。この前暇だったから、何か楽しいところって思って扉開けたら富士山らしき山頂に跳ばされた。もはや部屋ですらない。楽しかったけど。
「まあ、一先ず宿を取ろうか。夜になる度に屋敷に戻るのも趣がないしね」
「はいはーい。一番高い宿はもったいないというか雰囲気が嫌いだから適度にお手頃な宿がいいでーす」
「じゃあ中間より少し上、ってレベルにしようか。この国は比較的文明が進んでるから、それでも十分満足できると思うよ」
「やったぜ」
転移すると数多くの多種多様な人が歩く大通り。ケモ耳生やしたり耳長かったり翼付いてる人もいる。差別がなさそうで何よりです。
そこにキルに肩車されて転移されたわけなんだけど、特に注目を浴びることはない。認識阻害かなんかでしょ多分。あっキルさん私の股に頭ぐりぐりするの止めてください。やめっやめんにゃあああ!
通常より高い視点で見る街並みは、でっかい教会が中央にあり、そこから大通りが分岐してる。私たちがいる大通りもそれの一部っぽい。規則正しい建物の造形としては…あー…ロマンチック様式?とかそんな感じなの。親友のさーちゃんと街づくり系のゲームしてた時とかに見た気がする。
でもあの教会だけ異色な造形してるね。あれは知ってるぞ、ゴシックだな。
弾むように歩いて刺激を与えてきたり、私を落ちないように固定している太ももを揉んできたりするキルに耐えながら流れていく景色を楽しんでいると、住民の憩いの場っぽい公園と、それに付随する泉が見えてきた。
「この国の統治ってどうなってるの?民主?君主?」
「愛されダメ君主」
「おっけ把握」
まぁ悪いとこではないでしょう。警備が多かったり一般人が武装してたりしたら危ないって何かで見た。
さて、そんな名所っぽい公園から徒歩(私は肩車)2分ぐらい。
「ここがあの宿のハウスね!」
「無理し過ぎて文として成り立ってないなぁ」
私とキルだと修羅場なんて絶対起きないだろうからなぁ。ネタが入れれる時はなるべく入れていきたい。
付き合って一か月と少し、ラブラブカップルです!というか付き合って初日で結婚した気がするし、なんなら付き合うという過程が吹っ飛ばされてる気がする。現代日本じゃあんまり考えれませんわね!
二階建て、温かさを感じる木製。私の語彙だとその程度の情景描写しかできない宿。
いやでもさぁ!後々の伏線になるとかならともかく、普通の日常ワンシーンで行った建物を事細かく説明されても困るじゃん!ぶっちゃけここの言い訳もいる!?いらない。よし、次次。
「あ、いらっしゃいま、せ…。…お二人様でしょうか?」
ここは地球人の溜まり場ではないので、キルがドアを蹴破ることなく普通に入ると、可愛いケモ耳少女が出迎えてくれた。引き攣った笑みで。それでも最後まで言い切ったのはプロ根性だと思う。まだ少女だというのに、いい根性してるぜ。
うーん、やはり肩車されたまま入店すべきでは無かったか。ちなみに今は私が姿勢低くしてるけど、入店するときキルは屈んでくれなかったので、入口で頭ぶつけました。痛い。
ほいっと降りて、キルの横に並び立つ。
「二人。一先ず三日で食事付きで頼もうかな」
「あっはい…。お部屋は二部屋で?」
「いや、一緒で。シングルでいいよ」
看板娘(仮定)さんが「今晩はお楽しみになるんですね?」的な視線もどこ吹く風といった様子で、そのままキルは次々と細かいところを決めていく。
えっというか流石に狭くない?別に一緒なのはいつもの事として、シングルで二人だと寝てるとき寝返りするのもキツいと思うんだけど。
あっキルの目線が「何でこの娘寝れると思ってるんだろう」的な視線になってる!止めて私疲れてるのよそう心のゴーストが囁くの!
「これぞ健全な恋人関係…!」
「健全じゃなくてもデートはすると思うけどね」
宿を取り、荷物(草薙の剣)を部屋に置き、まだ昼前で観光する時間は十分あるから~と外に出る。
どうもこの世界の「食事付き」は晩御飯付きのことを示すらしい。朝は知らん。つまりこの外出は食事を兼ねた観光ですね。
愚民共に晒す今の恰好はアオザイ。私の可愛さに崇め敬え奉れ。
この服装、私は知らなかったんだけど、キルが渡してきたとき聞いたらそう言ってた。語感的には多分どっかの民族衣装だと思う。各自で調べてね。
今度は肩車なぞされず、普通に恋人繋ぎで往路を流し見しつつ歩く。目的はお昼ご飯となるものを売ってる屋台。
私は偏食なのだ。お気に入りのモノだけを食べまくって新しいモノにはチャレンジしない、そんな私が食材、製法が未知な昼ご飯屋台ガチャを引かなければならない。私は食事にはうるさいぞぉ。
ちなみにちゃんとしたお店でコース料理とかは封じられました。なして?
「…流石にシュールストレミングとかグラブジャムンとかは売ってないでしょ」
「さぁ、どうだろうね」
とんでもない地雷がないかをかるーくキルに探りを入れるけど、キルは眉一つ動かすことなくすまし顔をしている。やりおる。
シュールストレミングと違ってあんまり有名じゃないかもしれないけど、グラブジャムンは世界一甘いドーナッツだよ。洒落で買ったことあるんだけど、なんかこう、うん。美味しくはなかった。
所々並ぶ屋台では、お昼時というのもあるのかどこも人が並んでいて、そこから美味しいモノを見分けるのは難しい。もっとも、人気があったとして日本人の舌…というか私の舌が、現地の人と合うかは微妙なんだけど。
何度でも言うけど、私かなり偏食だからね。味とかもそうだけど、食感での好き嫌いも大きい。食感が急に変わるのがダメなタイプ。ワンポイントで食感変えるのはやめてね。
魚なら小骨でもガリってなったら吐き気を覚えるから神経質に取り除くし、かまぼことかの柔らかいものにアクセントとして人参とか入っててもアウト。焼肉をご飯に乗せられたらキレるけど、牛丼なら気にしない。カレーはいいけどそこにとんかつ乗せられるとやっぱりキレる。なんだこいつの食癖わけわからん。
まいいや。とりあえず無難なの選ぼう無難なの。見た目からシンプルなの選んどけば問題ないでしょ多分。普段偏食してるだけあって胃は小さいのだ。失敗してもお腹は膨れるから追加ダメージを受けることはない。
「おっちゃーん。その肉焼いたのちょうだーい」
「おう。600セレルだ」
お肉焼いただけなら多分ヘーキヘーキ。部位によっては食べれないけど。コリコリしてる部位とかダメです。筋あってもダメです。わがままだな!
お金の単位はセレルらしい。自分のあられもない姿がプリントされて───ない。普通の無地の財布を取り出してチャックを開ける。硬貨らしきものが一つ入っていたので、差し出されていたおっちゃんの手に乗せる。「足んねぇよお嬢ちゃん」的な目で見られた。
えっもしかしてお小遣い1000円ではない?
やっべー油断したーあの娘こういう風に私苛めるの大好きだったんだーと厳しくなっていくおっちゃんの目から現実逃避していると、横からすっと追加の硬貨が乗せられる。
「ほらレイ。あまり人に迷惑かけちゃダメだろう?」
当然のように、いい笑顔をした嫁がそこにいた。
This マッチポンプ
「通行人から聞こえたんだけどさー、劇場あるんだって。見たいなー見たいなー?」
食べ終わった串を魔法で焼却しながらキルへのおねだりを慣行する。肉のお味は鳥に近かった。多分カエルだと思う。一回しか食べたことないから確信もてないけど。熊肉食べたいなー。
「別にいいけど…他にも人いるからじっとして、静かにしなきゃダメだよ?」
「犬扱いから子供扱いには昇進したな!」
人間には成れたらしい。つまり今までご主人は獣を嫁にしていたということであり、ご主人はケモナー。QED証明。
「そんなに僕をケモナーにしたいなら、ずっと耳と尻尾付けてあげるよ?」
「感度3000倍は止めてください」
私は地に伏せた。思考盗聴しないでとか嘆願しない。私はキル様の忠実なる奴隷なので改造は止めてください。
往来のど真ん中で土下座をする美少女とそれを見下ろす怪しい黒フード。双方周囲の視線を気にしないので余計タチ悪い気がする。もっと周囲も慮って!
「んーでも、劇場って言っても、今何してるかわからないんだけど…とりあえず見に行こっか」
「やったー」
そしてさっきまでの事などまるで無かったかのように仲良く歩き出す。やばこいつもしかして情緒不安定では?
割といつものことなんですけどねまぁ。
通行人の流れに沿って移動すること5分程。赤い垂れ幕が石造りの建物をぐるっと囲うように下がり、自然に囲まれた、緑髪を大きなベレー帽みたいなのを被った少女が微笑んでいるシーンを描いた看板。チケットとか観賞中飲み食いするものを売っている屋台が周囲に並び、今日が平日か休日かは知らないけどけっこうな人でごった返してる。
また、劇場であろう建物は一部後から付け足したかのようにでっぱていて、そこでおねーさんが声を張りあげ「あらすじ」を喧伝してた。ちょっと描写多かったかもしれない。
「今大人気の、作られた少女の数々な困難に会いながらも行く先々で出会った人たちと親交を深め、心技体大きく成長しながら世界を救う、ハートフルストーリ!もう少しで開幕ですよ~!」
なるほど?私は好きだよそういうの。一時期は人は絶望に喘いでいる姿こそ一番美しいと思ってたけど、今は鳴りを潜めたから、そういう純粋なきらっきらしたのも好きです。
「そういうのがお望みなら体験さしてあげれるよ」
「自分では嫌だよ!安全な位置からの鑑賞だからいーの!私何かに抗うぐらいなら諦めるほうが楽だから好き」
第一自分が絶望したら楽しめないでしょう。というか私たぶん絶望しないと思うしタフだから。
ロマンチック様式?→ロマネスク様式




