33話 3階での戦い2
今日は33話を昼12時、34話を17時にアップする予定です(本話は33話)。
(ただ者ではないと頭では理解していたが、己の実力を過信し、見くびって足を掬われるとは……。『白の騎士団団長』、『エルフ種最強』、『静かなるハーディー』……周囲からもて囃され、ここ数年はゴブリン共にも劣る歯ごたえの無いヒューマンを村ごと潰し皆殺し程度の仕事しかなかった。その結果、いつの間にか心に贅肉、慢心を抱いてしまっていたな。今回の手痛い一件は教訓にせねば)
だがまだ幸運が残っていたとハーディーは自身を慰める。
幸運の一つが、自身の愛剣、叙事級『断罪の剣』が楯代わりになり即死を避けることが出来たこと。
2つ目は、ナズナと名乗った敵対者が追撃せず自身が回復するまで様子を窺っていたことだ。
(恐らく、今回が初の実戦で浮き足立ち、追撃をしてこなかったのだろう……。唯一無二のチャンスを棒に振ったな)
「……ッ」
ハーディーは治療を終えると、立ち上がる。
ナズナは先程までの威勢が嘘のように押し黙り、大剣を構えて後退った。
ハーディーは彼女を視界に捉えつつ、口内に溜まった血を吐き捨てる。
「……謝罪する。貴殿をこちらの都合で見くびり、軽んじていた。ここからは一戦士として全身全霊を以ってお相手する」
「お、おう!」
ナズナが警戒し、額に汗を浮かべさらに後ずさり間合いを取る。
彼女の態度がハーディーに確信を与えた。
『初陣、殺し合いに気後れしている』と。
(注意すべきは彼女の力量もだが、あの大剣だろうな……)
最初から『業物』だとは一目で理解していた。
(叙事級……いや、一撃で致命傷を与えた力を考えればその上の幻想級だろうか)
でなければハーディーの愛剣、『断罪の剣』がここまで綺麗に切断されることはありえない。
手に残る柄と半ば切れた愛剣に軽く視線を落とす。
(……だがタネは割れた。容姿に見合わぬ高い技量に、幻想級の大剣。レベルも3000近くあるのかもしれない)
人種ではないため『ますたー』の可能性はゼロだ。
ハーディー達と同じ『ますたー』の血を引く『さぶますたー』なのだろう。
なぜ『巨塔』に居るのか?
彼女を従える『ご主人様』とは何者か?
疑問は尽きないが、それは彼女を倒し、捕獲、情報を引き出すしかない。
故にハーディーは宣言通り全身全霊、奥の手すら切る!
「『サイレント』&『サイレント・リバース』……ッ!」
ハーディーが魔術を唱える。
戦闘級の『サイレント』だ。
外部に自分達の音を漏らさないようにするための魔術だが、ハーディーはレベル3000を超える。
その結果、戦闘級の『サイレント』が変質して特殊技能と化し、自身の呼吸音すら聞こえないほどの静寂に包まれた。
「!?」
ナズナは突然、無音世界に放り出されて戸惑う。
五感の一つを奪われたのだ。
戸惑うなというほうが難しいだろう。
常人がこの状態で居続けるとハーディの魔力に侵食されて早い者で3分、遅くとも10分ほどで魔術に浸食されて精神に異常をきたすと言われている。
精神を苛む空間にもかかわらず、術者のハーディーには特に影響が無い。
さらに機密情報だが、ハーディーの特殊技能『サイレント』には2つの特殊効果があるのだ。
一つは『敵対者の能力を徐々に下げていく』デバフ効果だ。
ハーディーが敵と認識する相手のステータスを『サイレント』の効果範囲に入り続ける時間分だけ下げる。
深く、静かに……本人も気付かぬうちに弱体化してしまう。
故に『静寂のハーディー』という2つ名が付いているのだ。
ここまではエルフ女王国上部が知る情報だ。
2つ目の効果はハーディー自身と母親リーフ7世しか知らない奥の手中の奥の手である。
2つ目は『下げた敵のステータスをストック。さらに自身に還元しステータスの底上げが出来る』だ。
これが『サイレント・リバース』の効果だ。
数百年分溜め込んだステータスを還元し、レベル3000を底上げ、レベル4000クラスまで上昇!
まさに『全身全霊を以てお相手する』――今までの全ての蓄積を使い、その全てを賭ける。その言葉そのものの行為だ。
「…………」
完全に準備を終えたハーディーが半ばから切られた『断罪の剣』を構える。
半ばから切られたとはいえ元は大剣のため、一般的なショートソード程度の刃は残っている。下手にランクが下がる予備武器を使うより、叙事級の『断罪の剣』のままが良いと判断したのだ。
ナズナもハーディーの気配変化を敏感に捉える。
彼女は乾いた喉を鳴らし、彼とは反対に大剣を背負い仕舞う。
硬く拳を固め構えた。
(……大剣ではこちらの短くなった刃の速度に追いつかないと判断し、あえて武器をしまったか。若いながら大胆な判断を下す相手だ。……だが、今の俺は先程の俺とは全く異なる、『サイレント・リバース』によって数百年溜めた力を得た存在。全てのエルフ種を圧倒的に凌駕したこの力の前に、どんな存在であれひれ伏すことになる)
自身に致命傷を与えたこともあり、ハーディーはナズナを高く評価した。
敵対者でなければ、『白の騎士団』団員にスカウトするほどに。
だが現在は倒すべき敵。
上昇したレベル4000規模のステータスを全身に感じつつ、ハーディーは間合いをジリジリと詰めていく。
ナズナも額から汗を流し、拳を固め飛び込むタイミングを計る。
サイレント効果だけではない静かな戦いが水面下で繰り広げられる。
「!」
最初に均衡を破ったのはナズナだ!
緊張感に耐えきれず、体を沈め、地面を蹴り、間合いを詰める動作に入る。
ハーディーはその全てを捕らえ――。
「ぐばぁ!?」
刹那よりなお短い時間でナズナがハーディーの胴体に拳をめり込ませる。そのまま彼を殴り飛ばし、『巨塔』奥の壁に叩きつけ、砕き、めり込ませてしまう。
ナズナは殴り飛ばした姿勢のまま、数秒ほど動きを止め……ガッツポーズをする。
「よし! 今度は壁を壊さなかったぞ! あたいだって本気を出せば手加減ぐらい出来るんだよ!」
大剣を背中にしまったのも、別にハーディーの短くなった武器に対応した訳ではない。
剣より拳の方が手加減の調整が利くと考えて、仕舞っただけだ。
緊張した面持ちだったのも、『ちゃんと手加減できるよな?』と心配していたに過ぎない。
無事、自分では『上手く手加減できた』と自画自賛していたナズナに……再び念話が届く。
『ナーズーナーさーんー』
「ひぇっ……!」
まるで地獄の底から響く般若のようなエリーの声音に、ナズナが短い悲鳴を漏らす。
彼女は涙目で慌てて声をあげる。
「な、なんだよエリー! あ、あたい、今度はちゃんと手加減して壁を壊さなかったぞ! なんでそんなに怒っているんだよ!」
『貴女の言う「壁を壊さない」は、外部と通じるほどの穴を開けないって意味でしょう……わたくしが言う「壁を壊さない」は、「壁に修復するような傷をつけるな」って意味ですわ! この短い間でわたくしにどれだけの魔力を消費させるつもりですの! 貴女というナズナさんは! 手加減を覚えなさいと何度も言っているでしょうが!』
「あ、あたいだって頑張ってやっているのに! わぁぁぁあぁん! ご主人様! エリーがいじめる! 小姑!」
『だ、誰が小姑ですの!?』
泣きが入ったナズナがライトに助けを求めるが、当然届くはずがない。
むしろエリーを怒らせる結果となり、数分間、がみがみと説教を受けてしまう。
壁にめり込み今度こそ完全に意識を失ったハーディーは、暫くすると修復した壁に押し出され床に気絶したまま吐き出されたのだった。
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33話を12時に、34話を17時にアップする予定です!(本話は33話です)
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