26話 嘘
「…………」
魔人国首都スラムのほぼ中央に、『暗殺結社処刑人』の屋敷が存在した。
その屋敷、地下に『社交場』という暗殺者が待機する部屋があるのだが……。
現在、物理的に室内を冷やされているように空気が冷たい。
1人、小柄な人物がソファーに座り、そこから冷たい殺気を隠すことなく溢れさせていた。
その人物こそ『暗殺結社処刑人』創設者、ボスである魔人国マスターの1人ギラだ。
身長は150cmほどしかなく、一般的な女性より小柄で口元を髑髏マークが付いたスカーフで隠している。
一見すると世界最高の暗殺結社トップとは見えない華奢な体躯だが……彼から溢れ出る殺気に周囲に立つ『暗殺結社処刑人』暗殺者達は、冷や汗を流していた。
彼がその気になれば、屋敷ごと自分達を瞬き程の時間で皆殺しにすることが出来るからだ。
静かにキレているギラが口を開く。
「――死剣の容態、戻るか?」
「い、いえ、組織内部の魔術師だけではなく、魔人国の腕利きにも見せましたが回復は不可能だと……」
『暗殺結社処刑人』のトップ5の実力者達を『死剣』と呼ぶ。
そんな『死剣』5人が、朝、魔人国首都広場で発見された。
彼らは全員、生きてはいるがまともに会話し思考する能力を消失。
運動能力など当然ある筈もなく、何があったのか尋ねてもまともな返答など返ってこない状態だ。
さらに一番の問題は――その彼らが『暗殺結社処刑人の暗殺者』で、貴族や商人等の殺人事件・虐殺などの犯人で、他にも貴族などがどんな理由で暗殺依頼をしたのか事細かに書いた看板がデカデカと側に立てられていた。
当然、看板に書かれた内容だけで証拠は無い。
無いが――名前の書かれた依頼人も否定はするが、周囲は『彼が暗殺者に依頼したのだろうな』と考えるだろう。
ライバルが突然、不自然死。『一番得した人物は……』と考えれば、納得してしまうのは当然だ。
絶対に依頼人である本人は認めないが。
そのせいで『暗殺結社処刑人』の信用は地に落ちた。
メンツを潰されたのだ。
こんな無様に暗殺者、ターゲット、依頼人の内容を晒された暗殺結社に仕事を依頼するものなどいるはずがない。
ギラとしてはあくまで趣味と実益を兼ねて立ち上げた組織で、別に愛着があるわけではないため潰そうと思えばいつでも潰せたが……。
ここまでメンツに泥を塗られて、黙っていられるほどプライドは低くない。
むしろ、プライドを大いに傷つけられ、物理的に部屋が冷えていると勘違いするほど静かにキレているのだ。
ギラは報告を聞き、1人漏らす。
「死剣、直接話を聞く無理。だが十中八九、獲物、ダーク、仕業……」
『!?』
ソファーに座ったままの状態で、周囲に立つ暗殺者が一切反応できず、『社交場』の壁、天井、家具などが切られ、切断、破壊される。
数秒間、触れただけでも即死の攻撃が怒りを吐き出すように続く。
『死剣』と比べたら実力は下がるが、それでも一流の腕を持つ暗殺者達はその攻撃を一切認識出来ず、ただ硬直した状態で過ぎ去るのを待つ。
ギラは一通り八つ当たり的な行動を終えると、静かに告げる。
「ダーク、われ、殺す。メンツに懸けて、ダーク、仲間、友人、知人、隣人、ペット、家畜――全部、殺す。八つ裂き。『暗殺結社処刑人』、メンツ懸けて、全員、ダーク、殺すため動け」
『り、了解しました!』
ボスの指示に怯えの感情を混ぜた声をあげると、逃げるように暗殺者達が動き出す。
ギラはその背中を見送ると、ソファーから立ち上がり自分も動き出した。部屋を出る際、座っていたソファーが八つ当たりのため全て細切れに切断されてしまうが、その攻撃方法を視認することはやはり誰にも出来なかった。
☆ ☆ ☆
「ふ、ふざけるなですよー! 何が『世界最高の暗殺結社』ですかー!」
唾を飛ばし、ディアブロが激昂する。
場所は暗殺依頼をした酒場の、奥にある個室。
そこには以前通り、ゴブリン顔の魔人種青年が待っており、ディアブロを見ると苦い顔をする。
彼は構わず、先程の台詞を叫ぶ。
「話が違うじゃないですかー! こんな簡単に負けるなんてー! し、しかもミーは『ダーク暗殺』を依頼したのに、どうしてミーが『ヴォロス第一王子の暗殺を依頼した』ことになっているのですかー!?」
「落ち着いてくださいでやんすよ、旦那……」
「落ち着いてなどいられませんよ! 馬鹿高い金を払っているのに、どうしてミーがこんな目に遭わないといけないのですかー! 巫山戯るなですよー!」
ディアブロは感情を露わに怒鳴り散らす。
ただ『ダーク暗殺に失敗した』だけなら、ここまで感情的にはならなかった。
しかし、なぜか自分が『処刑人を使って、ヴォロス第一王子の暗殺を依頼した』と、暗殺失敗した者達の側に立てられた看板に書かれていたのが非常に不味い。
ディアブロが処刑人に仕事を依頼したのは事実だ。
ヴォロス第一王子も処刑人がどんな組織かを知っており、評判も耳にしている。さらに現在、人種王国への懲罰作戦も『巨塔の魔女』と繋がっているディアブロのせいで失敗していることになっているのだ。
お陰でディアブロは再びヴォロス第一王子に呼び出しを受けてしまったのだ。
前回、あれだけ罵られたのだ。
次はどのような扱いを受けるか……。
想像しただけで暗澹な気分になり、その元凶である処刑人の構成員に対して感情的になってしまうのは必然と言えた。
ゴブリン顔青年は、ディアブロの罵声を甘んじて受けつつ、落ち着かせるように声をかける。
「今回の一件に関しては全面的に申し訳ないでやんす。ですが、安心して欲しいでやんすよ。ダークが調子に乗って、あんなことをしたせいでうちのボスが心底激怒しているでやんす。ボス自身『ダークの首は自分がとる』と仰っているでやんす。処刑人のボス自身がでやんす。ダークと今回の一件に関わった者達は皆殺し確実でやんす。だから、旦那、どうか安心して欲しいでやんすよ」
「……そのボスが動けば絶対にダークは殺されるのですねー?」
「はいはい、絶対でやんす。何せボスは物語に出てくる『魔王』ですら、殺すことが出来るほどの実力者でやんすから。普段は小物なんて相手にしないでやんすが、ダークが調子にのったせいで眠ったドラゴンを起こしたんでやんすよ」
ゴブリン顔青年が『もちろん追加料金は頂きませんのでご安心してくださいでやんす』と揉み手で告げてくる。
感情に任せて激昂したのと、相手のへりくだった態度に冷静さを取り戻したディアブロが念を押す。
「……本当にそのボスが動けばダークは殺されるのですねー」
「はい、絶対でやんす」
(なら、ヴォロス様の呼び出しさえ無難に収めれば、まだミーは助かる?)
胸中で計算をする。
出来ればヴォロス第一王子の命を狙っていないことを、『暗殺結社処刑人』関係者の口から説明させたいが、王子の前に暗殺者の関係者を連れて行くこと自体、ありえない行動のため諦めるしかなかった。
(あとはどうしてミーがダーク暗殺を依頼したのか誤魔化せば、まだなんとかなりますよねー?)
ディアブロは文字通り藁にも縋る思いで、ゴブリン顔青年の言葉を信じて矛を収める。
ディアブロは酒場を出ると、次のヴォロス第一王子の呼び出しをどうやって無難に終えるかに頭を悩ませるのだった。
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