23話 本物の暗殺者
「何か勘違いしているようだけど、別に僕は命惜しさに『人種絶対独立主義』を蔑ろにしている訳じゃないよ。なぜなら――」
人種王国首都の皆を人質に取ったと勘違いし、調子に乗っていたマッドピエロの前に、僕はアイテムボックスから大量の四角い箱を吐き出す。
この箱こそ、マッドピエロが声高に語っていた毒ガス云々の箱だ。
「既に配置された箱は全部回収、中身の毒も無力化済みだしね」
「そ、そんな馬鹿な! ど、どうして貴方が毒ガスを封じ込めたマジックアイテムを全部持っているのよ!? あ! は、はったりね! はったりであたしを騙そうとしているのね!」
ピエロは最初こそ、動揺した台詞を叫ぶがすぐに事実を受け入れられず『自分を騙すためのはったりだ』と騒ぎ出す。
ある意味予想通り過ぎる行動に、僕はやや大袈裟に肩をすくめて溜息を漏らした。
「そう言うと思っていたよ。もしはったりだと思うなら、今すぐ配置したマジックアイテムを起動してみればいいじゃないか。全て回収済みで、今ここにあるから無駄な行為だけど」
「ッ!」
僕に言われてマッドピエロはポケットから小さな板状の物を取り出し、真ん中の魔石部分に触れつつ、小さく呟く。
その呟きが箱を起動するワードなのだろう。
マッドピエロの指示に従い目の前に積まれた一部の箱が『パカッ』と開く。
全部を開くのではなく、一部お試しで開いたようだ。
中身は既に無毒化しているため、開いても何の意味もないが。
目の前の箱が本物だと証明されるとマッドピエロは、再度驚愕の表情を作る。
「ど、どうして箱がここにあるのよ!? どうして!?」
「……逆に聞くけど、なぜ暗殺者に狙われて周囲に気を配らないと思ったんだ? 如何にも怪しげな箱を置いて回る輩がいたら、どんなものか分析、危なかったら回収、無力化するのは当然じゃないか。まさか僕達がただ黙ってやられてあげるとでも勘違いしたのかい?」
僕はマッドピエロの注意を引くため、強めに台詞を告げた。
実際、彼が人種王国首都に入国、怪しげな動きをしている間もずっと『奈落』の仲間達に手伝ってもらって監視。
怪しげな箱を置いて回り出してから、回収して回ってもらっていたのだ。
僕は指摘を続ける。
「他にも宿屋で待ち構えていたのも知っているし、従業員を皆気絶させてはいるが、いざという時に人質にするために死亡者はいないことも知ってるよ」
「!?」
マッドピエロは顔を白く塗っているため顔色は分からないが、血の気が引いたように青くなっていることが手に取るように分かる。
僕は手を弛めない。
「他に付け加えるなら、その7色の髪の毛や衣服などに染みこませてる毒があり、宿屋内部で僕達を襲撃したのも、気密性の高い屋内の方が相手に毒物を効率よく吸わせることが出来るためだ。後これは推測だけど、その道化師の恰好も、舞台に立っているように大袈裟な動作しても相手に不自然に思われないようにするものだよね?」
僕の指摘に、マッドピエロはまるで頭から大量の水を被ったかのように汗を流す。
さらに僕は付け加える。
「毒物は即死の物ではなく麻痺系かな? でも残念ながら僕達に毒物は効果無いんだよ。即死、麻痺、睡眠など関係なく、全て無効化されるんだ」
「…………」
マッドピエロは先程までの大袈裟に驚愕していた余裕もなくなり、冷や汗を大量に流しつつ、恨めしそうに僕を睨み続けていた。
どうやら僕の指摘は全て正解のようだ。
彼を観察すれば、全て簡単に分かることだから自慢できるようなモノではないのだが……。
一番残念なのは、いくら図星だからと言って自称『世界最高の暗殺結社』、その中でも精鋭らしい『死剣』の1人マッドピエロが、話をし続けている僕だけに注目していることだ。
いくら注目を集めるために喋り動いているとはいえ……こうも簡単に引っかかるとは……。
思わず僕は大きな溜息をついてしまう。
その溜息にマッドピエロは怯えるかのように肩を震わせる。
僕はつい指摘してしまう。
「いくら図星を突かれて、返答できずに黙り込むのはしかたないとはいえ……暗殺者なのに僕だけに気を取られ過ぎじゃないか? 本当に『世界最高の暗殺結社』なの? どうして未だに人質を奪い返されたとすら気付かないんだよ……」
「!?」
僕の指摘で初めて、マッドピエロはソファーに寝かせていた女性従業員の姿が無い事に気付く。
「い、いつの間に!?」
「ダーク様が『他に付け加えるなら、7色の髪の毛や衣服などに~』と仰っていた時だ。気付くのが遅すぎる!」
「ぐべぇ!?」
背後からマッドピエロの首筋にネムムが手刀を叩き込み、意識を奪う。
ネムムの片腕には、ソファーで意識を失い人質に取られていた女性が抱えられていた。
彼女が人質を救出後、マッドピエロの背後に回り彼の意識を奪ったのである。
マッドピエロが白目を剥いて意識を失ったのを確認しつつ、溜息混じりにぼやいてしまう。
「世界最高の暗殺者集団というから警戒していたけど……無駄が多すぎて、最初は逆に罠なのかと疑っていたけど……全然そんなことなかったね」
「主の指摘通り、これが本当に世界最高の暗殺結社なのか? 世界最高のお笑い集団という方がまだ信じられるぞ」
僕とゴールドの指摘に、ネムムが救出した女性を再びソファーに横たえ、マッドピエロを拘束しつつ指摘する。
「ダーク様、今回のは恐らく幹部達……『死剣』の中でも最弱だったのでしょう。だから、これほど付け入る隙があったのですよ」
ネムムが語る。
「人質を取り、相手に飲まざるを得ない要求を突きつけ、その絶望する顔を楽しむなど、暗殺には不必要な行為。こいつは暗殺者ではなく、ただの愉快犯なのでしょう。それがたまたま今まで上手くいっていたので『暗殺結社処刑人』の幹部になれたのでしょうね」
彼女はマッドピエロの拘束を終えて、彼に触った手を綺麗にするためわざわざ『R、ウォッシュ』を使用。
汚れを落としつつネムムは真剣な表情で告げる。
「ですが、恐らくこれから襲ってくる者達は本物の暗殺者」
彼女は僕達に向き直り、
「冒険者仲間ネムムではなく、『UR、アサシンブレイド ネムム レベル5000』として進言させて頂きます。『奈落』最下層内部ではともかく、地上に出たらお気を付けください。奴らは暗躍、暗殺、策略、あらゆる手を用いてダーク様のお命を狙ってくるでしょう。相手のレベルが下とはいえ油断なさらないでください。その油断が致命的なモノになる可能性があります――『本物の暗殺者』とはそういうものですから」
『奈落』最下層内部でもトップの暗殺者であるネムムが、強い瞳で断言した。
同じ暗殺者として、決して相手が格下でも油断しないで欲しいと真摯に告げてきた。
全て僕の身を案じるからこそだ。
そんなネムムが改めて、僕の前で跪き断言する。
「故に『UR、アサシンブレイド ネムム レベル5000』として、本物の暗殺者が束になって襲いかかってきたとしても、ダーク様の御身は自分が絶対に守らせて頂きます」
ネムムは暗殺――自分の得意分野のため警戒心を強く持って欲しいと進言しつつ、同時に最高峰の暗殺者としての自負から絶対に僕を守ると断言してきた。
その姿は非常に頼もしい。
彼女の真摯な忠誠心に僕は仮面越しではあるが、満面の笑みでお礼を告げる。
「ありがとうネムム。今後も頼りにしているよ」
「はい! 全身全霊を持ってダーク様をこのネムムが本物の暗殺者の薄汚い刃からお守り致します!」
ネムムは今後襲ってくる本物の暗殺者『死剣』の姿を脳裏に描きつつも、力強く断言したのだった。
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