22話 箱
「お帰りなさいな、『黒の道化師』パーティーちゃん達」
高級宿屋に入ると、190cmを超える巨体に、がっしりとした筋肉を纏った魔人種の男性が女性口調で声をかけてくる。
それだけでも個性が際だっているが、さらに赤く丸い小さなボールを鼻につけ、髪は七色に彩り、顔を白く塗って星や月などを描き込んでいた。
ふざけた恰好をしているが、ここまで漂って来そうな体に染みついた血と死の臭いが雰囲気で伝わってくる。
100や200人程度で染みつく雰囲気ではない。
だがなぜかこの異様な恰好をした人物は、高級宿屋の会談スペースにあるソファーの背もたれの後ろに立ちながら声をかけてきた。
(? なんでこいつはソファーの後ろに立っているんだ?)
高級宿屋は入り口を入って奥に受け付けがあり、その横に廊下を挟んで2階の宿泊施設に上がる階段、そして右手側には飲食が出来る食堂があり、反対側の左手側に7色髪をした男が立っている会談スペースが存在した。
一応、相手に怪しまれないように警戒する素振りを見せる。
僕達の反応に気をよくした7色髪をした男は機嫌良さそうに声をあげる。
「そんなすぐ迎撃態勢をとってくれるなんて、本当に久しぶりに殺しがいのある獲物だわ。しかもあたしが一番っぽいし! 本当、日頃の行いが良いと運も味方してくれるのね。あたし、ちょーうれしい! あとは獲物である貴方、ダークちゃんの首をあげれば名実共に組織の2番手になれるわ」
7色髪をした190cmはある男が、頬に両手をあててくねくねと体を動かす。
その動きに合わせて7色髪もわさわさと揺れた。
僕は思わず指摘する。
「2番手? 1番じゃないのか?」
「一番手はあたし達のボスよ。あの人は世界最強の暗殺者だから、絶対に超えられないの……。本当にうちのボスは強いのよ。もう惚れ惚れしちゃうぐらい!」
「世界最強の暗殺者ね……あまり興味がないからどうでもいいけど。それでお前は僕を殺しにきた暗殺者でいいのか? だとしたらこんな堂々と顔を出してもよかったの?」
暗殺者らしい影からの不意打ち等もせず、正面から乗り込んできた。
戦力的にもこちらは3人で、あちらは見る限り1人で人数的に不利な状況だ。
にも関わらず堂々と顔を出してきたことについて指摘する。
7色髪をした男は呆れたように溜息を漏らす。
「もうせっかちね。まだその年齢じゃ分からないかもしれないけど、あんまりせっかちだと女の子に嫌われちゃうわよ? 尤もこの場で今すぐ殺すから、意味が無い忠告だけれども。なぜならもう勝負は決まっているのだから」
彼は話し終えると、ポケットから一枚のハンカチを取り出す。
ゴールドが盾を構えて僕の前に出て、ネムムが腰を落としいつでも動けるよう足に力を込めた。
7色髪をした男は2人の行動など一切気にせず、ハンカチを両手で摘まみ、広げて何度か動かして表と裏をこちらに見せてくる。
「こちらただのハンカチ。見てもらった通りタネもしかけもないわ。でも、こうして両手でしまって……3、2、1、はい!」
彼が両手で包み込んだハンカチを広げると――大きな風呂敷サイズになって正面にあるソファーを包み込む。
再度、風呂敷を取り去ると、そこに高級宿屋従業員女性が横たわっていた。
ソファーには誰もいなかったはずなのにだ。
従業員女性にはぱっと見て怪我はない。胸も上下に動いていることから、気を失っているだけだと判断出来る。
(なんでソファーの後ろに立っているのかと思ったら、これをやりたかったのか……)
大道芸としては拍手を贈っても良いレベルなのかもしれないが……。
その後、7色髪をした男の台詞に僕達は眉根を顰めた。
「坊やって『人種絶対独立主義』なんてアホな主義を掲げる売女『巨塔の魔女』と仲が良いのよね? ならこの子を見捨てても良いのかしら?」
風呂敷が消えて、彼の手に大ぶりのナイフが握られていた。
彼女は僕達に対する人質のようだ。
7色髪をした男の発言に、ゴールドが不快感を露わにする。
「正々堂々、姿を現したかと思えばゲスなマネを……」
「やだ怖い~。騎士様に凄まれちゃった~」
しかし相手はゴールドの不快感をからかうように声を出す。
さらに7色髪をした男は僕達を脅迫してきた。
「で、も。目の前の事ばかりに囚われては駄目よ。人質はこの子だけじゃないわよ~。人種王国首都全土に毒ガスを封じ込めたマジックアイテムを設置したわ。あたしが命令をすればすぐにその毒ガスが散布される仕組みなの~」
「…………」
ソファーに眠る女性だけではなく、僕達に対して7色髪をした男は『さらに人質を取っている』と宣言。
「あたしが貴方達の前に姿を現している時点で勝負は既に決しているの。あたしは『暗殺結社処刑人』の『死剣』の一人! ボスがつけてくださった素敵なお名前『マッドピエロ』! 『死剣』のマッドピエロなの! 今まで貴方達が戦ってきたモンスターや凡夫達とは根本的に違うの! ねぇ絶望しちゃったかしら? もう既に勝負がついていると知って絶望しちゃったのぉ? ねぇ、お姉さんに教えてちょうだい~」
7色髪をした男――マッドピエロは自分が完全に優位に立っていると信じて、愉悦の表情を浮かべながらこちらを煽ってくる。
彼は自身が満足するまでこちらを煽ると、ニタニタと獲物をいたぶる視線を向けつつ提案してくる。
「さぁ、どうする? このままじゃこの子だけじゃなくて、街全部が滅んじゃうわよ。で、も、ダークちゃんが大人しく自分の首を差し出すならこの子も、首都のヒューマンちゃん達も殺さずに手を引いてあげてもいいわよ。ねぇ、どうするの? 『人種絶対独立主義』なんてアホな主義を掲げる売女『巨塔の魔女』と仲が良いダークちゃん。ねぇ、どうするの? ねぇねぇねぇぇねぇねぇえぇ!」
「首を差し出す? そんな無駄なことをする訳ないだろう」
「……あら意外と薄情なのね。もう少し苦悩したり、面白い反応をしてくれると思ったのに、すぐ答えを出すなんて」
マッドピエロは予想した反応とは違う僕の冷めた態度に、興を削がれた態度を示す。
彼はこちらを馬鹿にするように肩をすくめた。
「『人種絶対独立主義』なんて叫んでも、所詮自分の命が一番大切なのね。魔人種のあたしには勝てないと悟っちゃってるなんて、ほんとつまらないわ~」
「何か勘違いしているようだけど、別に僕は命惜しさに『人種絶対独立主義』を蔑ろにしている訳じゃないよ。なぜなら――」
僕はアイテムボックスから、目の前のピエロが人種王国首都全土に設置したと言っていた『毒ガスを封じ込めたマジックアイテム』を吐き出し、床に落とす。
がらがらと四角い箱が床へと小山を作る。
既に中身の毒ガスも無効化済みだ。
「……へぇ?」
目の前に吐き出された設置した筈のマジックアイテムを前に、初めてマッドピエロが『意味が分からない』と言いたげな困惑顔を作った。
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