16話 屋敷
ゴブリンのように醜い顔で背が低い魔人種青年が、ディアブロの依頼を受ける。
ディアブロが酒場から去ると、ゴブリン顔青年も個室で改めて酒を飲む。
もし緊急性が高い依頼なら、すぐにでも酒場を出て暗殺の下準備に取り掛かるが、今回の依頼の緊急性は低い。
慌てて取り掛かるほどの内容ではなかった。
「だいたい冒険者A級とはいえヒューマンのガキ一匹殺すのにわざわざ『暗殺結社処刑人』を利用するとか。これだからプライドばかり高い木っ端貴族は……。情けないったらありゃしないでやんすね」
ゴブリン顔青年は酒を飲みながら、依頼人の論評を1人漏らす。
長年、『暗殺結社処刑人』の交渉人をやっていると、経験により相手の素性をだいたい見破ることが出来るようになる。
今回の客はフードを頭からすっぽり被り表情は読めないが、自分の発言にいちいち反応し、呼吸の速度変化を起こしていた。
その態度は典型的なプライドだけは一人前に高い木っ端貴族のものだ。
「上級貴族の依頼ともなると、こっちがいくら挑発しても岩のように変化が無くて、感情の波を見せない落ち着き、凄味があるもんでやんすからね。そういう相手にはふっかけず適正金額を提示するのに限りやんす。後でどんな面倒が起こるのか分かったもんじゃないでやんすよ……」
ゴブリン顔青年が過去、自身の失敗を思い出し苦くなった酒を飲む。
自身の評価を上げるため、多額の金を稼ごうとしてふっかけた相手が悪かった。別件の仕事で足を引っ張られる形になって、ゴブリン顔青年が責任を問われそうになった。
殺されそうになったが、何とかいつも以上に金を稼ぎ組織に上納することで許しを得たが。
(あの時は本当に命の危機ってヤツを感じ取ったでやすんね……)
とにかく金を稼ぎ『暗殺結社処刑人』に多額の上納金を納めることで彼は命を繋げた。
その際、先輩交渉人から教わったテクニックの一つが、プライドの高い木っ端貴族をカモにすることである。
『暗殺結社処刑人』に仕事依頼する者達の個性は千差万別だが、値段は相応にかかるため顧客は限定される。
商人、貴族、資産家、組織、王族などだ。
また極稀に『仇討ちをお願いしたい』なんていう依頼も舞い込むことがあるが、メインはやはり暗殺だ。
特に小金を持つ下っ端貴族が無理をして仕事を依頼してくることが多かった。
その理由は政敵の始末、家督を争う兄弟姉妹の暗殺、中には『恋敵を殺してくれ』というものまである。
「相手は木っ端とはいえ領地を持つ貴族でやんすからね。見栄のため断らず提示金額を飲んで、『失った金は税金を上げれば取り返せる』と考えてくれるから楽でやんすよ」
とはいえ金額が高すぎると了承しないため、ギリギリ支払えるであろう金額を想定して呈示するテクニックを必要とした。このテクニックには経験を必要とする。
当然、今回のディアブロに関しても上手くぼったくっていた。
上手くディアブロから依頼金をふんだくった事にゴブリン顔青年は機嫌を戻し、気持ちよく酒を飲み干す。
ちょうど酒場も店を閉める時間になったため、彼は個室の裏手から組織屋敷へと足を向ける。
『暗殺結社処刑人』屋敷は、魔人国首都スラムのほぼ中央に存在する。
スラムは一見するとルールが無く、無秩序の空白地帯と考えられているが、実際は違う。
当然、ある種のルールが存在する。
そのルールの一つが、中央にある建物だ。
スラム内部にあるにもかかわらず、貴族街にあるような屋敷が建っている。
周囲をぐるりと鉄の柵で囲まれ、庭が綺麗に整えられ、こんこんと噴水から綺麗な水が溢れ出て、汚れ一つなく建物が綺麗な状態で存在していた。
まるで貴族街にある建物を切り取り、そのままスラム中央に移動させたような別空間だった。
しかし実際は、そんな生易しいモノではない。
この建物こそ『暗殺結社処刑人』屋敷で、スラム住人はまず近付かない。
もし『暗殺結社処刑人』と問題を起こしたら、むごたらしい方法で殺されるからだ。
スラムの住人なら幼い子供まで知っている事実である。
さらに魔人国首都の治安を預かる兵士達ですら、この屋敷には絶対に手を出さない。上から指示を受けているためだ。完全にアンタッチャブルな存在である。
そのため、魔人国首都スラム住人、特に若者が目指す憧れの地位の一つがあの屋敷内部、『暗殺結社処刑人』に入ることだ。
『暗殺結社処刑人』はスラムの治安維持をおこない金銭を得る仕事もしている。例え本業ではない、その手の下っ端仕事に就いてもスラム内では肩で風を切ることが出来るのだから当然といえば当然だが。
そんな下っ端仕事より上の役職に就くゴブリン顔青年が屋敷へと到着し、裏手から内部へと入る。
正門だと目立つため基本裏手から入るのが暗黙の了解になっていた。
警備を務める者達に軽く手を上げ、屋敷内部へ入ると……普段より空気が重い。
貴族であるディアブロをからかうほど余裕のあったゴブリン顔青年は、この空気の重さに気付くと誰が屋敷に来ているのか理解する。
「……ッ!?」
彼は額と言わず全身から冷や汗を流し、足早に地下の社交場へと向かう。
地下社交場は『暗殺結社処刑人』に所属する一定以上の実力がある者達のたまり場だ。
地下で多重の防御魔術を張り巡らせ、抜け道、通路も複数存在する。
酒や食事、クスリ、極上の女、男も用意されていた。
下手な地上の施設より安全に寝泊まり出来る場所となっているため、依頼を受けていない、終えた者達がよく屯していた。
その際、情報収集や仕事の協力等を依頼する場ともなるため、『社交場』といつしか呼ばれるようになった。
当然、入場は一定以上の実力者か、ゴブリン顔青年のように仕事斡旋の者しか入場を許可されていない。
彼は冷たい空気の重さの原因が来ているのか、確認するため真っ直ぐ地下社交場へと向かう。
ゴブリン顔青年が地下社交場の広間へと顔を出す。
「!?」
リビングの天井には王宮と同レベルのシャンデリアが天井からぶら下がり、魔術光で室内を照らし出している。
冒険者ギルドの運動場より広いリビングには高級ソファーにテーブル、壁には高名な美術家が描いた絵が、壺には瑞々しい花が飾られ、端に控える使用人、薄いランジェリーを纏った高級娼婦顔負けの女性を侍させる者も居た――が、その場に居る全員が冷たく重い空気を作り出す者に注目し、萎縮していた。
『暗殺結社処刑人』でも、社交場へと顔を出すことを許されるほどの実力者がだ。
ゴブリン顔青年は自身の予想が当たったことを喜ぶどころか、恐怖で喉を鳴らす。
なぜなら目の前に『暗殺結社処刑人』を立ち上げた張本人で、現在も結社のボスである存在が不機嫌そうに社交場の毛足の長い絨毯の上に立っていたからだ。
身長は150cmほどしかなく、一般的な女性より低いが、だぼだぼの衣服に、口元を髑髏マークが付いたスカーフで隠している。視線だけで人が殺害できそうなほど鋭かった。
『暗殺結社処刑人』を立ち上げた張本人で、今もそのトップを務めている魔人国『マスター』の1人ギラが不機嫌そうな声で告げる。
「コレ、どういうことか?」
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