14話 抜け道
「ミーと『巨塔の魔女』が繋がっているなどありえないのに……どうしてこんなことになるのですかー……」
魔人国首都、貴族街。
その一角にディアブロの屋敷がある。
魔人国貴族として、首都の貴族街に屋敷を持つのは当然のおこないだ。
当時はまだ男爵だったが、貴族が平民に混じって同じ宿屋に泊まるなどメンツ的にありえない。
故に魔人国首都に宿泊するため、貴族街に屋敷を所持していた。
そんな屋敷の執務室で、席に座りながらディアブロは頭を抱え愚痴る。
「本当にミーと魔女は一度も会ったことがないのに、ヴォロス様は全く信じてくれないですしー。第一どうしてミー宛てに『巨塔の魔女』が手紙や言付けをし、少しでも縁がある兵士を優遇するようなマネをするのですかねー……」
ディアブロは本当に一度も『巨塔の魔女』と顔を合わせていないし、秘密裏に魔人国国王になるため協力を求めたことも、手紙のやりとりをしたこともない。
だが『やっていない』という明確な証拠が無い以上、ヴォロス第一王子が自分を疑うのも理解できてしまう。
もしディアブロが同じ立場だったら、ヴォロス第一王子と同じように疑っていただろうからだ。
『巨塔の魔女』は、どうして自分を名指しして手紙などを送ろうとしているのか?
「ミーがシックス公国会議開始前に帰国したせいで目を付けられ、魔人国内部に楔を打ちこむ役割を与えられたー? この場合、魔女からすれば楔を打ち込めれば誰でもよかったはずですがー……」
ディアブロの脳裏に嫌な想像が駆けめぐる。
「……もしかしたらあの仮面、ライトが魔女と昵懇の仲で、ミーを貴族の地位から引きずり下ろすために名指ししているー?」
だとしたら非常に不味い。
ライトを『ますたー』ではないと判断し殺害しようとした件も、『巨塔の魔女』に伝わっているということだ。
場合によってはライトを始末した後、『ますたー』の存在を知る『巨塔の魔女』を始末しなければならなくなる。
もしそうなったらエルフ女王国、獣人連合国を落としている『巨塔の魔女』との争いは避けられない。
事が大きくなって魔人国と『巨塔』の争いとなり、さらに責任の所在を巡って生け贄のように元『種族の集い』メンバーの吊し上げが始まったら……。
特にディアブロは貴族のため、事が大きくなったことについて全責任を負わせて処分すれば、上層部、兵士、民達が納得するスケープゴート役になる。
ディアブロ個人の感情を無視すればだ。
彼は自分が見せしめのため処刑台に立たされる姿を想像し、身震いしながら歯噛みする。
「クソ! クソ! クソ! どうしてあのライトは生きているのですかー! どうしてミーの未来のために死んでくれなかったのですかー! ヒューマンの癖に! ヒューマンの癖に! ヒューマンの癖に! 公国であのクソライトに出会ってから本当にろくでもないことばかり起きて! あの疫病神め! ヒューマンは虫のようなモノなのですから、ミー達魔人種のためにもしっかりとくたばっててくださいよー!」
ディアブロしかいない執務室で、頭を掻きむしり絶叫する。
何度目か分からないライトの死を望み叫んでしまう。
何度か叫び終え、気持ちを落ち着かせると彼は窓から外の暗さを確認する。
「……この件を元『種族の集い』の皆に伝えるため連絡を取らないといけませんねー。その前にそろそろ時間ですから準備しませんとー」
『ライト生存』を伝えるため――というのは建前で、いざという時に自分以外の生け贄を作り出すため、元『種族の集い』メンバーと連絡を取る指示を出すことを記憶にメモしておく。
また今回、魔人国首都に来たのは何もヴォロス第一王子に怒鳴られるためだけではない。
――時間になるとディアブロは頭からすっぽりと顔まで隠すフード付きマントで変装。
使用人達にすら声をかけず、1人こっそりと屋敷の裏手から人目を避けて屋敷を出る。
そのまま暗闇に紛れつつ、移動を開始。
貴族街は一般区間とは門で隔離されている。
当然、出入りするためには門兵が常駐する門を通らなければならない。
顔を出し、身分を明かし出入りを記録しなければ通れないのがルールだ。
しかし何事にも例外はある。
「…………」
頭からすっぽりとフード付きマントで変装、馬車に乗らないどころか従者も連れず、こっそりと門に近付いてくる怪しい人物に、門兵達は槍をいつでも向けられるよう手に力を込める。
ディアブロは門兵達の警戒も気にせず近付く。
途中で足を止めて、門の陰に移動するよう門兵に手で指示を出す。
この合図に門兵達から緊張感が緩む。
門兵の隊長らしき人物が指示に従い、人目に付き辛い門の陰にディアブロ同様に移動する。
ディアブロは金貨を取り出し、隊長へと差し出す。
「ありがとうございます、貴族様。帰りはこの木札を渡せば問題ありませんので」
「…………」
ディアブロは差し出された木札を受け取ると、懐へとしまう。
これで、顔を晒し身分を明かし記録を取ることなく門を潜り庶民街へと移動することが出来る。また渡された木札は正規の物ではない。非公式で門を通った証で、帰りもそれを門兵に返せば記録を取られず貴族街に戻る事が出来るのだ。
本来は規則違反だが……貴族の中には当然、後ろめたい理由で庶民街へ出る者達も居る。
その際、いちいち門を超えるために押し問答をしていられない。
門兵からすれば後ろ暗いことに関わりたくないし、無駄な怪我や時間のかかるやりとりなどしたくなかった。
そのためいつしか暗黙の了解で、適切な金銭を払えば記録を取らず門を超えることが出来るようになったのだ。
後ろ暗い事情を持つ貴族からすれば金で解決できるし、門兵からすれば余計なトラブルを避けることが出来て臨時収入を得ることが出来るのだ。
互いに利益しかないため、この暗黙の了解が存在するようになった。
「…………」
ディアブロは頭からフードを被り、庶民街へと歩き出す。
庶民街は昼間なら、貴族街と違って大勢の人達が行き来して非常に活気がある。
しかし、夜にもなるとさすがに人気がなかった。
とはいえ飲み屋、色街に関してはその限りではない。
魔人国首都だけあり、どちらも非常に規模が大きく昼間とはまた違った活気というか、欲望が渦巻いていた。
ディアブロは飲み屋、色街、どちらも無視してさらに奥へと進む。
彼が向かう先は所謂スラムである。
貴族はまず近付かない。
もしスラムに用件があるなら本人ではなく、部下に命令するか、仮に近付くなら護衛を連れて行くだろう。
しかしディアブロは元冒険者だけあって腕にはそこそこ自信がある。
修羅場だって潜っているため、スラムの地べたに座った浮浪者、建物の陰や路地裏から窺う、彼を獲物か手を出してはならない強者かと品定めする者達の存在など一切気にせず、頭に叩き込んだ場所へと向かう。
その彼の態度にスラム住人からは『手を出してはならない強者』と認識されたのか、絡まれることはなかった。
ディアブロは頭に叩き込んだ地図に従い歩みを進め、一軒のおんぼろな飲み屋と辿り着く。
彼はその飲み屋を前に、冷や汗を拭う。
スラム住人から向けられた視線にすら歯牙にも掛けなかったディアブロがだ。
(ここが『世界最高の暗殺結社』の依頼場所ですかー。なんというか見窄らし過ぎませんかねー)
ディアブロはやや疑いの視線を向けつつ、『世界最高の暗殺結社』の依頼場所である飲み屋へと踏み込む。
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