8話 出発
シックス公国への出発当日。
人種王国国王と第一王女リリスが、護衛である僕らと共に、東門から外へと出る。
東門前で、人種王国第一王子クローが、大仰な演技っぽい態度で国王へと告げる。
「国王陛下が不在中、人種王国第一王子クローが万難を排し、過不足無く国王代理を立派に務め上げてみせます。なのでどうぞ安心して会議にご出席くださいませ!」
「うむ……クローよ、留守の間、王国を頼むぞ」
現国王は頷くと、息子であるクローに見た目とは違った重い声音で声をかけた。
僕は初めて現国王を直接目にしたが、髪は白髪で、手首は今にも折れてしまいそうなほど細い。
体躯もやせ細って、『彼は病人なんです』と言われたら信じてしまうほどだ。
にも関わらず、娯楽の少ないこの世界で、一目国王達の出立を目にしようと東門に民衆が集まっていたが、彼らの前で、鉄の棒でも入れているかのように背筋をピンと伸ばし、動作こそゆっくりだが威厳有る雰囲気を醸し出す動きをしていた。
初見はやせ細って頼りない印象を受けたが、声をあげ、動くとそのマイナスイメージはすぐ払拭される。
「リリス、オマエも王族として国王陛下の補佐を頼むぞ」
「畏まりました、お兄様」
国王に続いて妹であるリリスへとクローが声をかける。
2人は外見こそ穏やかに会話をしているが、やや空気がピリリと震えていた。
クローはなるべく威厳あるようにリリスへと態度を取る。
この理由として――以前、僕が『護衛試験』を受けた際、魔術師と証明するため『SSR 爆豪火炎』を使用した。
その際、リリスは耳を押さえてなんとか耐えて立っていたが、侮っていたクローは驚き腰を抜かして尻餅を付いてしまう。
兵士達の前で情けない姿を見せてしまったクローには、一部から『リリス姫様の方が剛胆だし、彼女が次期国王の方がよくないか』という意見が出てしまう。
この話は市民の間にも広まり、静かに『リリス次期女王』の意見を持つ者が出てしまっていた。
その噂を払拭するため、クローはリリスに対して威厳を見せつけるような態度を取っているのだ。
自分が上で、リリスが下だと。
ちなみに『リリス次期女王』を期待する者達に関して、僕達は一切関わっていない。
今回のシックス公国会議でエルフ種、ドワーフ種、獣人種から賛成を受ければ、確実にリリスが女王に就任することが出来るのだ。
わざわざ噂を流して足場を固める迂遠な方法など採る必要はない。
最後にクローは、リリスの護衛である僕達に睨みを飛ばす。
「……チッ」
僕は無視して、ゴールドはフルフェイスの下で楽しげに笑い、ネムムは心底苛立ち行儀悪く小さく舌打ちする。
本当に小さな舌打ちだったのと、民衆の歓声のお陰でクローに聞こえる事はなかった。とはいえ、わざわざ敵愾心を煽るようなマネをする必要はない。
第一、僕達が戻る頃にはリリスが女王になっていて、クローは趣味の世界で活躍してもらうのだ。
勝負が既に決まっている以上、張り合う意味が無い。
こうして一通り出発式典を終えると、国王陛下、リリス王女が馬車へと乗り込み。兵士約100人が移動を開始する。
――一国王の移動に兵士約100人は非常に少ない。この辺りに他国と比べて人種の弱小ぶりが見えてしまう。
僕達は『リリス王女の護衛』ということで、兵士の列に混ざらず、リリスとユメ(偽)が乗る馬車を視界におさめつつ馬を操る。
馬車後方側面にゴールドは1人で、僕がネムムの前に座り馬2頭で移動する。
「僕も1人で馬に乗れれば良かったんだけど……」
『奈落』で約3年間、勉強、魔術、組織作り、体術、武術などの訓練をしたが、一応は乗れはするものの流石に本格的な馬術訓練はしていない。
『奈落』最下層で馬術練習のためだけの馬を飼う意義がなかったからだ。
そんなに難しいものではないので普通にこなすことは出来るとは思うが、僕自身が軽いので重量的に問題ないのもあり、ネムムと2人で1頭の馬で移動することになった。
本来なら『SR、飛行』や『SSR、転移』もあるし、自身の足で走った方が馬での移動より速い。だが、さすがに速いからと言って、王と王女の側で走る訳にもいかない。
ネムム、ゴールドはどちらも馬術に習熟している。そのため僕はネムムの前に座り移動しているのである。
僕を前に乗せるネムムが生き生きとした笑顔で告げる。
「ダーク様、考える必要はありません。いつでもダーク様の代わりに自分が馬の操縦を致しますので。足が必要な時は仰ってください、自分がダーク様の足になりますので!」
振り返ると、ネムムが幸せそうな表情で断言した。
よほど僕を前に乗せて馬を操るのが嬉しいらしい。
僕としては……体を預ける際、後ろからネムムに抱きしめられる形になり、後頭部が彼女の胸に当たって柔らかく、良い匂いがして正直ちょっと恥ずかしかった。
またネムムがいつもより呼吸音が強く、僕の匂いを意図的に嗅いでいる事実が僕の羞恥心を煽る。
さらに、僕に対して護衛の兵士達が羨ましそうな視線を向けてくるのが微妙に恥ずかしかった。
恥ずかしがる僕に対してゴールドが意見する。
「主の気持ちは分からなくないぞ。1人の男なら、馬の一つや二つ、乗りこなせぬは恥だからな。今回の護衛で時間が余ったら我輩が指導してやろうか?」
「ゴールドッ! 貴様、余計なことを言うな! 自分がいつでもダーク様の足になると言っているではないか!」
見かねたゴールドが僕に指導を申し出ると、ネムムが烈火の如く怒る。
よほど僕を前に乗せて移動するのが嬉しいらしい。
その喜びを奪おうとするゴールドに躊躇いなく牙を剥く。
ゴールドはそんなネムムの態度に呆れた溜息を漏らす。
「気持ちは分かるが、いくら何でも主の学習機会を奪うのは感心せぬぞ? 必ずしもネムムが主の代わりに操ることが出来るとは限らぬからな」
「例え早朝、深夜、自分が眠っている時でさえ、ダーク様にお声をかけて頂ければいつでも駆けつけるから問題ない!」
「いや、そんな力強く断言されても困るのだが……」
ネムムのあまりに勢いある断言に、ゴールドがたじろいでしまう。
僕は2人のやりとりに微苦笑を漏らしつつ、釘を刺した。
「それは後日、考えるとして。ネムム、敵やモンスターの気配はないかい?」
「……今の所、問題ありません。林から一部ゴブリンなどがこちらを窺っておりますが、その程度ですね」
現在、僕達は東門を出て真っ直ぐ進んでいた。
その間、特に敵らしい敵はいないようだ。
「主よ、このまま東に進んで川を下って、シックス公国へ向かうのだったな?」
「うん、そうだよ。地上を移動したら、10日以上かかるけど、川を下れば1日で着くんだから便利だよね」
正門からではなく、東門から出た理由はここにある。
地上を移動した場合、シックス公国まで非常に時間がかかるが、川を下れば1日で辿り着くことが出来るのだ。
この川は北の山脈から流れ、南の海まで流れ出ている。この川を利用して、北で伐採した木材を流して、南の街などに売っている村もあるぐらいだ。
僕も故郷を出る際、この川下りを利用して街へと出たものだ。
普通に地上を徒歩移動した場合、山賊やモンスターに襲われ命を落とす危険が高い。海はともかく川には水生モンスターもおらず、安全に移動できるのだ。
(とはいえ村を出る時は船の底の最安値で移動したから、外の景色とか見られなかったんだよな……)
それでも当時、貯めたお金の半分を持って行かれた。
過去を思い出し軽く溜息を吐く。
「ダーク様、乗り心地が悪かったでしょうか? も、申し訳ございません。もっと道を選び進むべきでした」
「違うよ。昔を思い出して溜息をついちゃったんだ。誤解させてごめんね。乗り心地は……うん、ちょっと恥ずかしいけど良いから安心して」
「だ、ダーク様!」
僕に褒められ感激したのか、大きな瞳をさらに広げてキラキラと輝かせる。
『主、あまり甘やかすのは感心せぬぞ』とゴールドから小言が飛ぶが、ネムムは一切気にせず上機嫌で馬を操る。
その状態でも最高峰の暗殺者らしく、敵の襲撃を事前に関知できるので心強い。
――そして、特に問題も起きることなく、僕達は無事にシックス公国に繋がる川側に作られた街へと辿り着くことが出来たのだった。
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引き続き頑張って書いていきますので、何卒宜しくお願い致します!
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