2話 偽ユメ
人種王国首都高級宿の一室で、『UR、レベル5000 アサシンブレイド ネムム』が不機嫌そうに眉根を顰める。
「ダーク様をお待たせするとは……不敬にもほどがありますよ」
「ネムム、落ち着いて。一応、僕達はA級でトップクラスといえど冒険者。リリスさんは王族なのだから、立場上待たされるのはしかたないことさ」
現在、僕達『黒の道化師』パーティーは人種王国首都に入国すると、高級宿に滞在していた。
理由はこの人種王国第一王女であるリリスの護衛のためだ。
実際は僕とリリスが裏で繋がっており、今回のシックス公国会議で彼女が現国王を引きずり下ろし、トップに立つ手伝いをするためである。
僕達の協力を彼女は喉から手が出るほど欲しているが、表向きの立場があるため待たされる形になっていた。
ネムム的にはその点が気に食わないらしい。
「まぁ良いではないかネムムよ。待たされる分だけ、この街の酒や食い物、風習などを楽しむことが出来るのだから」
「自分はゴールドと違って、地上の酒や食べ物になんて興味無いわ。むしろ、よくこんな不味い物を喜んで食べるわね。舌がおかしいんじゃない」
「『奈落』最下層に比べれば確かに食材の味が落ちており、調味料が少なく、料理の幅も狭いが、たまに美味い物があるぞ。主もドワーフ王国港から入ってきたタコの干物を美味そうに食べていたのだから」
「ああ、あれは美味しかったな。旨味が凝縮していて」
「ネムムよ、これでも地上の食べ歩きを馬鹿にするのか?」
ゴールドが僕を引き合いに出して、ネムムの否定的意見に反論する。
この反論に対してネムムは、
「ダーク様の認めた物だけは認めるわ。仮にダーク様の認めた食べ物が滅茶苦茶な味でも、自分は一生涯の好物として食べ続けるつもりよ!」
「お、おう……お主のような主ガンギマリ勢に反論しようとした我輩が間違っておったわ……」
ネムムの反論にゴールドはドン引きしながら、持論を取り下げる。
勝利したと思ったネムムは得意気に鼻息を漏らす。
僕達が会話を交わしていると、部屋の扉を叩く音が響く。
ネムムが立ち上がり、扉へと近付く。
相手は宿屋の従業員だ。
王宮からの使者が来たことを告げに来たのだ。
男性従業員だったため、応対したネムムを見て顔を赤くし、彼女の美貌に緊張した声音で用件を告げていた。
ネムムは従業員の態度など一切気にせず、使者に部屋まで来てもらうよう言付けを頼んだ。
本来、王宮から来た使者を部屋まで呼びつけるのは不敬だ。本来であれば僕達が出迎えに行かなければならない。
だが、機密の情報のやりとりをするため、使者には部屋に来てもらう必要があったのだ。
店員が扉を閉めて、使者を呼びに行く。
数分後、再び扉がノックされて開き、王宮の使者――偽ユメメイドが姿を現した。
扉を閉めて、僕達が座っているリビングに彼女が入ってくる。
僕は偽ユメの姿を見詰めながら、ネムムに問う。
「……ネムム、こちらを探る気配はあるかい?」
「部屋の周囲に聞き耳を立てている者はおりません。ですが、宿の側でこちらを窺う者達が居ます」
ネムムはトップクラスのアサシンである。
彼女を冒険者パーティーに加えているのも、気配察知能力が高いためだ。
そのネムムが断言するのだから、僕達の部屋に聞き耳を立てる者達は居なく、宿屋を監視する者達は確実に存在するのだろう。
部屋に聞き耳を立てている者達が居ないと知った偽ユメは、その場で膝を突き頭を垂れながら訴えてくる。
「発言をお許し下さいライト様」
「……許そう」
「ありがとうございます。恐らく宿屋を監視している者達は、人種王国第一王子クロー殿下の手の者かと」
「…………」
偽ユメの情報は非常に有用なモノだが、僕は内容より目の前に臣下の礼を取る偽ユメが気になっていまいち話に集中できなかった。
理由は、いくら『UR、2つ目の影』で作り出した偽者とはいえ、姿形、声音、仕草が全て実妹と同じなのだ。
何度か繰り返せば慣れるのだろうが、可愛がっている実妹に傅かれるというのは、見た目だけとはいえ違和感が酷い。
ちなみに『UR、2つ目の影』の面白い点は、カードを読み取り姿形をマネした者に忠誠を誓っている訳ではない。
なぜかカードを出した僕に忠誠を誓っているのだ。
恩恵『無限ガチャ』から排出されたカードだけあり、模倣相手ではなく、創造主である僕に忠誠を誓っているのだろうか?
「……ライト様?」
僕の反応の無さに、不安げな表情で偽ユメが声をかけてくる。
僕は彼女に微苦笑を漏らしつつ、返答した。
「ごめんね、カードの力でユメと同じ姿形をしているから、どうしても違和感が強くて。できれば畏まらず報告をお願いできないかな?」
「失礼しました。ライト様のお気持ちを察せずご報告をしてしまって! ンンンッ! ゴホン! にーちゃん!」
偽ユメは臣下の礼を止めて立ち上がると、本物のユメのような笑顔で僕を呼ぶ。
僕は彼女にソファーを勧める。
偽ユメはお礼を告げるとソファーへと座った。
「第一王子クロー殿下は、『巨塔の魔女』の街に出入りしているにーちゃん達をシックス公国会議に連れて行きたくないんだって。他種からの印象が悪くなるからって。姫様曰く、国王の前で言い争いをしたぐらいだから、相当思い詰めてるみたい。明日、お城に来て事前に護衛や旅のすりあわせをする打ち合わせの際も、兄に気を付けてって」
「なるほど……それなら、外の奴らもほぼ間違いなく第一王子の手先だろうな」
「カードで作られた偽者とはいえ、使者であるダーク様の妹君に手を出す可能性もあるかもしれません。実際その可能性は低いでしょうが、念のため今すぐ排除いたしますか?」
ネムムが殺意が篭もった重い声音で問う。
例え昼間でも、トップクラスの暗殺者であるネムムなら、誰にも気付かれず始末するのは容易い。
だが、僕は首を横に振る。
「僕もネムムと同じ気持ちだ。例え偽者と分かっていても、ユメに手を出されると考えただけで腑が煮えくり返るよ。でも、彼らが手を出す可能性が低い以上、下手にこちらから手を出して問題が大きくなると不味い」
「ユメもにーちゃんと同意見だよ。もし妨害するなら宿屋に来る前に手を出していると思う。それに第一王子側も、下手にリリス様側近メイドのユメに手を出して問題を大きくしたくはないだろうし」
「……ただ可能性はゼロではない。ネムム、帰り道は王宮まで誰にも気付かれずユメの護衛を頼む。もし彼女に手を出そうとしたら――殺すのは不味いから、無力化して捕らえろ」
「畏まりました」
本当は偽者とはいえユメに手を出す輩は産まれてきた事を後悔させるほどの痛みを味わわせてやりたいが、取引に使える可能性があるため拿捕を命じる。
あくまでネムムの護衛は一応の保険でしかない。
その後、偽ユメを通じて王宮を訪ねる時の注意点等、細々とした話を聞く。
僕は了承すると、彼女は再び人種第一王女付きメイドの顔に戻り、部屋を出て行った。
偽ユメが部屋を出ると、護衛としてネムムが扉からではない方法で、煙のようにその場から消えて彼女の護衛に付いたのだった。
本作『【連載版】無限ガチャ』を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
引き続き頑張って書いていきますので、何卒宜しくお願い致します!
また最後に――【明鏡からのお願い】
『面白い!』、『楽しかった』と思って頂けましたら、『評価(下にスクロールすると評価するボタン(☆☆☆☆☆)があります)』を是非宜しくお願い致します。
感想もお待ちしております。
今後も本作を書いていく強力なモチベーションとなります。感想を下さった方、評価を下さった方、本当にありがとうございます!




