34話 『SSSR、レベル2864 小人妖精』
『奈落』最下層執務室。
席に座る僕の前に、メイとエリーが揃っていた。
メイはいつも通り立っているが、エリーは膝を突き頭を垂れる。
彼女は冷や汗を流しつつ、謝罪の言葉を口にした。
「ライト神様……今回の一件、わたくしの不手際で異物を『巨塔街』に侵入させてしまい大変申し訳ございませんわ。この身、如何様にも処罰してくださいませ」
今回の一件とは――
魔人種側マスターであるミキの侵入を許し、情報を外部に伝達。結果、さらに外からダイゴが襲いかかってきて、こちら側にも被害が出たことだ。
捕らえたミキから聞いた証言曰く、『中に入るまでは滅茶苦茶大変だったけど、一度内側に入ったらちょろちょろだったわよぉ』と指摘を受けた。
実際、『巨塔街』は外部から入り込もうとする侵入者を警戒し、ガチガチに固めている。
外部からの人材受け入れも厳重に審査、調査、鑑定などを駆使してスパイを排除していた。
しかし、今回、それらを潜り抜けてミキが入り込み、外部に情報を持ち出し、ダイゴが襲撃してきたのは事実だ。
『巨塔』と『巨塔街』の責任者であるエリーは、今回の一件に責任を感じて、自身の処罰を望んでいるのだ。
僕は溜息をつきつつ、背もたれに体を預ける。
「エリーの責任感が強い所は美徳だと思うけど、今回の一件は誰か1人を責めるモノではないよ。あえて1人を責めるなら、全責任を負う僕自身だ」
「いいえ! 決してそのようなことはありえませんわ!」
エリーが顔を上げて否定してくる。
僕はそんな彼女に笑いかける。
「ありがとう、エリー。でも実際、外部から侵入者や移住者の確認は問題無いと考えて僕が何も言わなかったのと、移住後の私生活まで見張るのはどうかと思って監視態勢を作らなかったのも事実だから」
さすがに夫婦の営みや食事、排泄、着替えなど――私生活まで監視したら、移住者に失礼だと考えていた。
だが、その甘さが今回の事態を招いたともいえる。
「だから、今回の一件は不問とするよ」
「いえ、ライト神様! 信賞必罰は組織の要! どうかわたくしに罰をお与え下さい!」
「エリー……」
「ライト様、よろしいでしょうか?」
今まで黙っていたメイが声をあげる。
僕が視線だけを向けて、了承した。
許可を出すと、メイが口を開く。
「ライト様の私達を愛するお気持ちは、痛いほど理解できます。ですが、エリーの言葉通り組織運営において信賞必罰は要。どうか彼女の進言をお聞き下さいませ」
「メイもそう言うのか……」
僕は彼女の進言に渋面を作った。
(『諫言は耳に痛い』というが……本当に僕はエリーに責任があるとは思っていないんだが……)
とはいえ、2人にそこまで言われたら必要なモノなのだろう。
「分かった……後ほどエリーには今回の罰を与える。それでいいかな?」
「聞き入れて頂き誠にありがとうございますわ!」
「ライト様、ありがとうございます」
エリー、メイがそれぞれ頭を下げる。
一度、話を区切り次は今後の対策に移る。
「今後、外部だけではなく内部の監視もおこなうことにする。移住者の私生活については無関心だし何もしたくはなかったが、潜入者がやってきて今後第2、第3のミキが誕生しても困るからね」
「英断かと」
メイが同意の声をあげて、エリーが頷く。
そして僕は一枚のカードを取り出す。
「いまいち使い所が無かったこのカード『SSSR、レベル2864 小人妖精』を解放するつもりだ」
『SSSR、レベル2864 小人妖精』を解放すると約10cmの小人が姿を現すらしい。
攻撃能力は皆無だが、自身の意思で個体を増やすことが出来るとのことだ。
その能力のせいかレベルが『2864』と語呂合わせのため変な区切りの数字になっている。
外部で隠密用に使うことも考えたが、相手に気付かれた場合、動物と違って誤魔化しがきかないため、逆に使い辛く今まで死蔵されていたカードだ。
「エリー、このカードを使って『巨塔』内部の監視網を構築してくれ」
「畏まりましたわ」
今日の側付きである妖精メイドに『SSSR、レベル2864 小人妖精』カードを渡す。
彼女はお盆に乗せてエリーの側へと移動。
彼女へカードを差し出し、エリーが手に取る。
これで今回の反省、今後の問題点改善についての話し合いも一区切りつく。
残りは――。
「今回の一件、またリリス様に借りを作ってしまったね」
「…………」
「――ギリッ」
僕の独り言にメイは黙って頷き、エリーは悔しげに歯ぎしりする。
メイはともかく、リリスを敵視――とまではいかないが増長に釘を刺そうとしたエリーにとって、感謝と悔しさが混ざった複雑な心境なのだろう。
ミキがスパイだと気づけた切っ掛けとして、リリスが『巨塔街』の見学を申し出て、彼女がシリカ達に質問をしたという事がある。
もし、リリスの行動がなければ、もっと不味い事態に陥っていた可能性がありえただろう。
僕はエリーの悔し気な歯ぎしりを流し、告げる。
「この借りは近々おこなわれるシックス公国会議の支援で返そう。あの魔人種ディアブロも来るんだ。僕自身も楽しめるように色々準備しないとね」
もうすぐ復讐相手の1人である魔人種ディアブロに会えるという事実に、僕は気分が高揚し、声音も弾んでしまう。
メイ、エリー、妖精メイドは『どう復讐してやろう』と楽しげに頭を悩ませる僕の姿に、彼女達自身も我がことのように喜びが顔に漏れ出ていたのだった。
☆ ☆ ☆
執務室から退出後、移動途中の廊下でエリーがメイへと声をかける。
「――メイさん、わたくしに罰を与えてくださるよう後押ししてくださってありがとうございますわ」
「いえ……もし私自身が同じ立場だったら、自身を許せずエリーと同じように罰を与えて欲しいと願ったと思ったので」
メイの言葉に嘘偽りはなかった。
もしエリーと同じ立場だったら、自分自身をきっと許せず、それが積もり積もれば最悪自害も有り得るかもしれない。
それを避けるためにも、ライト自身から明確な罰を与えてもらう必要があると考えたのである。
エリーからすればライバル視しているメイから助け船を出された形だったが、怨みは無く感謝の念しかなかった。
故に人気のない廊下でお礼を言わずにはいられなかったのである。
だが、ライバル視を止めた訳ではない。
「この借りはいつか返させてもらいますから、絶対に」
「仲間同士なのですから、貸し借りなど気にしなくても良いと思うのですが……」
「そ、それではわたくしの気が済みませんの!」
まさか『ライト様の寵愛を後ろめたさ無く受けるため、借りを返したい』とは言えず、勢いで誤魔化す。
メイはエリーの口に出せない内面まで理解しつつ、彼女には珍しく微苦笑を漏らす。
まるで姉が妹の反抗期を理解しつつ、気付かないふりをするように。
「わ、わたくしはここで失礼しますわ!」
エリーもメイの態度に気付いてしまい、顔を赤くして廊下を曲がり彼女から離れる。
メイは何も言わずエリーを見送った。
(メイさんの全てを見透かしたような態度! 本当に気に喰いませんわ!)
ぷんぷんと腹を立てつつも、フォローに回ったメイに感謝もしているため罵詈雑言を叫ぶ訳にいかずぷりぷりと怒りながら廊下を歩く。
さらにメイ以上に気に食わないのは――リリスだ。
(ライト様を道具のように行使するあの女にまで借りを作ってしまうとは……わたくし一生の不覚ですわ! ですが彼女のお陰でミキに気付くことが出来たのも事実ですわ)
エリーから見ればリリスなど才能、実力、能力が無い普通の人種でしかない。
しかし、彼女のお陰で敵であるミキを見つけ出すことが出来たのも事実。ただ運が良かったと片づければお終いだが……。
(もしかしたらリリスは、ミキの侵入に気付いていて、わざと質問をしてわたくし達が気付くように仕向けた?)
もちろんリリスにそんな意図はない。
ただ人種王国王女として『巨塔街』の生活状況を確認したかっただけだ。
だが、エリーは明晰な頭脳を動かしリリスを分析し始める。
(仮にもしそうだとしたら普段の無能な姿自体が、わたくし達を欺く演技? だとしたら彼女の目的は一体どこにあるのかしら? 本当に単純に人種の地位を上げるだけ……もしかしたらわたくし達に貸しを積み上げて、いつか自身の手駒にするつもりかもしれませんわね……)
『ありえない』とエリーの頭脳が否定した。
自分達が心の底から忠誠を誓うのはライト1人。
いくら貸しを積み上げても、自分達を意のままに操ることなどはできやしない。
(……ですが、わたくし達の忠誠心も計算に入れて――)
エリーは歩きながら、高速で思考を重ねる。
最初こそ見下していたリリスだったが、エリーの中で既に侮りは消えて警戒すべき1人として認識されてしまった。
これがライト達、リリス、世界にとって吉と出るか凶と出るかは分からない。
本作『【連載版】無限ガチャ』を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
今回で7章が一区切り! 次は8章に入らせて頂きます。
8章に入る前に各キャラクターの掘り下げのため短編を6話前後入れる予定です。
お楽しみに!
また引き続き頑張って書いていきますので、何卒宜しくお願い致します!
また、章の区切りということで、宜しければ本作品を『面白い!』、『楽しかった』と思って頂けましたら、『評価(下に評価ボタン(☆☆☆☆☆)があります)』を是非宜しくお願い致します。今後も書き続けていくやる気・モチベーションとなります!




