23話 ダイゴ
「くっははははははははは! 本当に高レベルがうじゃうじゃ居やがるじゃないか! 全て己の糧になれ!」
身長170cm前後で双剣を手に喜々として『スネークヘルハウンド』の首を刈り取る男――魔人国マスター、ダイゴが心底楽しげに声を上げる。
剣から滴る血、鋭い瞳、さらに顔に大きく十字に斬られた刀傷が額から顎先まで走っているせいで、威圧感が増している。
彼は原生林奥地から顔を出すと、レベル1000の『スネークヘルハウンド』を発見すると喜々として殺害した。
そんなダイゴが高笑いしながら次の獲物を探すため原生林を移動しようとすると、
『グルルルルルルッ』
低い唸り声にあわせて木々の影から白い獣が姿を現す。
全長15mはある巨体、全身新雪のように真っ白な毛皮を身に纏い、強大な力を感じる牙を剥き出しにダイゴへ威嚇の唸り声を上げる。
『URカード 神獣・始祖フェンリル レベル9000』だ。
以前、ガルーに見せるためライトが恩恵『無限ガチャ』カードから解放した神獣である。
現在はアオユキにテイムされて、視覚などを共有し侵入者迎撃に向かわされた。
始祖フェンリルはアオユキの指示で侵入者へと攻撃をしかける。
『オォン!』
前足を振るだけで斬撃と氷結攻撃が同時にダイゴへと襲う。
もちろん殺すつもりは無く捕らえて、情報を引き出すため手加減した攻撃だった――が、
『オォン!?』
「おいおい、犬ころ……今、何かしたか?」
侵入者ダイゴをしっかりと狙ったにもかかわらず、斬撃と氷結攻撃が全て彼を避けてしまったのだ。
始祖フェンリルは彼を避けるような攻撃はしていない。
アオユキもそんな指示は出していない。
にもかかわらず、攻撃が彼を避けてしまったのだ。
意味が分からず混乱していると、ダイゴが鑑定を使う。
「おおおおぉ! レベル9000!? 滅茶苦茶美味しい獲物じゃないか! 絶対に殺して己の糧にしてやる!」
『ウオォン!?』
ダイゴが狂喜乱舞し右手の剣を向けたかと思うと、始祖フェンリルの前足がなぜか裂かれて鮮血が舞う。
斬撃を飛ばした訳でも、高速で移動して攻撃した訳でも、攻撃魔術を使用した気配も無い。
彼がただ剣先を向けたら、始祖フェンリルが傷を負ったのである。
傷は既に凍結され移動に支障は無い。
意味不明な相手だと理解したアオユキと始祖フェンリルは、この場での拘束を断念。
『巨塔街』から近すぎるため、まずは対象から距離を取り、街から引き離すことを選択する。
始祖フェンリルは全長15mはある巨体にもかかわらず、木々に妨害を受けない滑らかな動きで走り出す。
「待てコラぁぁぁあ! 絶対に逃がさん! 己のレベルアップの糧になれぇぇぇッ!」
ダイゴは大地を蹴って空へと飛び、始祖フェンリルの後を追いかける。
大地を駆ける速度なら始祖フェンリルが優勢だが、空を飛ばれたらさすがに追いつかれるのは時間の問題だ。
『グオオオオォンッ!』
始祖フェンリルはアオユキの許可を得て足を止め、殺害するつもりで真っ白な氷属性の攻撃魔術を集束させて発射!
始祖フェンリル必殺の一撃だ。
ダイゴは不意打ちを受け、タイミングが悪かったのか回避する様子もなく必殺の一撃が直撃してしまう。
例えレベル9999のライト達でも、防御せずにまともに受ければただではすまない一撃である。
――にもかかわらず、
「残念だったな。己はそういう属性に偏った攻撃を防ぐのが大得意なんだよ」
『キャンッ!?』
ダイゴは無傷で、再び剣先を向けただけで今度は始祖フェンリルの背中に傷が現れる。
「レベル差はあるが相性のお陰――いや、この双剣のお陰で己の方が有利らしい。やはり早く完璧に扱えるようになるためにもレベルを上げなければ……ッ。さぁ殺されろ! 己とのレベルアップの糧になれ! 糧になれ、なぁ!」
『グルルル……』
始祖フェンリルは威嚇の声をあげるが、そこに覇気はない。
自身の攻撃がなぜか防がれ、相手の攻撃方法が分からず弱気になってしまっているのだ。
この時点で、アオユキも相手の防御・攻撃の種が分からず『自分では対処しきれない』と理解し、連絡を取る。
その連絡相手はもちろんライトだった。
☆ ☆ ☆
(……さっきの衝撃はそういうことだったのか)
『――是、申し訳ございません。アオユキと始祖フェンリルでは対処しきれず……あれを倒すには忸怩たる思いですがナズナの力が必要かと』
アオユキは、普段は『奈落』最下層でしょっちゅうかまってくるナズナを鬱陶しがっている。
さらに『アオユキはあたいより弱いんだから、あたいを頼れ』とナズナ本人は好意から口にしているのだろうが、同レベルのアオユキからすれば苛立つ発言をしていた。
とはいえ実際、始祖フェンリルが苦戦する相手に同レベルのモンスターを投入しても意味は無い。
『奈落』最強であるナズナを投入するしか方法は無いとアオユキが判断し僕に進言してきた。
自身のプライドより、僕、そして『奈落』、『巨塔』の安全、メリットを優先したのだ。
アオユキの献身に直接顔を会わせて頭を撫でながら褒めたい所だが……それをおこなうにはやや見逃せない発言をミキが叫び出す。
「この振動……やったー! どうやらあのレベルアップ馬鹿が来たのねぇ! 第一報告でまさか襲撃に来るとは普通はぶん殴り案件だけど、今回は許すわぁ!」
先程まで追いつめられていたミキは俄然、元気を取り戻す。
「あのレベルアップ馬鹿の腕は信用してないけど、あいつの持つ双剣だけは信じてあげる。なにせ『最強の神話級』なんだからぁ! これで脱出の機会が出来るわぁ。さすがミキィ、ちょーラッキーガール過ぎぃ!」
「最強の神話級だって……?」
絶体絶命のピンチから助けが来たことで興奮から声を出してしまったようだ。
自分のミスに気付き『ヤバッ』と口元を抑えたが後の祭りだ。
彼女は開き直って胸を張る。
「ふふふん、そうよ。あのレベルアップ馬鹿の持つ双剣はある意味最強の神話級よぉ。今のうちに降伏することをお勧めするわぁ。今、大人しく降伏するなら情状酌量の余地が残るかもしれないわよぉ?」
当て擦りのため、僕が先程告げた台詞をミキは胸を張りつつ言うのだった。
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