5話 連絡
人種王国首都にある居城の執務室で、国王が人種王国第一王子クローと第一王女リリスを呼び出し、重い声音で告げる。
「獣人種が約2000人、『巨塔の魔女』によって文字通り皆殺しにされたらしい……」
『!?』
兄妹は揃って息を呑む。
極秘にライト達と交流を重ねているリリスも、『獣人大虐殺』の一報には流石に驚愕する。
そんな話をライト達から聞いていないため、完全な寝耳に水だった。
国王である父は重い声音で話を続ける。
「この一件により『巨塔』、『巨塔の魔女』を脅威と考え、魔人国が音頭を取りシックス公国会議で『巨塔』への対応を協議することになった。まだ正確な日時は調節中だが、2人ともいつでも会議へと向かえるよう、準備と心構えをしておくように」
「わ、分かりました、父上」
兄であるクローは予想外の話に顔色悪く、国王の言葉に素直に頷いた。
一方、リリスはというと――。
『獣人種大虐殺』に驚き、動揺してしまったが、これを奇貨として父である国王の説得材料にする。
「……お父様、この報告が真実だとすれば、エルフ女王国に続き獣人種まで屈服させた『巨塔の魔女』様のお力は本物! 是非、この機会に『巨塔の魔女』様のお力をお借りして、人種王国の地位を向上させ、家畜国家を脱却! 人種の地位向上を狙いましょう!」
「…………」
この発言に父だけではなく、兄クローまで頭が痛そうに手を額に添える。
『正しい行いをしている』と自信を持っているリリスは、2人の態度に不機嫌そうに眉根を顰めた。
国王は幼い子供に言い聞かせるように告げる。
「リリス……『巨塔の魔女』と手を結ぶことは出来ぬ。いくらなんでも危険過ぎる」
「お父様、『巨塔の魔女』様の何が危険と仰るのですか!? 彼女は『人種絶対独立主義』を掲げた、人種の味方であり守護者。事実、私が視察に赴いた際、『巨塔』周囲に住むことを許された人種達は衣食住や安全が保証され、皆伸び伸びと生きていました! お兄様もしっかり目にしましたよね? そんな『巨塔の魔女』様の何が危険だと仰るのですか!?」
荒馬のように興奮し反論する娘を前に、国王が軽く溜息を突く。
「リリスよ……本当に何が危険か分からぬのか?」
「はい、まったく分かりません。是非、お父様のご意見をお伺いしたいぐらいです」
国王が再度溜息を漏らし、説明する。
「『巨塔の魔女』はエルフ女王国を陥落させ、次いで獣人種を虐殺したのだぞ? 伝え聞くに獣人種が違法な方法で人種を捕らえ、人質にして『巨塔』に手を出そうとした故、『巨塔の魔女』の怒りに触れたのが原因らしい。確かに獣人種が違法な方法で人種を捕らえるのは非常に不本意だ。人種王国として遺憾の意を伝えるべきだろう……しかし、いくらなんでも各国間の力関係が変わりすぎた。約2000人の獣人種、それも戦闘能力を持つ高レベルな者も合わせて文字通り皆殺しにした、というのは各国の首脳にとって衝撃が強すぎる……」
「た、確かに約2000人の獣人種を皆殺しにしたことは私も衝撃を受けましたが……それは獣人種が仕掛けた戦争であり、自業自得というもの。さらに言えば、事の発端となった、違法な方法で人種を人質にとった獣人種に全ての原因があると考えますわ!」
「リリスの言う通りだ。しかし、力があるからと言って全てが叶う訳ではない。魔人国と竜人帝国がどう動くか……それに、いつ人種が『巨塔の魔女』の怒りに触れるか分からないのもまた事実ではないか?」
「…………魔女様は『人種絶対独立主義』を掲げていらっしゃいますわ。人種に対して、獣人種におこなったようなマネをする筈がありません!」
リリスは反論したが、国王の指摘に一瞬だけ言葉に詰まってしまった。
彼女は秘密裏ながら、ライト達と交流を深めている。
『巨塔』の本当の主であるライトは非常に丁寧で、誠実に自身と向き合ってくれている――が、神か魔王の如き強大な力を持っているのも確かだ。
『人種絶対独立主義』を唱えていても、それは人種ならば何をしても良いということではない。与えられるのを当然と考え、彼が心の中にルールとして持っている一線を踏みにじれば、親しくさせて貰っている自分といえども容赦ない扱いをされるだろう。
もしその範囲が人種全土に及んだら……。
絶対に無いとは言い切れず、すぐに反論出来なかったのである。
国王はリリスの胸中を見透かし告げる。
「他5種との付き合いにおいて、我々人種は冷遇される立場に置かれているが、彼らの怒りを買う言動については熟知している。しかし、『巨塔の魔女』はそうではない。仮に『巨塔の魔女』へ迎合し、誤って魔女の怒りに触れてしまったら――我々は家畜国家として居続けるどころか、人種という一種が絶滅してしまう可能性すらあるのだ。人種王国国王としてそのような賭け事のマネは出来ぬ」
「…………」
父親の意思が固いことをリリスは頭だけではなく、全身で理解してしまう。
これ以上、言葉を並べても『変化を嫌う老人』である父が意見を翻すことは絶対に無いと彼女は娘として確信する。年齢が経つとどんな悲惨なことにでも慣れてしまう上に、変化がなければ自らの地位も命も安泰なのだから。
国王自身、娘であるリリスが納得していないが、これ以上の舌戦をおこなう気が無いことを理解し、もう一度解散を告げた。
兄クローはリリスに『未だに現実を理解せず、青臭い理想に縋っているのか』と哀れみの視線を向ける。
リリスは兄の視線を背中に感じ、心に不快感を押し込み自室へと戻って行くのだった。
自室に戻ると、リビング窓際へと向かう。
最近仕事にも慣れ将来正式にメイドになるだろうと言われている偽ユメが椅子を引き、リリスが腰掛ける。
彼女が席に座ると、メイド長ノノがお茶を淹れて、リリスの前に置く。
「……ありがとう、ノノ」
彼女が魔人国の間者だと知っているリリスは一瞬『毒殺』を警戒したが、具体的に自身が行動していない時点でその可能性が無いことを思い出し、僅かな遅れの後にお礼を告げた。
ノノは僅かな違和感を覚えるも、気にせず話を進める。
「……どうやら国王陛下のお話は、あまり良い内容でなかったようですね」
「そう、ね。私にとってはあまり楽しいお話ではなかったわ。とりあえずノノ、近日中、遅くても数ヶ月の内にシックス公国で会議が開かれるわ。荷造り準備をお願いね」
「……シックス公国会議ですか? まだ数年余裕があったはずですが」
「色々あったのよ、色々ね」
『巨塔の魔女』が獣人種を大虐殺したから、その対策のため数年早くシックス公国会議がおこなわれる――なんて口に出来る筈がない。
ノノ達メイドも、王族であるリリスが1から10まで話をしてくれるとは考えておらずそれ以上の追求はしなかった。
リリスはノノが淹れたお茶を手に取り、飲みながら考え込む。
(お父様はこの先、何があろうと決して『巨塔の魔女』様と手を結ぶつもりは無いでしょう。すなわちお父様が王座に座る限り、人種王国は家畜国家として存続し、人種は搾取され続け、殺されても何も文句を言えない底辺の存在のままということ……)
不快感でリリスが眉根を寄せる。
(そんなこと絶対に許されませんわ! 確かに『巨塔の魔女』様――ライト様達は常人の考えが及ばない点がありますが、そのお力は本物! 人種が他5種と対等に渡り合うためにはライト様達と手を結ぶしか方法はありません!)
だが例え父である国王と兄クローをライトに会わせても、決して意見は変えることはないだろう。
(……やはり私が人種の未来のため立たなければならないのですね。まだ間者の調査は途中ですが、数年後におこなわれるシックス公国会議が前倒しになるのは好都合ですわ。ライト様のお力を借りて、お父様を排斥。私が女王の座について人種の未来を守らないと! そのためにも早急にライト様達に連絡を取り根回しをお願いしなければ……)
リリスは胸中で今後の段取りを考えつつ、青臭い正義の炎を燃やし続ける。
そうとは気付かず、魔人国の間者であるノノは、いつも通り給仕に徹していた。
さすがに長い付き合いの彼女でも、リリスの胸中まで覗くことは出来なかった。
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