3話 間者探し
――時間を戻す。
人種王国首都、居城――とは言っても、城というよりちょっと大きめの屋敷程度の規模だが。
その屋敷の一角に、人種王国第一王女リリスの寝室がある。
「これはもう催眠がかかった状態でいいですのよね?」
「はい、その状態で問題ありません」
リリスの疑問にメイド姿の少女が答える。
リリスは寝室ベッドに座らされ、ぼんやりしているメイド長ノノの顔を興味深そうに覗き込む。
メイド長ノノは目の前に立つリリスに反応していない。
立場上、ノノが座って主であるリリスと接するなど、さらに言えば彼女のベッドに腰掛け続けるなど不敬である。メイド長という立場上、礼儀に五月蠅いノノらしからぬ態度だ。
しかしこれにはちゃんと理由があった。
リリスは無事ノノに催眠がかかっていることを確かめると、メイド服姿の少女ユメにお礼を告げる。
「ユメ、無事に『SR、催眠』カードをかけてくださってありがとう」
「いえ! 姫様のご命令ですから!」
ニコニコ笑顔でリリスのメイドであるユメ――正確には『UR、2つ目の影』が言う。恩恵『無限ガチャ』カードによって作られたユメの偽者だ。
『UR、2つ目の影』――使用者に姿形そっくりな状態で現れる影。着ている衣服すら再現し、言動、癖も本人そのもので見分けはつかないレベルで、劣化ながら恩恵すら再現するレベルだ。
この偽ユメによって、ノノは『SR、催眠』カードで催眠状態にされたのである。
『SR、催眠』は、相手に催眠をかけて意のままに操ったり、情報を引き出すことが出来るカードだ。しかし、レベルが高い相手には効き辛く、催眠中はぼんやりとした表情のためそれを見ている第三者からは一目で異常を察知されてしまう。決して万能なカードではない。
では、なぜリリスが腹心であるメイド長ノノに催眠をかけたのか?
「まずは、最初に私の側近であるノノの潔白を証明しなければなりませんよね。……必要なこととは言え、あまり気が進まないですが」
リリスはライト達と協力して数年後に開催されるシックス公国会議で、父である人種王国現国王を廃して、自身が国のトップ、人種王国国王の座に座る計画を立てた。
別に私利私欲で国王の座を狙っているわけではない。
現在、人種王国は表向き主権を持つ独立国のように見えるが、実際は他5種の許可無く輸出入関税一つ決められず、自国の民を望まれれば格安で売り、国王すら自分達で決められない家畜国家状態だ。
現国王と王子である兄はこの状況を諦め受け入れているが、リリスだけが現状を変えようという考えを持っている。
故にライト達の協力を得て自身が国のトップに立ち、現状を変え、人種の地位を向上させようとしているのだ。
しかしライト達の武力で王座を奪えば良いという簡単な話ではない。
なぜなら各国の草、間者、スパイが人種王国国内に紛れ込んでいるからだ。
他国の間者を排除しない限りリリスが強引に人種王国国王となって改革を推し進めようとしても、家臣達は同意せず政策は何も進まず、さらに毒殺等による暗殺、誘拐などを警戒し続けなければならない。
何よりそんな状態での国家運営は不可能だ。
そのためにリリスはライトの力を借りて無限ガチャカードを使って、スパイを特定し、水面下で排除していこうとしているのである。
故に彼女はまず彼女自身が一番信を置いているノノの潔白を証明するため、偽ユメと協力して『SR、催眠』カードで催眠状態にしたのだ。
リリスが偽ユメに指示を飛ばす。
「ユメ、他の者が来ないか扉の外で待機していなさい。もし入ろうとしたら合図を出した後、少しの間、足止めするように」
「了解致しました」
ユメの言動そのままに偽ユメが一礼し、扉の外へと出る。
(本当に姿形だけではなく、癖や動き、話し方、全部が一緒で、ここに本物のユメが居ると錯覚して頭がこんがらがりそうになりますわ……)
頭が混乱しそうになるが、この城内で唯一信じられるのが『UR、2つ目の影』の力で変化している偽ユメだけなのは皮肉だろう。
リリスは気を取り直し、改めてノノへと向き直る。
「……まぁノノは私が幼子の頃から一緒で、姉のような人ですから間者なんてことはありえませんが、念には念を入れる必要がありますから。こほん、ではノノ、質問します。素直に答えてくださいね?」
「…………分かりました」
ベッドの端に座ったノノが、いつも以上に反応鈍く返答した。
リリスが自信満々に尋ねる。
「ノノ、貴女は他国の間者ではありませんよね」
「…………いいえ」
「でしょうね。私とは幼い頃からの付き合いですから。もし間者ならどこかで私に気付かれて――えっ?」
予想外の答えだったため、リリスの脳が拒絶して認識が遅れる。
リリスはもう一度尋ねた。
「の、ノノは他国の間者ではありませんよね?」
「…………いいえ。ノノは魔人国の間者です」
青天の霹靂――あまりのショックにリリスはその場でふらりと倒れてしまった。
倒れた振動や音は幸運にも扉外に居る偽ユメ以外には気付かれず、彼女が部屋に入ってリリスを看病、気持ちを落ち着かせることに成功。
以後、リリスは椅子に座りながら、再び偽ユメを扉外に待機させてノノへの質問を繰り返した。
『ノノの一族は、古くから魔人国の命令を受け人種王国に潜入する間者としての役目を持つ者達だった』
『リリスが青い正義感から魔人国に不利益を与える場合、ノノの手で暗殺する予定だった』
『ノノはリリスとは幼い子供の頃からの付き合いで、主従の垣根を越えて親愛の情を抱いているが、刷り込まれた使命と家族愛には勝てなかった。もし命令に反してノノの手で殺さなければ、自分を含めて一族が皆殺しにされるため』
『ノノ以外にも魔人国間者がメイド、下男、一部は国家運営の重責を担う者として潜り込んでいる。他5種の間者候補も知っていた。確認をする気はないので、あくまで間者候補でしかないが』
一通りの話を聞き終えるとリリスが頭を抱える。
「ま、まさかノノだけではなく他国の間者がここまで人種王国に食い込んでいるなんて……覚悟はしていましたが、潜り込まれすぎですわ!」
安全パイだと考えていたメイド長ノノが、まさかの間者確定。
長年の付き合いで彼女を姉のように慕っていたが、国王の座を得るためにはリリス自身の周囲の安全確保が必須で、国家の安寧を得るためにも大鉈を振るう必要がある。
最悪、ノノだけではなく、彼女の一族には罪状を押しつけ処刑しなければならない。
「……どうして、どうして他国の間者なんてやっているのですの? 自国である人種王国への愛はないのですか……ッ」
リリスは自然と涙を零してしまう。
一番信用し、姉として慕っていたノノの裏切り、人種王国の独立を保つためにそんな彼女を最悪、自分の手で殺害しなければならない苦しみ、悲しみ。
ただの少女なら心が折れて、全てを聞かなかったことにして改革を諦め静かに生きることを選択するだろう――しかし彼女は人種王国第一王女リリスだ。
一通りの悲しみを吐き出すと、奥歯を噛みしめ顔を上げる。
その瞳には人種王国を健全な国家、人種の地位を家畜という場所から救うためならば例え姉と慕っていた相手でも『殺す』という覚悟を抱えていた。
「こんな苦しみは私の代で終わらせてみせますわ……っ。例えノノ、貴方を私自身の手で殺めることになったとしてもです……!」
そのためにも『人種王国に巣くう病魔を絶対に取り除かねばならない』とリリスは断固とした意思を固めたのだった。
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