37話 恭順
『グルガガガガガァァァァァァァァァァッ!』
戦場での一方的な戦いが終わった後――獣人連合国首都上空を100を超えるドラゴンが我が物顔で飛び交う。
「な、なんだよあのドラゴンの群は!? この世の終わりでも来たのか!?」
「どうしてあんな大量のドラゴンが街に……。兵士達は何をしていたんだ!」
「お終いだ……もうこの街はお終いなんだ……!」
首都の獣人種達はある者は驚き過ぎて『終末が来た』と勘違いし、ある者はドラゴンの接近を誰かが見過ごしたと勘違いして兵士に怒り、別の者は悲観し恐怖から腰が抜けその場にへたり込んでしまう。
なぜか子供達は楽しげに上空を指さしてはしゃいでいる。
ドラゴン達が攻撃を仕掛けず、首都上空を飛行し続けているのも大きいのだろう。
実際、ドラゴン達は『巨塔』から威圧用に連れてきただけだ。
彼らを使って街を攻撃するつもりはない。
――今の所はだ。
1匹のドラゴンの背に乗り、『巨塔の魔女』エリーは獣人連合国首都中央に建てられた屋敷庭へと着陸する。
ドラゴンの背から下りた『巨塔の魔女』は怯えた様子の獣人種の案内人に従い、獣人種5部族族長でいつも会議がおこなわれる大部屋へと案内された。
毛足の長い絨毯が敷かれた大部屋には、5部族のうち3部族族長が既に待っていた。
他2部族、戦争に参加していた獣人ウルフ種と獣人タイガ種の族長は、『巨塔の魔女』エリーの手で死んだ方がマシという苦痛を与えつつ、頭から必要な情報を抜き出し処刑済みだ。
獣人ウルフ種と獣人タイガ種の戦える若者達の殆どが、先日の戦争に参戦。皆殺しにされたため、獣人ウルフ種と獣人タイガ種の次期族長は未だに決まっていない。
そのためこの場には獣人翼人種、獣人クマ種、獣人ウシ種の族長しかいなかった。
各族長は緊張した面持ちで『巨塔の魔女』を待ち構えていた。
当然だ。
つい最近、ウルフ種、タイガ種族長が率いる約2000人の獣人種が全滅。さらに、獣人族に集められ、人質を取られたため戦いを強要されていた人種達が無傷で解放された。
全体の数十%が死亡したため、全滅判定を受けた――のではなく、文字通り1人残らず殺害されたのだ。
さらに『巨塔の魔女』は港街倉庫で監禁されていた人種を救出。他、港街において獣人連合国で奴隷として扱われている人種も救出。
その際、人種救出を妨害し攻撃を仕掛けてきた獣人種は悉く死亡している。
人質と奴隷を合わせて人種約6、7000人が姿を消したのだ。
例え、獣人連合国が総力を上げて挑んでも同じ事は出来ない。にもかかわらず目の前の『巨塔の魔女』は実際にやってのけたのである。
戦場での獣人種殲滅も合わせて、彼らが畏怖を抱くのもしかたがない。
だが、彼らの畏怖、恐怖心、危機感はまだまだ足りていなかった。
話を進める議長は持ち回りでおこなわれている。
今回の議長である翼人種族長イゴルが、ツルツルの頭に冷や汗を流しつつ、愛想笑いで『巨塔の魔女』に話しかける。
「よ、ようこそおいでくださいました『巨塔の魔女』様。どうぞあちらの座布団へお座りくださいませ」
「…………」
『巨塔の魔女』はフードを頭から被っており、イゴルからは見上げる形にもかかわらず表情を窺うことが出来ない。
イゴルに座るよううながされても反応を見せず、彼を睨むように見つめる。
イゴルは全身に嫌な汗を流しつつ、誤魔化すように早口で告げた。
「今日は暴走し勝手に『巨塔の魔女』様に因縁を付け、戦争をふっかけた獣人ウルフ種族長ガム、獣人タイガ種族長レバドに代わりワシ達で戦後処理を担当させて頂きます。今回の一件はワシ達も寝耳に水で、非常に驚き、困惑しております。ですが、一方的に被害を被った『巨塔の魔女』様に必ずご納得頂けるよう、話し合いを出来ればと考えております、はい」
「…………」
イゴル達は『巨塔の魔女』が姿を現す前に、全責任を獣人ウルフ種ガム、獣人タイガ種レバドに押しつけることにした。
恐らく既に死亡しており、責任を押しつけても文句を言われることはない上、実際に先導した事実もある。
責任を押しつけるには非常に適した人物達だった。
しかし『巨塔の魔女』はイゴルの言葉に反応を見せず、音もなく彼の側へと歩みよる。
あまりに綺麗な歩き方、自然な素速い動きだったため、イゴルを含めたその場に居る誰もが反応出来なかった。
彼女はイゴルの禿頭を右手で無造作に掴む。
左手で肩を押さえ込み、右手に力を入れ始めた。
「……なぜ『自分達は関係無い』なんて態度を取るのかしら? そちらの2人はともかく、貴方はウルフ種族長に真っ先に賛成して、喜々として協力していましたわよね? 『ヒューマンが裏切らないよう人質を用意して、対魔女の兵士に仕立て上げるだけじゃないですか。ワシはガム殿の案に賛成です』、でしたっけ? この発言だけじゃなく、戦争で使った獣魔球を手配したのも貴方だし、人種を閉じこめた倉庫も貴方の一族の物ですわ。まさかわたくしをそんな浅い嘘で騙せると思っていたのかしら?」
「痛ッ! イタタタタ! な、なんでワシの発言まで知って……ッ!」
小さな手のひらで、見た目人種少女とは思えない握力で頭を掴まれ、体を押さえつけられ首を引っこ抜くように引っ張られる。
当然、イゴルは悲鳴を上げ、羽の生えた両手で抵抗し、命乞いをする。
またなぜイゴルが真っ先にウルフ種族長の案に賛成したことを知っているかというと――アオユキの指揮するネズミが大部屋に紛れ込み彼らの話を盗み聞きしていた。
故に『巨塔の魔女』エリーも、イゴルが真っ先に賛成の声をあげたことを知っているのである。
「今回の一件に関わった者達は殺すとわたくしは決めていますの。なので貴方も、あの薄汚い自身の罪を忘れて醜く命乞いをしていた外道2匹同様、殺害すると決めていましたの。なのにあんな適当な誤魔化しでわたくしを欺けると考えていたとは……。甚だ心外ですわ」
「痛ッ! 痛ッ! 痛ッ! ま、魔女様! お、お許しを! お、お役に立ちますッ! そ、そうだ今度は竜人種を奴隷にしましょう! いい商売になりますッ! やつらは強いから高値で売れますッ! この世の全ての富を魔女様にッ!」
イゴルは必死になって命乞いをする。
『巨塔の魔女』が欲しがるもの、万人が欲しがるもの。ヒューマンなどという弱くて役に立たない存在ではなく、より強靱で稀少で市場でも高値がつく竜人種の奴隷。イゴルは数人しか持っていないが、全て差し出してもいい。
いや、『巨塔の魔女』の力があれば、もっとたくさんの竜人種を手に入れることが出来る。そのおこぼれを貰えれば自分も潤う。
「ワシにその手助けを! 魔人種でもいいですッ! エルフでも獣人でもっ……魔女様に美男美女を侍らせますぅっ!」
「……そういうのはいらないですわ」
「ひ、ひぃっ、じゃ、じゃあ何がいるというのですか? 誰だって欲しいものがあるはず! 望みを、望みを言って頂ければ何でも用意いたしますぅぅっ!」
イゴルは涙、鼻水、涎を流し必死に命乞いをするが、『巨塔の魔女』は聞く耳を持たない。
彼らは知らないが『巨塔の魔女』はレベル9999もある。
エリーがいくら魔術師で戦士系と比べて腕力が弱くても、イゴル程度の首を無造作に引きちぎる程度、何の苦労も無い。
悲鳴と肉、骨が千切れる音が大部屋に響き渡る。
最後に大きな音を立てて、イゴルの首と胴体が物理的に千切れてしまう。
大部屋天井まで鮮血が舞い、絨毯にまで飛び散る。
なのに不思議とフードを被った『巨塔の魔女』の衣服には、一滴の血も付くことはなかった。
彼女は苦悶の表情を作るイゴルの頭を無造作に投げ捨てる。
「…………」
「ヒィッ――」
獣人クマ種族長オゾは毛皮の上からでも分かるほど青い顔をし、獣人ウシ種族長ベニは小さく悲鳴を漏らし今にも気絶しそうになった。
エリーは『汚い物を触った』と言いたげにハンカチを取り出し、手を拭きつつ2人に声をかける。
「貴方達も外道な方法で人種を利用し、戦争をふっかける行為に協力していましたが……会議において反対する発言をしていたのも事実。なので特別にお目こぼしをして差し上げますわ」
『お目こぼしを~』と聞いて、オゾ、ベニは返事より先に安堵の溜息を漏らす。
気にせずエリーは続けた。
「それで戦後処理――今回の一件の落とし前はどうつけるおつもりですの?」
「「………」」
オゾとベニが互いに視線を合わせる。
そして頷き合うと、オゾとベニは絨毯に額が付くほど頭を下げ、オゾが代表してエリーに返答した。
「……オイ達は魔女様に全面降伏する。獣人連合国は魔女様、『巨塔』に服従致します。ここにいない他部族も既に魔女様と戦えるような戦力はなく、皆オイ達と同意見です」
「全面降伏ですの……ふぅーん」
エリーのつまらなそうな声音にオゾ、ベニが冷や汗を流す。
2人の汗が絨毯に落ちたのを見計らったように彼女が口を開く。
「まぁその辺りが落としどころですわね。とはいえ仕切ったり占領したりするのは面倒ですので、とりあえず表向きの主権は与えますから貴方達で運営してくださいまし。人種奴隷禁止などこちらの要求に従って貰えればうるさいことは言いませんわ。ですが――」
「「ッ!」」
2人の体の上から巨人が手のひらで物理的に押し潰してくるような威圧感を味わう。
体の全細胞が悲鳴をあげるほどの寒気が全身を襲う。気付けば2人は歯を『カチカチ』と無意識に鳴らしていた。
エリーの巨大過ぎる殺気が2人に向けられているのだ。
「もし『巨塔』を裏切るようなマネをしたら、今度こそ獣人種を地上から『絶滅』させますわよ?」
「も、も、もちろんです! オイ達も下に言い聞かせ、将来に渡って絶対に『巨塔』を裏切るようなマネはしなか!」
「お、オゾさんの仰る通り、ワタシ達は決して『巨塔の魔女』様を裏切りませんわ!」
オゾ、ベニが悲鳴のように頭を下げたまま誓う。
彼、彼女の返答を聞いて数秒間、エリーは黙って2人を見下ろす。
オゾ、ベニにとって数秒という時間が、まるで数時間に感じるほど長かった。
むしろ、さっさと心臓を止めて、死んだほうがマシだと思うほどである。
2人が本気で魂を体から解放しそうになる間際、エリーから殺気が消失する。
「よろしいですわ。2人のお言葉、確かに耳にしましたわ。後日、人種奴隷禁止、『人種絶対独立主義』などの詳しい内容を記した書物、外交官などを派遣します。以後、それらを踏まえて国家の運営をしてくださいまし」
オゾ、ベニはそれぞれ大声でエリーに返答する。
彼女は満足そうに頷くと一度も席に腰を下ろすことなく、大部屋を後にしたのだった。
本作『【連載版】無限ガチャ』を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
引き続き頑張って書いていきますので、何卒宜しくお願い致します!
また最後に――【明鏡からのお願い】
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