29話 炎の壁
獣人種達に人質を取られて無理矢理、『巨塔の魔女』&1匹のドラゴンへ向けて突撃していた人種達の足が止まる。
『巨塔の魔女』の背後に見知った者達――獣人連合国港街倉庫で人質として捕らえられているはずの者達が彼女の背後に突然、姿を現したからだ。
当然、人質全員を転移させた訳ではない。
人質を無事に救出し、安全な場所に転移させているという事実を知らしめるため、協力者を募り、一部こうして戦場に姿を現したのだ。
「貴方! 私は無事よ!」
「おおおぉぉぉ! 子供も大丈夫だったのか!?」
「えぇ、魔女様のメイド様達のお陰で子供も無事よ!」
「生きていてくれたのか! 良かった……ッ」
「恋人である貴方の足を引っ張ってしまってごめんなさい……。でもあたしはこうして無事に助けられたから。もう無理をして戦う必要はないの!」
人質達が大声で自分達の無事を告げる。
顔を出せたのは一部の人質だけだが、その効果は一部とはいえ絶大だった。
エリーがタイミングを計って、獣人種達まで届く良く通る声音で告げる。
「既に人質達は全員、解放済みですわ。わたくしの『巨塔』内部の安全な場所に、全員転移済みですの。なので皆さん、もう獣人種に無理矢理従って戦う必要ありませんわ。皆様も直ぐに人質達が居る『巨塔』へ転移させるので、そちらにいるメイド達の指示に従ってくださいませ」
『お、おおおぉおぉぉぉぉッ!』
エリーの言葉に、戦わされていた人種達は歓喜の叫びをあげる。
この叫びを耳にした、垂れた耳が特長的なウルフ種族長ガムが、『不味い』と気付き慌てて遮るように大声をあげた。
「嘘だ、はったりに決まっているだろ! いくら魔女とはいえ、そんなホイホイ稀少な『転移』アイテムを使えるはずないだろうが! 常識で考えろ! どうせ助けられたのはそこの一部だけで他の人質達はまだ倉庫の中にいるはずだ! その残っている人質をむごったらしく殺されたいのか!?」
「どうして嘘を付く必要がありますの? 第一、嘘か本当かは『巨塔』に転移して、すぐに自分の目で確認すれば分かることですの」
ガムの怒声を聞いた人種達が意気消沈するより早く、エリーがガムの言葉を否定する。
自信に満ちた強い言葉は、耳にする者に力を与える。
人質を盾に無理矢理言うことを聞かされてきた人種達は、ガムの脅しより、エリーの言葉に希望を見いだす。
このまま自分や大切な者達がいいように使われて死ぬより、自分と大切な人が無事に生存する方に賭けたのだ。
「――オレは彼女を信じるぞ! 生きて家族と再び会うんだ!」
「自分もだ! 娘と生きて再会するためにも、彼女を信じるぞ!」
「俺も!」
1人の宣言を皮切りに、戦わされていた人種達が次々に声をあげ、戦闘を放棄。
『巨塔の魔女』を信じて、家族、恋人、友人、大切な者達が居るという『巨塔』への転移を希望する。
この叫びを聞いて、エリーの背後に控えていた妖精メイド達が、戦わされていた人種達へと駆け出す。
その光景を前にガムが慌てて指示を出した。
「クソ、クソ、クソが! ヒューマンの魔女に踊らされやがって! あいつらに向けて矢を射ろ! 見せしめに殺して、自分達獣人族に逆らったらどうなるか知らしめろ!」
「りょ、了解しました!」
ガムの指示に矢を手にした獣人ウルフ種達が、一斉に矢をつがえて無防備な人種達の背中を狙い放つ!
獣人タイガ種は指揮系統が違うため矢を放たなかったが、それでも数百の矢が戦わされていた人種達へ向けて降り注ぐ。
本来なら、戦えると言っても一部冒険者達も居るが、農民男性などが殆どで防ぐことも回避することも出来ず、降り注ぐ矢に射抜かれて死ぬ者が多数出ただろう。
そんな矢の雨を1人の魔術師少女――ミヤが防ぐ!
「――魔力よ、顕現し氷の刃となりて形をなせ、アイスソード!」
ミヤは躊躇わず、自身が出せる最大限の本数、アイスソード3本を作り出す。
彼女はすぐさまアイスソードを降り注ぐ矢の雨に向けて放つ。
いくら攻撃魔術のアイスソードといえど3本だけで矢の雨を防ぐのは物理的に不可能だ。
3本だけならば、だ。
ミヤはタイミングを計って、指を弾く。
「ブレイク!」
彼女の掛け声と共に、アイスソードが砕け散る!
砕けた氷の礫は細かく、鋭い破片へと変化し広範囲に散らばった。
砕ける際の衝撃や散らばった破片によって、矢の雨を妨害。
全部を撃ち落とすことは不可能だったが、かなりの数を減らすことが出来た。
残った程度の数なら、人々の中に混じっている少しの人数の冒険者達でも防ぐことが出来る。
この結果にガムが盛大に舌打ちした。
飛び道具が防がれたことに驚き、状況についていけていない獣人タイガ種族長レバドにも発破をかける。
「レバド族長! 遠距離ではラチがあかない! 直接殺して見せしめにするぞ!」
「お、おう! りょ、了解した! 野郎共! 近くにいるヒューマン達を見せしめに殺せ!」
ガム、レバドの掛け声に後方で控えていた獣人種達が雄叫びをあげ駆け出す。
「――魔力よ、顕現し氷の刃となりて形をなせ、アイスソード!」
ミヤは再びアイスソードを3本作り出し、矢を防いだ時と同じように突撃させて砕き散らし、敵の足を止めようとするが、
「この程度で俺様の足を止めようとか舐めているのか!」
「所詮、ヒューマンの魔術師だな! 矢を防ぐのがせいいっぱいなんだろ! ぬるいぬるい!」
「ぎゃはははは! 弱い攻撃だな、わざと防ぎ易いようにしてくれているのか!? でなければ実力も高が知れているな!」
今回、戦に参戦している獣人族の者達の中には、当然レベルが高い者も混じっている。
結果、ミヤ程度の魔術の腕ではレベルの高い者達の足を止めることが出来なかった。
同士討ちを避けるため矢は飛んでこないのが不幸中の幸いだ。
しかし、ミヤの攻撃魔術では複数の獣人種の足止めは難しく、人種の人数が多いため転移が完了するにはまだ時間がかかる。
ミヤは胸中で臍を噛む。
(もしダークさんなら、わたしと違って獣人種の足止めをもっと上手くやれたのに……ッ)
ミヤは自分の不甲斐なさ、実力の低さを嘆く。
憧れる人に少しでも近づきたくて努力してきたが、努力すればするほど実力差を痛感する。
それでも憧れるあの人――ダークに少しでも近付きたくて努力を続けてきた。
(それにダークさんなら、この程度で諦めたりしない! わたしだって、あの人にほんの少しでも近付くために頑張るんだ!)
殿のミヤが気合を入れ直し、突撃してくる獣人種達を改めて睨む――刹那、
「ファイアーウォール!」
聞き覚えのある声と共に駆け寄る獣人種の前に巨大な炎の壁が姿を現す。
「ぎゃあぁぁ!」
「なんで突然、炎が!?」
「助けて、助けてくれぇぇぇッ!」
先頭を走っていた獣人種が、炎の壁に誤って突っ込んでしまう。
慌てて引き下がり、体についた炎をゴロゴロと地面を転がり消そうとする。仲間も慌てて土をかけたり、衣服で叩いたりして消す努力をする。
そんな光景を見下ろし、穏やかな声音で『SR、ファイアーウォール』カードで炎の壁を作り出したライト――ダークがミヤへと声をかけた。
「ミヤちゃん、助けに来たよ」
「だ、ダークさん……」
道化師の仮面に黒髪、黒いコートに簡素な杖。
初めて出会った時と同じ恰好をしたダークが立っていたのだ。
ミヤは最初、ダークの存在に驚き呆けてしまったが、彼の言葉を聞いてなぜか頬が熱くなるほど赤くなり、心臓が破裂してしまいそうなほど痛くなるのを自覚したのだった。
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