28話 解放
――戦いが起こる少し前。
「ああ、畜生! まさか見張り仕事を押しつけられるなんてよ。ツイてないぜ」
獣人連合国は、エルフ女王国を下し『人種絶対独立主義』を掲げた『巨塔の魔女』に宣戦布告。
獣人ウルフ種でレベル150前後の若者2人が、獣人連合国港倉庫の見張りを命じられた。
倉庫の中には村、旅途中などで襲い、誘拐した人質の人種が数百人押し込められていた。
人質は戦闘能力のない女子供が中心のため、倉庫出入口の扉前に2人だけが配置されていた。
他の獣人種の若者達は、対『巨塔の魔女』の戦いに連れて行かれている。
その事実に、門番を務める獣人ウルフ種の1人が不満をぶちまけたのだ。
「俺を連れていってくれたら、『巨塔の魔女』なんて威張っているヒューマン魔術師の首を絶対に落として見せたのによぉ……。よりにもよって、ヒューマン達の見張りとか……マジありえないわ」
「気持ちは分かるが、もう少し真面目にやれよ。もし1匹でも逃がしてみろ。ガム族長に『メンツを潰しやがって』って怒鳴られ、最悪殺されるぞ」
もう1人は真面目――というより、族長であるガムが怖くて門番仕事をこなしていた。
獣人ウルフ種の中でも気が小さいタイプなのだろう。
そんな彼の発言に、不満を漏らしていた若者が肩をすくめる。
「逃がすってぇ~? 無い無いありえない。倉庫の中に残っているのは戦う力のないヒューマンの女子供だけだろ? 倉庫から逃げようとする力も気概も、何一つあるはずないだろ。第一、例え運良く逃げ出せたとしても、獣人種がわんさかうろつくこの街でフラフラ複数人数のヒューマンが歩いていたら、目立ち過ぎてすぐに居場所が分かるっての。さらに運良く街から出られたとしても、奴らの国までどれだけ距離があると思う? その間に臭いを辿れば捕まえるなんて楽勝だって」
「うん、まぁ、確かにな……」
彼の指摘に、気の弱い若者も同意する。
実際、運良く倉庫を抜け出しても、街中には獣人種が多数居て人種もいなくはないが、閉じ込められ汚れた服装では目立つのは避けられない。
さらに運良く街から抜け出せても、港街は獣人連合国の最南端だ。縦に長い獣人連合国の領内の最北端まで行かないと人種王国国境まで辿り着くことはできない。
ただの人種の女子供では、自力での脱出は物理的に不可能である。
――ただの人種の女子供ならば、だ。
「それにただ見張るのもつまらんし、1匹でもいいから倉庫から逃げ出さないかね。むしろ、わざと1匹倉庫から出して逃がしてみるか?」
「おいおい、冗談でも言って悪いことがあるだろう。自分は反対だからな」
気弱な若者が、語気を強く眦を上げて抗議する。
提案した若者獣人は軽く手を振り提案した。
「まぁ落ち着けって、わざと1匹逃がして、ここらを狩りの舞台代わりにして遊んだら面白いと思わないか? 倉庫街限定なら上にバレることも無いだろ。第一、どうせこの戦いが終わったら中の人種共は皆殺しにするんだ。1匹2匹俺達の娯楽として殺しても、上だってぐだぐだ言わないさ」
「その提案は滅茶苦茶魅力的だな。自分、逃げるヒューマンの女子供の背中に矢を射るのが好きなんだよな……。無抵抗な相手を一方的にいたぶるのって楽しいからさ」
「だろ? どうせ暇だしちょっとやってみようぜ?」
思いの外、食いつきがよく、提案した獣人種の声音も弾む。
しかし、その後の反応がない。
気弱な獣人族の若者が疑問に思い横を向くと、相手は直立不動で前を見ていた。一見すると極普通に門番をしているように見える――が、瞳孔は広がり目に生気が宿っていなかった。
「!?」
驚きの声をあげるより早く、背後から心臓を貫かれ絶命する。
さらに魔術で体を固定。
一見すると真面目に警備をしているように見えるため、すぐに第三者が気付くことはない。
見張り2人をあっさりと殺害した『UR、レベル5000 アサシンブレイド ネムム』が心臓を抉ったナイフを鞘へと音もなく納める。
(まったくなんて下品な会話をするんだ。人種の女子供をわざと逃がして殺しを楽しむ、だと? ライト様の仰る通り、こいつらは生かしておかない方が世界のためだな)
彼女は内心で憤慨しながら、そっと解錠し扉を開きするりと中へと入り込む。
レベル5000のアサシンとしての技術のお陰で、内部に居る人質達もネムムの存在にまだ気付いていなかった。
彼女は注目を集めるため、派手に手を叩く。
さすがに目立つため手を叩いたお陰で、倉庫内部に居る人種達の視線がネムムへと集まる。
突然、音も無く姿を現した美しい少女に、最初驚き声をあげようとしたが、
「しぃー……安心して欲しい、自分はとある偉大なお方のご指示で皆を助けに来た者だ。つまり味方だ」
ネムムは大声を上げられる前に、そっと釘を刺す。
彼女の言葉に声を抑えて、近くにいた女性が声をかける。
「あ、あの他の場所に私の子供が囚われているのです。どうか助けてください!」
彼女を皮切りに他の人種達も似たような声をあげネムムへと縋る。
友人、恋人、家族――彼、彼女達が逃げ出さないように他の場所へ人質として隔離していたのだ。
その中で、確実に安全な場所に連れ帰ることを厳命されている少女も縋ってきた。
「わ、ワタクシの代わりに親友がどこかへ連れ去られてしまったのです! どうか、ワタクシの親友もお助けください! お、お金ならワタクシの実家が名の知れた商家なので十分お支払いできますから。どうか――!」
「安心しろ、連れて行かれたミヤの安全は保証する。なぜならこの世で最も偉大なお方が助けに向かったのだから」
「へ? わ、ワタクシ、ミヤの名前を言っていないのに、どうして知って……」
「詳しい話は後だ。他に囚われた者達も、自分以外の者が助けに向かっている。むしろ先に安全な場所に移動し終わっているかもしれない。だから、安心して欲しい」
ネムムはクオーネの疑問を流し、ざわつく人質達に訴える。
親しい者にも助けが向かったと分かったため、どっと疲れが出たのか人質達は静かになった。
ネムムは人質達が大人しくなったのを確認すると、1枚のカードを取り出す。
「ではこれから安全な場所に転移する。皆、パニックをおこさないよう注意して欲しい。では行くぞ? 転移、『巨塔』へ、解放」
ネムムがカードの力を解放すると、一瞬で倉庫内部に居る人質達が『巨塔』1階へと転移する。
『!?』
「落ち着け。マジックアイテムの力で獣人達の倉庫から、エルフ女王国の原生林内部にある『巨搭』へ転移しただけだ。ここは安全だから、まずは落ち着いてその場に居て欲しい」
ネムムは人質達が混乱し、怯えないよう気を遣い声をかけた。
あまりの出来事に驚き、騒ぎそうになったが、ネムムの言葉に気持ちを落ち着け、指示通りにとりあえず落ち着く。
ネムムは彼女達が素直に指示を聞いてくれた事に安堵しつつ話を続けた。
「これからメイド達が食事、衣服などを持ってくる。お金などとらないから気にせず受け取って欲しい。それと落ち着いたら、まだ動ける気力がある者は自分達に協力して欲しい」
「き、協力ですか?」
クオーネが戸惑いながら告げる。
最大の魔術師学園で学んだ彼女だから、ネムムがおこなった、転移で『巨塔』1階に姿を現す人質達の光景を前に戸惑う。
長距離転移のアイテムは非常に稀少でとてつもなく高価だ。にも関わらず自分達を助けるためにそれを使用しているのだ。
『それだけの財力、力があるのに自分達に協力できることなどあるのか?』と彼女は反射的に疑問を口に出した?に過ぎない。
クオーネの問いにネムムは真顔で答えた。
「ああ、まだ動ける気力がある者達には、再び転移して獣人種のクソ共によって無理矢理戦いを強いられている者達を助ける手助けをして貰いたい。戦う必要はない。自分達が無事だと知らせて欲しいんだ」
この申し出に人質達の目の色が変わる。
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