10話 新しい日常
「あふぅ……」
少女が日の出と共に目を覚ます。
簡素な木製ベッドの上で体を起こし、シャツと下着姿で赤い髪は寝癖のまま暫し動きを止める。
1分ほどで眠い目を擦りながらベッドから抜け出す。
少女――ミヤは、木製の窓を開き、早朝の爽やかだが冷たい空気を部屋に入れつつ、外に出るため着替えを開始するのだった。
寝癖を整えて、魔術師風の衣装に袖を通す。
冒険者稼業から引退したが、使っていた衣服や装備品は未だに愛用していた。
単純に勿体ないというのもあるが、故郷に戻って薬師老婆の下に弟子入りし薬学を学んでおり、汚れに強い冒険者衣服の方が何かと都合がよかったのだ。
本来の予定では遠縁の親戚を頼り自活する予定だったが、ミヤはエルフ種カイトとの戦いを切っ掛けになぜか『初級ヒール』を習得。
彼女が『初級ヒール』を習得していると知られたのを切っ掛けに、村長が薬師老婆への弟子入りを勧めてきた。
薬師老婆の後継者である孫娘はより技術を高めるため、シックス公国に留学中。
彼女が戻ってこない可能性も考えての保険と、『初級ヒール』を習得しているミヤが薬学まで覚えたら非常に心強いという理由から勧められたのだ。
彼女自身、冒険者時代、怪我の治癒には苦労した。
簡単でも良いから薬学知識があれば、高いポーションを買う必要はなく出費が抑えられる。薬学知識がどれだけ有用か、元冒険者であるミヤはよく理解している。
何より、
(薬学知識を研究したら、ダークさんの火傷の痕を治せる薬が作れるかも……)
『ダーク』とは、ライトが身分を偽り、冒険者としてミヤと接した際に名乗っていた偽名だ。
ミヤはダークを魔術師として尊敬し、ブッシュスネークやエルフ種カイトから助けられたこともあり、ダークのために火傷痕治癒の薬を作りたいという思いをずっと持っていたのだ。
ミヤは一通りの身支度を終えると最後に机、ハンカチの上に丁寧に置かれたミサンガを手に取り腕に着ける。
以前、ブッシュスネークや色々助けられたお礼に、ダークに対して民間療法レベルだが火傷の薬を作って渡した。
品質は当時、まだ素人のミヤが作ったのでたいしたことはない。
それなのにダークはお礼にと、彼女に髪色に合わせた鮮やかな赤いミサンガをプレゼントしてくれた。
ミヤは知らないだろうが、ライトの恩恵『無限ガチャ』から排出された『SSR、祈りのミサンガ』というマジックアイテムだ。
『強い願いによって小さな奇跡を起こす』とカードには説明文が書かれていた。
しかし、ライト達が実験で効果を確かめようとしたが、『強い願い』という前提条件のせいで『小さな奇跡』は起こることはなかった。
そのため、使い道の無いアイテム扱いされていたが見た目は良く、有用かもしれないアイテムとしてプレゼントしたのだ。
だが、この『SSR、祈りのミサンガ』のお陰でミヤと彼女の実兄エリオは九死に一生を得た。
彼女が気を失っている間に、ミサンガは切れてしまったので、新しく赤い糸を買って補修して再度身に着けるようになった。
とはいえ、ミサンガ本体の深い『赤色』と同色は高級店でも見つからず、ミヤが手に入る最も高い糸で何とか補修することになった。
補修した別糸の赤が浮いてしまっているが、ミヤは愛おしそうに修復したミサンガを撫でる。
こうしてミヤが薬師に弟子入りしたお陰で、実兄エリオも遠縁の親戚を頼ることなく2人が食べていくのに十分な畑の一部を割り振ってもらえた。
またエリオも『元冒険者、実戦経験有り』の経歴を買われて、村の自衛団のリーダーを兼務することに。
仲間達をダンジョンで失い、ダーク達に命を救われた後に冒険者を廃業した兄妹は、とりあえず故郷で安定した生活基盤を得ることが出来たのだった。
朝、起きて準備を終えると、ミヤはまず最初に井戸へ水を汲みに出る。
早朝の水汲みは、奥様達や家の手伝いをする若い少女達の井戸端会議――交流の場でもあった。
ソバカスが目立つ、くすんだ金髪の少女。
いかにも『村娘』といった容貌の少女が、ミヤと会話を交わす。
会話の内容はダーク(ライト)についてだ。
「その『ダークさん』ってそんなに凄い人なんだ」
「うん、そうなの。戦術級魔術を詠唱破棄できるなんて、人種冒険者の歴史に名前が残ってもいいぐらいの偉業なんだよ。なのにダークさんは謙虚で、優しくて紳士的で、才能があるのに精進を忘れず前に進もうとする人で――」
会話というより、ミヤが一方的にダークについて喋っていた。
相手をする少女も、慣れた様子で相づちを打つ。
その様子を建物の陰から見つめる複数の人影があった。
「ぐぬぬぬぬ……ッ」
「村に戻ってきたと思ったら、『ダーク』なんて奴に心酔して! エリオさん! いったいその『ダーク』っていうのは何者なんっすか!」
「そうですよ! 我が村の女神ミヤちゃんにいったい何があったというんですか!」
ミヤを建物の陰から見守っていた人影、村の若い男達が、実兄であるエリオへと喰ってかかる。
彼らは朝食の前に、剣と盾の扱い方をエリオから学ぶことになっていた。少しでも技術を吸収し、モンスター(メインはゴブリンなど)との戦闘の際、怪我や死亡率を下げるのが狙いだ。
そのため彼らの手には木製の剣と盾が握られている。
そんな彼らに詰め寄られ、村の防衛リーダーで訓練指導員でもあるミヤの兄エリオが呆れた表情と声音で返す。
「何度も言っているように、ダークさんは俺とミヤを助けてくれた命の恩人だよ。一言でいうなら……英雄さ」
エリオがつい遠い目をしてしまう。
カイトに殺されかけたが、ダークのお陰で一命を取り留めることが出来た。
出会った時からその凄さに驚かされ、何度も助けられたためエリオはダークを本心から『英雄』だと思っている――が、村を出たことがない若い男達にはいまいち伝わらない。
『英雄って……いくらなんでも大袈裟だろ』と声にしなくても表情を見ただけで彼らが内心で何を考えているのか理解してしまう。
(とはいえダークさんの凄さは言葉だけじゃ伝わり辛いよな。一目見ればすぐに理解するんだけど……)
恩人の凄さがいまいち伝わらないのは悔しいが、下手に騒いで逆にダークの株を落とすようなマネをする訳にはいかない。
微妙になった空気を変えるため、エリオは冗談っぽい声音で話題をかえた。
「俺としてはむしろ、ミヤをそこまでありがたがるオマエ達の気持ちが分からないよ」
「はぁぁあぁ。実兄だと身内だから、今のミヤちゃんの可愛さが分からないんだろうなー」
「昔は確かに他の村の女達と一緒だったけど、冒険者として街に出たお陰であか抜けたっていうか、明るくなったっていうか、こう村の女達と違ってキラキラするようになったよな!」
「そうそう! 顔もよく見ると整って可愛いし、服のせいでいまいち分かり辛いけど年齢の割にスタイルも良いしな!」
「性格だってお淑やかで、村の女達と違って怪我して薬を塗ってくれる時、ちゃんと心配してくれて、お礼を言うと、純粋な笑顔で笑いかけてくれるし! マジ、女神だぜ!」
「……身内を褒めてくれるのは嬉しいんだが……正直、反応に困る内容もいくつかあるから返答に困るんだが……」
エリオは頭が痛そうに空いた手で額を押さえる。
彼は気持ちを切り替えるため咳払いをし、
「とりあえず俺から一本も取れない奴には、ミヤを嫁にやるつもりはないからな。妹が欲しかったら、死ぬ気で訓練して強くなるんだな!」
「いやいやエリオさんから一本とるって……」
「エリオさん、滅茶苦茶強いじゃないですか。昨日なんて3人がかりで挑んでも簡単に勝つし。1対1で一本取るなんて不可能でしょうよ……」
エリオもミヤ同様、カイト戦を潜り抜けたのと、ゴールドの教えのお陰で戦闘技術が大きく伸びている。
訓練を始めたばかりの村の若い者達相手なら、複数人でもまず負けないほどにだ。
エリオは微苦笑を漏らし、うながす。
「ちゃんと頑張って訓練すれば俺ぐらいにはすぐに強くなれるよ。だからさっさと訓練を開始するぞ!」
彼にうながされ、若者達が木製の剣と盾を手に訓練場所へと移動する。
訓練場所でエリオはゴールドに習った教えを、村の若者達に伝えていくのだった。
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