7話 陰謀
獣人ウルフ種区画の屋敷に、1人の人種商人が訪れる。
身長は170cm前後、細身で着ている衣服は竜人帝国で手に入る一般市民向けの刺繍が施されていた。
そのため、彼の着ている衣服が竜人帝国で販売されている物だと一目で分かる。
それ以外は全体的に特徴が乏しい人種で、強いて言うなら、糸のように細い目が特徴といえば特徴だろう。
彼の名前はヒソミ。
竜人帝国と獣人連合国の海路を行き来して稼ぐ、人種商人だ。
ヒソミは事前にアポを取っていたため、スムーズにウルフ種族長のガムが待つ執務室に顔を出すことができた。
彼はガムが座るソファー正面に腰を下ろし、いつもの胡散臭そうな笑みで挨拶をする。
「いやぁ~ご無沙汰しております。どうも海路を行き来しているとご挨拶の機会が少なくて、小生もガム殿にお会いできなくて寂しい限りでした。これはつまらない物ですが」
「…………」
ガムを持ち上げる台詞を告げた後、手にしていた竜人帝国産蒸留酒を差し出す。
ガムは返事もせず、部下に目線だけ向けると、酒を受け取り下がらせた。
下がらせた部下の背に、
「これから大事な商談をする。自分が声をかけるまで部屋に誰も近づけさせるな」
「畏まりました」
お茶の一杯も出さず、誰も部屋に近づけないよう指示を出す。
部下は一礼し、部屋の扉を閉めた後、指示通りに誰も近づけさせないよう手配する。
執務室周辺の廊下から気配が遠のく。
「……人払いは済んだぞ。用件は何だ」
「毎度、お手数をおかけして申し訳ありませんねぇ」
言葉ではへりくだっているが、一切『申し訳ない』表情はしていなかった。
ガムは舌打ちしそうになるのを抑えて、不満げに視線をヒソミから逸らす。
彼はただの人種商人ではない。
竜人帝国の諜報員でもあり、獣人ウルフ種族長との連絡要員としての役割を与えられているのだ。
表向きは、獣人翼人種が手を出さない利益率が低い商いをおこなっている零細商人だ。
しかし、今回のように挨拶などの際に進呈する酒の種類によって合図を送り、竜人帝国側の事情を伝える役割を担っていた。
今回の符号は『2人っきりでお伝えする情報有り』だ。
故にガムは部下達を下がらせ、話が終わるまで誰も部屋に近づけないよう指示を出したのである。
相手は獣人種より格下のヒューマンだが、竜人帝国諜報員・連絡要員のため無下にできない。そのため、ガムはやや苛立ちを覚えたのだ。
そんな彼の内心など気にせずヒソミが話を進める。
「竜人帝国からの指示で、『巨塔』を是非獣人連合国の力を以て潰してほしい、とのことです」
「はぁッ!? ふざけるな! 自分達に死ねと言っているのか!?」
あまりの要求にガムはソファーから立ち上がり、怒りの声音を上げた。
「既に自分達だって情報は得ているんだぞ! エルフ種最強の『白の騎士団』が『巨塔』によって全滅! 『巨塔の魔女』率いる多数のドラゴン達によってエルフ女王国が落とされたことをな! そんな化け物のような存在を、自分達に潰してほしいだと! 確かに竜人帝国と獣人ウルフ種族は内密に手を結んでいるが、あくまで協力関係だ! 無駄死にを強要されるような関係になった覚えはないぞッ!」
「……ガム殿、落ち着いてください」
ヒソミはガムの怒鳴り声に怯えることもなく、『まぁまぁ』と興奮する馬を落ち着かせるように両手を広げ動かす。
あまりの要求に驚き、興奮し怒声をあげてしまったことをガムは内心恥じながら、羞恥心を誤魔化すようにヒソミを睨みつけつつ再度ソファーに腰を下ろす。
ガムがソファーに座り直したのを見届けてからヒソミは切り出した。
「竜人帝国も、別にガム殿達に『無駄死にしろ』なんて無体を言うつもりはありませんよ。ちゃんと勝算があるからこそ、ご提案させて頂いているのです」
「勝算があるだと? エルフ種最強の『白の騎士団』を全滅させた相手にか……」
ガムは過去、『白の騎士団』の戦闘を間近で見てる。
あんな化け物達を倒した『巨塔の魔女』を相手に『勝算がある』と言われても信じられるはずなどなかった。
ヒソミは胡散臭い笑みをさらに深めて話を続ける。
「『巨塔の魔女』の最大戦力はドラゴンです。そのため、ドラゴンを混乱させ暴走状態にすることができるマジックアイテムを後日、竜人帝国経由で運び込ませてもらいます。上手く使って頂ければ、と」
竜人帝国だけあり、ドラゴンに関する研究に関しては6ヶ国で一番高い技術を有している。
竜人帝国が『ドラゴンを混乱させ暴走状態にする』マジックアイテムを提供すると言うなら、確実にそうなるのだろう。
「……だが、それだけではまだ厳しいぞ。相手の手札が『ドラゴン』だけとは限らないからな」
「はい、もちろんです。そちらの支援ももちろんさせて頂きます。ですが、残りの手札を封じる方法など『人種絶対独立主義』を逆手に取れば簡単ですよ。むしろ、ドラゴンを混乱させ暴走状態にさせるマジックアイテムも、保険としてお渡しするだけですから」
「『人種絶対独立主義』を逆手に取る?」
ヒソミは笑顔で『人種絶対独立主義を逆手に取る』案を聞かせる。
その案を耳にして強ばったガムの表情が緩む。
「……確かに上手くやれば、自分達は無傷で勝利できるな。むしろ、同じヒューマンのくせに、こんな提案を臆面もなくしてくるとは驚きだな」
「小生は竜人帝国と獣人連合国の海路を行き来する商人ですから。『人種絶対独立主義』なんて広まったらむしろ利益が下がるので、そりゃ率先して協力しますよ」
「金のためなら同胞も売るか……。自分達、獣人種には理解できぬ心理だな」
ガムは目の前に座るヒソミに、汚い物を前にしたような視線を向けた。
ヒソミはいっこうに気にせず、話を続ける。
「竜人帝国曰く、本当なら『巨塔の魔女』がこれ以上、人種を集めて力を付ける前に潰したいそうです。竜人帝国が出張って先程の作戦通り潰しても良いのですが……距離がある上に、竜人帝国が下手に率先して前に出ると魔人国がライバル心を剥き出しにして出張ってくる可能性があるので……。無いとは思いますが、魔人国が『巨塔』側に付いたら泥沼になりかねませんからね」
「……可能性がゼロではないのがな」
ガムも魔人国――というより、魔人種自体が、竜人種をライバル視して何かと競っているのは理解している。
ヒソミの懸念通り、竜人種に対抗するためだけに『巨塔』に味方する可能性は捨てきれなかった。
故に彼らが自分達に話を持ち込んだことを理解する。
さらにヒソミは追い打ちをかけてきた。
「それに最近、獣人ウルフ種族は発言力を落としていますよね? ガルー殿でしたか? 『獣人ウルフ種次期族長候補』を無惨に死なせただけではなく、遺品一つすら見つけられなかったとか」
「……ッ!」
ガムの表情が強ばる。
「竜人帝国としてもこれ以上、獣人ウルフ種族に発言力を落とされても困るんですよね。ただ今話したことが上手くいけば……」
「…………」
ガムが無言でヒソミを睨みつけるが、同時に『ウルフ種族主導で巨塔を潰せば、獣人連合国内部での発言力が増す』、『エルフ種、竜人種に貸しを作ることができる』という言外のメリットを無下にはできなかった。
ガムはヒソミを睨みつつも、胸中で計算するが、諸々の協力が得られるのならば勝率の方が高く、得られるメリット、旨味が大きい。
(竜人帝国に乗せられている感が強いが……断ればどうせ獣人タイガ種に話を持ち込むだろうしな。獣人タイガ種が主導で成功させたら、今後数十年は彼らの風下に立たされるだろう……。そんなこと許容できるはずがない!)
ガムは結論を出す。
不機嫌そうに舌打ちしつつも、
「分かった。話に乗ろう。しかし報酬は忘れるなよ?」
「もちろんです、竜人帝国にしっかりと伝えておきます」
ヒソミ、ガムが固い握手を交わす。
こうして獣人連合国ウルフ種族が、『巨塔』討伐に手を上げたのだった。
本作『【連載版】無限ガチャ』を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
引き続き頑張って書いていきますので、何卒宜しくお願い致します!
また最後に――【明鏡からのお願い】
『面白い!』、『楽しかった』と思って頂けましたら、『評価(下にスクロールすると評価するボタン(☆☆☆☆☆)があります)』を是非宜しくお願い致します。
感想もお待ちしております。
今後も本作を書いていく強力なモチベーションとなります。感想を下さった方、評価を下さった方、本当にありがとうございます!




