番外編 アオユキの1日
『奈落』最深部の一室。
デフォルメされた犬や猫、ペンギンに熊やパンダ等の人形が所狭しと置かれていた。
全体的にファンシーで、可愛いモノが好きな少女のような部屋だ。
モコモコとした柔らかそうな毛布にくるまった部屋の主が、ベッドから顔を出す。
「……ふにゃぁ~」
特徴的な青い髪。
彼女は睡眠の際は一切の衣服を着ない主義のため、布団の下から体を出すと産まれたままの姿をしていた。胸は小さく、手足も細い。腰も内臓が入っているのか疑わしいほどほっそりとしている。
幼い顔立ちで、青い幻想的な髪色も合わさって非常に儚げな美少女だが、寝起きのため寝ぼけた表情で顔を擦る姿に可愛らしさより微笑ましさが先に立つ。
彼女は綺麗に洗濯して畳まれている下着類、パーカーなどに腕を伸ばし、着替える。
アオユキの朝は早いが、眠るのも早い。
『SUR、天才モンスターテイマーアオユキ レベル9999』と高レベルのため、別に数日眠る必要もないし、『無限ガチャ』カードから出るアイテムで睡眠を無効化することも可能だ。
にもかかわらず眠るのは彼女の主であるライトが、『夜は健康のためにちゃんと寝ないと』と発言したため、アオユキを始め他の皆、夜番以外はその言葉に従っているのだ。
ライトが『黒』といえば『黒』で、『白』といえば『白』である。それこそが、『奈落』最下層にあるこの世界での絶対的ルールだとアオユキは思っている。
『奈落』最下層で、恩恵『無限ガチャ』カードから排出された者の中で、創造主であるライトに忠誠心を抱いていない者は存在しない。
もし二心を抱いているような不届きな者がいれば、アオユキは絶対に許さないだろう。
彼女はライトに対する忠誠心が強い者達の中でも、とくに忠誠心が強いグループに属する。絶対的な神を敬うのに近いのかもしれない。
だからアオユキはライトが『夜はちゃんと寝ないと』と言えばちゃんと寝て、朝早く起きて与えられた仕事をこなすのである。
――そしてもう一つ、朝早く起きるのも理由があった。
その理由とは……。
食堂に『奈落』最下層住人達が集まり、食事を摂る。
多くの人数が集まるため食堂は広く、長机&椅子が置かれているのだ。
朝早いが既に『奈落』最下層を維持する妖精メイド達が集まり、楽しげに談笑しつつ、朝食を摂っていた。
アオユキも朝食を摂るためプレートを手に取る。
カウンター内側に居る料理人(彼もカードから排出された)に、好みの料理を注文する。
メニューが上に書かれており、この中から好きに選んで良いことになってた。
ただ普通の食事と違う点は――材料は全て恩恵『無限ガチャ』から排出された材料で作られている点だろう。
物にはよってすでに出来上がっていたりするため、カードを解放するだけで済む。
その際は、プレートの上にカードが載せられるため、非常にシュールな光景だ。
アオユキは無難にパン、サラダ、ベーコンエッグ、オレンジジュースに、デザートの果物ゼリーを注文する。
パン、ベーコンエッグは料理人がカード材料で調理した物だが……サラダ、オレンジジュース、果物ゼリーはカードで渡される。
アオユキはスルスルと気配を消し、音を立てず静かな席を目指し座る。
彼女は食事を静かに取りたい派なのだ。
スズなどがその派閥に属する。
しかし今朝は静かに摂ることが出来なくなってしまう。
「アオユキじゃん! 相変わらず朝早いな!」
顔を上げると、隣の席に同じくレベル9999のナズナが座る。
彼女は普段遅く起きるため、滅多にこの時間には居ないはずだ。
だから、毎朝早く起きているというのに……。
「あたい、今日はなんだか早くに目が覚めちゃってさ。アオユキは、いつもこんなに早く起きて偉いよな!」
「…………」
ナズナは満面の笑顔で朝からカツ丼を食べ始める。
隣の席で朝から重そうな料理を食べるナズナに苛立ちを覚えるし、静かに朝食を摂りたい派としては騒がしく声をかけてきてほしくないのだが……。
彼女が善意で声をかけてきているため無下にも出来ない。
故にアオユキはナズナと朝食の時間がなるべく被らないように、早朝に起きていたのだ。
「でさ、昨日はエリーが絡んできて。そしたらエリーの唱えた魔術が暴走してさー」
アオユキはナズナが苦手だった。
お馬鹿で裏表が無く、一方的に好意を持たれて構ってくるのが逆に接し辛い。
だからと言って有能な味方でもあるため、下手に溝を作る訳にもいかずなるべく距離を取ろうしているのだが……。
上手くいかない時もある。
アオユキはさっさと食事を終えて席を立つ。
「もう食べないのか? それじゃ全然足りないだろ?」
「……にゃー」
「あはははは! 何を言ってるか分かんないよ!」
何が楽しいのかナズナが大声で笑う。
周囲の妖精メイド達はほのぼのとした目で見ていたり、一部ハラハラとした態度で見守っている者達も居た。
別に苛立ったからと言って、ナズナに戦いを挑む訳がない。
無駄に戦ってライトの手を煩わせるようなマネをアオユキがするはずがないのだ。
朝食後は早速、仕事を開始する。
アオユキの仕事は地上に放っている使い魔からの情報統括だ。
彼女は使役した使い魔と距離に関係なく、五感をリンクさせることができる。
この力を用いれば、同時並行で複数の使い魔達を通して状況を把握し、具体的な指示を出し組織的に動くことが可能だ。
『SUR、天才モンスターテイマーアオユキ レベル9999』の名前の通り、使い魔達を手足の如く扱うことが出来るのである。
とはいえ、当然万能ではなく一部弱点も存在する。
あまりに数が多すぎるとアオユキ本人も情報過多でパンクしてしまう。
レベルが低いモンスター、高いモンスターも同じだけ労力を割かれ、戦闘、魔術、スキル、身体能力等は全てモンスター本人の力量に依存する。
離れている状況で能力を強化などは出来ない。
だがそれらの一部弱点はあれども、アオユキの能力は圧倒的に利点が大きい。
その力を見込まれて、彼女は『奈落』周辺の原生森林の調査をしたり、『巨塔』周辺の監視、情報収集のために散らばった元カードの冒険者や商人達の報告、他調査に放たれたモンスターの情報統括をおこなっているのだ。
また戦闘になれば、まるで軍隊のごとく種類の違う多数のモンスターを整然と自在に動かし、敵を屠る凶悪な力を持つ。
モンスター達は軍団としての強大な力を持つが、『殲滅力』という点では『禁忌の魔女エリー』にはどうしても一歩劣ってしまう。エリーの攻撃魔術がそれだけ優れているということだ。
とはいえ、エリーも決してアオユキを侮ったりはしない。
……アオユキ、エリーが手を組みようやく互角のナズナという存在がおかしいのである。
アオユキ専用の事務室に入ると、既に彼女専用妖精メイド達が待機している。
人数は10名を超えており、長い机の上には膨大な紙束とペンなどが置かれていた。これだけなら普通の事務室っぽいが……なぜか妖精メイド達は30cmほどのオウムのような鳥を机に乗せているのだ。
極彩色で、1羽1羽派手で同色がない。かなり個性的な鳥である。
アオユキが入室すると、妖精メイド達は一斉に立ち上がり一礼。
机に乗る鳥も器用に頭を下げる。
彼女は軽く手を上げてから、妖精メイドが引いた上座の椅子に腰掛けた。
「――では今日も偉大なる主のため情報統括を始めよう」
『はい! 始めましょう!』
普段のネコ語ではない、真面目なトーンの声音に驚くことなく妖精メイド達が声をあげる。
一斉に着席すると、皆、手にペンを持ち、鳥が彼女達へと向き直る。
この極彩色の鳥はモンスターで、アオユキの配下だ。
『レベル30 サトリオウム』と呼ばれる心を読む鳥である。
相手の心を読んで声に出し、敵対者を遠ざける能力を持つ。
戦闘能力は無いため、心を読み声に出される以外は無害である。
「――――」
アオユキが集中するために目を閉じ、浅く呼吸する。
数秒すると……『レベル30 サトリオウム』達が口を開き出す。
『報告です。夜から朝の間も異常なし。今日の行動指針として――』
『市場調査の結果、小麦の値が一部上昇しており――』
『人種王国街道が一部治安の乱れが発生。原因は不明ですが――』
『塔ノ周囲ニエルフ種ノ匂イ無シ』
『縄張リニ入ロウトシタもんすたーを排除。特徴ハ――』
アオユキが意識を分割。
サトリオウムに1羽ずつ分割した意識を読ませて、妖精メイド達に伝える。その口答台詞をメイド達は必死にペンを走らせ記していった。
情報はある程度時間を決めて報告するよう指示をだしている。
『無限ガチャ』カードから召喚された冒険者、商人達からもたらされる情報が主で、他にも『奈落』周辺の原生森林調査をしたり、『巨塔』周辺の監視しているモンスター達からの情報も入ってくる。
同時にアオユキは自分の手で、重要そうな、注目すべき情報を取捨選択し抜き出し紙に記していった。
あくまで重要そうな情報が主だが、他にも細々とした酒場の噂、森の匂い変化、街道に雨が降った降らないなどの一見するとどうでも良い情報でも、気になった場合記して残す。
後々確認し、比較、検討すると重要な情報となる可能性もあるためだ。
さらに分割した意識でアオユキは報告者やモンスター達に指示を出す。
ある意味『奈落』で一番忙しく重要な部署の一つを、アオユキが担っているのだ。
こうして午前中の情報を纏めると、ライトの執務室で仕事をしている『SUR、探求者メイドのメイ レベル9999』へと書類を提出する。
その役目は基本アオユキが担当している。
妖精メイドに任せても良いが、『奈落』内政責任者と外部情報収集責任者の情報や意見等の摺り合わせもあるため、直接顔を会わせた方が早い面があるのだ。
「にゃー」
「ご苦労様ですアオユキ。書類をお預かりしますね」
メイは書類を受け取ると、パラパラとめくりながら高速で読んでいく。
午前中だけの情報とはいえ、1000を超える者達からの報告だ。アオユキが記した書類だけではなく、妖精メイド達の纏めたモノも含めると分厚い1冊の本ぐらいにはなる。
しかし、彼女は涼しい顔でパラパラとめくり、その全てを把握し、一目見ただけで覚えてしまうのだ。
またメイは当然とばかりにライトの執務室に机を運び込み、仕事をしている。
執務室で仕事をしているのはメイの我が儘からではない。ライトが『いざという時、僕が戻ってすぐに動けるようメイには執務室で仕事をして欲しい』という命令があるからだ。
ライトの言葉は『奈落』では絶対。
つまりメイが執務室に机を持ち込み仕事をするのは正しいおこないである。
なによりアオユキ自身、悔しいがメイには一目置いていた。
(――もし彼女よりアオユキが先に召喚されていればメイの座にアオユキが……いや、それ以上に必要とされる存在になりえたはずなのに。しかし実際、一番最初に召喚されたのはメイで、彼女のお陰で主は命を落とさず、生き残る事が出来たのも事実……)
故にアオユキはメイに対しては一定の敬意を払っていた。
逆に敬意をまったく払えないのがエリーだ。
(――主の正妻になりたい、寵愛を得たいという気持ちは理解できる。実力や能力があるのも認めよう。しかし、その意思を前面に出し、メイをあからさまにライバル視して不和の空気を作る。主を不快にさせかねない態度を取るなど、許されるのか?)
『巨塔』での会話を思い出し、つい殺意が漏れ出る。
メイが敏感に殺意に反応し、書類から目を上げた。
「アオユキ、どうかしましたか? 私が何か不調法でも?」
「……にゃ~」
アオユキはネコ語で鳴き、首を横に振る。
メイは問題無いのを確認すると、それ以上は何も言わず納得し引き下がる。
アオユキがメイに敬意を抱いているように、メイもアオユキに一定の信頼を寄せているのだ。
2人は書類に書かれている内容について会話を交わし、午前の仕事を迎える。
午後の仕事もアオユキは情報を統括。
時間になると夜、再びメイに書類を届けて今後の運営、地上での活動について協議を重ねる。
一通りの仕事を終えると夕飯を摂り、お風呂へ。
お風呂から上がると自室へと戻り、全裸になると布団へと潜り込む。
(――今週は主が戻る。その時になったらいっぱい甘えよう)
目を瞑り主に甘えることを決心しながらアオユキは毛布にくるまるのだった。
本作『【連載版】無限ガチャ』を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
引き続き頑張って書いていきますので、何卒宜しくお願い致します!
また最後に――【明鏡からのお願い】
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感想もお待ちしております。
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