2話 ナーノと禁忌の剣1
「ナーノ様ですよね? 少々お時間よろしいでしょうか?」
ドワーフ種ナーノが声に振り返ると、暗い影からひょっこりと姿を現したかのように男が立っていた。
身長は170cm前後、細身で着ている衣服も極々普通だった。肩から革鞄を提げている。
全体的に特徴が乏しい人種が声をかけてきた。
強いて言うなれば、糸のように細い目と、胡散臭い笑みがやや記憶に残る程度だろうか。
ナーノは胡散臭そうに、その人種を睨め付ける。
彼は気にせず、するりとナーノの隣へと座った。
店はほぼドワーフ種しか来ないため、全体的に椅子・カウンターテーブル共に小さく座りにくそうではあった。
「初めまして、わたくしはヒソミという武器、防具を扱う行商を営んでいる者です。どうぞよしなに」
「……チッ」
ナーノは気分悪そうに舌打ちする。
(面倒臭そうな奴が絡んできやがって……)
ナーノが胸中で吐き捨てた。
人種王国の9割が農民で、残り1割が奴隷や冒険者、そして商人などになる。
農民を除けば、人種が就く仕事で冒険者の次に多いのが商人である。
冒険者になるのに比べ、腕力等がなくても出来る仕事のためハードルが低く、商人を目指す人種は多い。
とはいえ、村、国を出れば山賊、夜盗、モンスターなど危険は多い。護衛を付けると経費がかかり採算が取れるかどうか分からなくなる。さらに人種ということで他種から足下を見られ、舐められてしまい赤字になる場合もある。
結果、人種商人は他種商人と比べて不利な面が多かった。
そんな人種商人の中でも人気があるのが『ドワーフ製品』である。
ドワーフ製品は高品質で、ドワーフ王国は人種に対して他種に比べて差別が少ない。
……もちろんゼロとは言わないし、一部過激派も居るが、基本的にドワーフ種は『我が道を行く』者達が多いのだ。
自分の選んだ道(職人、冒険者、料理、酒作りなど)を極めるのに忙しく、いちいち自分から進んで他種の相手をしていられない――というのが本音だ。
『人種を見下す』というより、『興味が無い』に近い。
……『好きの反対は無関心』というが、人種からすれば苛烈な差別より、無関心の方がまだありがたいのかもしれない。
この手の人種行商人が声をかけてくる目的は多くない。大きく分けて2つの目的がある。
1つは、よりブランド力が高い、高品質のドワーフ製商品を手に入れるために職人のツテを作ろうと、飛び込み営業をする者。
そしてもう1つは、自分の商品をドワーフに売り込もうとする者だ。
目が細い人種商人ヒソミが、胡散臭い笑顔で話を続ける。
「小生は行商人として普段はドワーフ製品や他色々取り扱わせて頂いておりますが、今回ナーノ様が求める商品をお持ちした次第です」
「チッ!」
ナーノが不機嫌そうに再び舌打ちをした。
過去、鍛冶&冒険者の二足のわらじを履いてた時も、この手の輩は声をかけてきた。ナーノが『伝説の武器』を作るのが目的なのは地元では有名な話だったため、『これこそ貴方が求める伝説の武器、素材です!』とガラクタを売りつけようとしてくるのだ。
ナーノは鍛冶場に長年勤め、将来のために魔術武具の勉強だって真剣におこなっている。
ドワーフ種の気質から、専門家に負けないほど深くだ。
だが変人のレッテルを貼られているナーノは甘く見られるようで、そんなナーノを騙して一稼ぎしようとする詐欺師商人は少なからずいた。
どうやら今回もその類のようだ。
彼は威圧するように睨みつつ、短く拒否する。
「いらん、失せろ」
「そう仰らず。きっとナーノ様のお気に召す物ですから」
「いらんと言っているだろうが! そのにやつく笑みを二度と出来ないようにしてやろうか? うん?」
「……ッ!?」
細目商人が脅され顔色を悪くする。
ナーノ自身、元『種族の集い』で、レベル300前後だ。
威圧感だけで人種商人を追い払うのは本来容易いが、今回は妙に食い下がってくる。
「お、落ち着いてくださいナーノ様。ほ、本当にナーノ様がお気に召す物を用意したのですから……ッ」
ヒソミと名乗った商人は青い顔で、肩に掛けている革鞄から1冊の本をちらりと覗かせる。
苛立ち、威圧していたナーノの気配が一瞬で驚愕に変化する。
彼は息を呑むと、本を仕舞うよう手で合図した。
一部彼らの近くにいたドワーフ種が剣呑な空気を感じ取り、『なんだ? 喧嘩か?』と訝しげな視線を向けてきたが、ナーノは気にせず酒代をカウンターテーブルに置くと、顎で商人をうながす。
2人は一部ドワーフ種から奇妙な視線を背中に受けながら、店を出た。
次に彼らが向かった先は――ナーノの自宅である。
ナーノは一生分の資金を得たにもかかわらず、独身者向けの中クラスの集合住宅に住んでいた。
ここからなら現在勤めている鍛冶屋が目と鼻の先にあり、通いやすいため借りているのだ。
ドワーフ種独身男性向けのため、他種からすると天井が低く、家具も若干小さくやや不便な一室だ。
とはいえ人種商人ヒソミは気にせず、彼は勝利を確信したニヤニヤとした胡散臭い笑みで黙ってナーノの後に続き部屋に入る。
ナーノはしっかりと鍵を閉めた後、リビングへ移動し彼に先程の書籍について問いつめる。
威圧するように両目を釣り上げつつも、緊張感から喉をひりつかせて、酒場を出てようやく声を絞り出す。
「……貴様、正気か? あんな大勢の者達がいる場で、そ、そんな物を覗かせるなど」
「ナーノ様こそ、よろしかったのですか? 小生を捕らえて兵士に突き出さぬなんて…………それともやはりご興味があるのですか? この『禁忌の剣製造』について纏めた書籍に」
『禁忌の剣』とは?
遺跡から稀に発掘される強力な力を持つ呪いの武器のことだ。
『剣』と呼ぶが、基本的に武器全般を指す。
基本的に呪われている武具で、使用者の寿命を削ったり、他者の生き血を求めさせたり、精神を蝕み発狂させたりする。
お伽噺の英雄の中には強靱な精神力で『禁忌の剣』を使いこなす者も居たとされるが――一般的には危険物扱いされている。
故に、『禁忌の剣』、『呪いの武器』、『邪神剣』などと呼ばれていた。
6ヶ国協定でも『禁忌の剣』は危険物の扱いを受けており発見した場合、すぐさま届け出るよう法律で義務付けられていた。意図的に違反した場合、死刑すらありえる。
そんな『禁忌の剣』を扱う書――ナーノが言っている内容から予想するに『禁忌の剣製造』について記されている書物だ。
ダンジョンや遺跡から手に入れた後に黙って所持しているだけで重い罰を与えられる禁忌の品物も存在する。
人種商人ヒソミが所持する『禁忌の剣製造』本は、持っているだけで問答無用で重罪になるだろう。
しかしナーノは彼を通報せず、自宅へと黙って連れ込んだ。
善良なドワーフ種なら、今すぐにでも彼を取り押さえて警備兵士に突き出すべきだが……。
ナーノは動かず、ヒソミに問い質す。
「そんな危険物をどこで手に入れた? 本物なのか?」
「…………」
ヒソミは賭けに勝利した賭博師のようにナーノの問いに笑みを深めた。
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