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隣の席のギャルっぽい子が私のことしゅきらしいので付き合ってみることにした  作者: にゃー
5月

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8/50

第8話 映画


 映画の内容自体は、まあよくありそうなやつだった。

 

 細マッチョイケメンとグラマー美女がひょんなことから世界の命運をかけて切った張ったの大立ち回りverハリウッドって感じ。奇抜な設定や奇をてらった展開みたいなのもなくて、お金のかかってそうなセットやロケ地で有名な俳優さんたちが良い感じのアクションを見せてくれる。爆発もする。いっぱいする。高そうな車が何台もスクラップに。小粋なジョークやかっこいいやりとりもあれば、イケメンと美女の恋愛劇もストーリーに絡んできたり。

 

 ありふれた話といえばそうだけど、そのありふれた話をお金と手間をかけてきちんと作れば、王道の面白さになるわけで。普段は大画面で映画を観ることがないのもあって、普通に熱中してしまう。羽須美さんは元々こういう爽快アクション系が好きみたいで、蓋を開けてみれば二人して、一番後ろの端っこの席で食い入るようにスクリーンを見つめてる。


 終盤、主人公とはぐれてしまったヒロインがピンチに。THE・悪党顔の黒幕に追い詰められ、それでも気丈な態度を崩さない。走れイケメン。頑張れイケメン。いいぞそこだ敵の傭兵をぼこぼこにしろ。すんでのところで間に合った主人公。そして最後は、逆恨みめいた因縁を語る黒幕との一騎打ち。悪そうな高層ビルの最上階でステゴロの殴り合い。

 この時点でもう満身創痍な主人公が、顎にいいのを貰って大きくよろめく。すっかり応援する側の私も、思わず前のめりになってしまう。勢いづいた黒幕のラッシュが、主人公を全面ガラス張りの窓際まで追い詰めた。流れは読める。でもはらはらしちゃう。今にも倒れそうな主人公の視線の先、ドサクサに紛れて拘束を解いたヒロインが、悪趣味な置物を掴んで悪党の後頭部を強打っ。そこが勝機だ、そうだいけ主人公、やっちまえ!

 がしゃぁぁんって派手な音がして、黒幕はガラスを突き破って落ちていく。危うく道連れにされそうだった主人公をヒロインがしがみついて助け、悪いやつだけが摩天楼の底へと消えていった。やったね大勝利。

 

 王道オブ王道なカタルシスに思わず、ほんとに衝動的に、羽須美さんと両手を掴み合っていた。座席がなかったら抱き合ってたかもしれない。二人共それくらいのめり込んでた。だからスクリーンの中で主人公とヒロインがお約束のちゅーをし始めたときにも、ふと顔を見合わせて。


「「……」」


 ぼーっと惚けた羽須美さんが、ゆっくりと身を寄せてくる。

 映画の光を僅かに反射するその瞳から、なんとなく読み取れた気がした。映画そのものに熱中してるのもあるし。たぶん、自分の好きなジャンルを私も──恋人も楽しんでくれてるのが、嬉しいってのもあるんだと思う。一番後ろの隅っこの、離れ小島みたいな席に陣取って。私の左隣は壁だし、羽須美さんの右隣は空席。誰もこっちなんか見てやしない。初めてのデートにしては出来すぎなくらいの状況で、いわゆる熱に浮かされて、ってやつ。

 

 ……なんていうことを考えちゃった私の方は、当然冷静になってしまうわけで。

 ゆっくりと詰められ、今までで一番近い距離にあった私と羽須美さんの唇のあいだに、ぎりぎりのところで右手の人差し指を差し込んだ。


「んっ」


 指先に触れる感触。小さく漏れる吐息。


「だーめ」


 同じくらい小さな声で伝えたら、両目がハッと見開かれて。それから、薄暗い中でも分かるくらいにくっきりと、0.95告白時くらい真っ赤になった羽須美さんが、慌てて体を離した。バネじかけみたいに首を正面に戻した彼女に倣って前を向けば、映画は既にエンディングに入っていて。日常に戻った主人公とヒロインが、いちゃいちゃべたべたしながら真っ昼間からリビングで酒を開けている。おめでたいけど、ハッピーエンドなんだからそれくらいでちょうど良い。

 やがてカメラがフェードアウトしていってエンドロール。黒と白だけになったスクリーンを前に、席を立つお客さんたちもチラホラと。


 私と羽須美さんは、館内の明かりがつくまで座ったままだった。




  ◆ ◆ ◆




 と、いうわけで映画館を出て、当て所なく歩いている私たちなのですが。


「……」


「……」


 気まずい。

 隣を歩く羽須美さんの距離は、映画を観る前より一歩分くらい遠い。まだ少し赤いままの顔は俯いて、いつもは姿勢の良い彼女が今は、私と同じくらいの猫背になってる。


 ショックを受けた……の、だろうか。私にキスを拒まれて。

 うーむ、なんて呻きを音には出さず口内で転がす。


 羽須美さんとキスをするのは…………嫌ではない、と思う。少なくともさっき、嫌だから拒絶したってわけじゃない。一方で「ちゅーしたいよぉ……♡」ってほどでもない。そう思えるほど羽須美さんのことを、恋愛的な意味で好きになってるとは思わない。そんな状態でキスしてしまっていいのかなぁって、そう考えてだめと言ってしまった。


「……」


「……」


 羽須美さんのことは好……あー、好ましく思ってるし、一緒にいて面白いし、今日のデートだってめちゃんこ楽しめた。だからキスを拒んだのは、けっしてネガティブな感情からではないんだけど。さてこれをどう説明したものか。羽須美さんに暗い顔はしてて欲しくない、でもキスはしない。

 そんな都合の良い言い分が、はたして通るのか。


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[良い点] この小悪魔っ子め! 書かずにはいられなかったです
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