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第33日-1 対峙 ★

 シャルトルトの高級住宅街、エペ区。行政と経済の中心であるセントラルへの通勤の利便性を考えて作られた新しい住宅街、ディタ区からさらに海側へと開かれた地域。

 十三年前、ダーニッシュ鉄道による鉄道開通計画が始まる。それに伴い、理想的な高級住宅地『エペ田園都市』の開発計画がオーラス財団設立と共に発表された。


 十年前、ディタ区とエペ区を繋ぐ鉄道が開通、エペ区の原型が出来上がる。都市生活の利便性と田園生活の趣きを享受できる理想都市としての開発は現在に至るまで進められており、最近では大規模商業施設、遊戯施設の建設計画が立ち上がるなど、観光事業としても重要な位置づけとなっている。


 いわゆるセレブリティが集まる地域、それがエペ区。O監の任務ではまず訪れることのない場所なのだが、今回は違っていた。


 モア・フリーエの崩壊を見届けてから二日後。太陽が東の空に昇りきり、澄み切った空気が冴え渡る朝。

 俺はディタ区とエペ区の境にあるハマー丘陵公園に来ていた。小高い山の斜面に作られたこの公園は、奥に北部のディタ区、さらに北西部のセントラルまで見渡すことができる展望台がある。


 ディタ区の研究施設の数々、そしてセントラルのビル群が一望できるこの場所。その向こうは、島の中央にそびえ立つシャル山。

 彼はこの景色を見ながら、「すべてを手に入れた」「いやまだだ、いつかすべてを手に入れる」……と、不遜と不満をその身に共存させていたのだろうか。


 そんなことを考えながら、敷地に散らばった落ち葉を竹帚でかき集める。

 大手清掃業者の灰色のツナギを着て同じく灰色の帽子を目深にかぶり、やや猫背になりながら仕事をこなす俺は、どこからどう見ても冴えない掃除夫だろう。


 俺がいるのは展望台ではなく、公園の入り口からほど近い、舗装された石畳が扇形に広がる場所だ。

 ここにやってくるはずの人間をさりげなく確認することが、まずは俺の任務。落ち葉をちりとりにかき入れながら、意識は背後の入り口付近に集中させる。


 やがて、一人の老人がアーチ型の車止めをすり抜け、公園に入って来た。

 取っ手がT字になっている一本杖を右手に携えているが、その歩行はというとかなりしっかりしている。イヴェール工場の視察のときも思ったのだが、少なくとも補助器具が必要なほど足腰は弱くなさそうだ。

 

 老人の名は、アルベリク・オーラス――七十八歳。

 このシャルトルトの権力者――そして今回のオーパーツにまつわる事件の黒幕と思われる彼の邸宅も、このエペ区にあった。

 自宅で休んだ次の日は、決まってこの公園に朝の散歩へと出かけるらしい。いつだったか、新聞記者に健康の秘訣を聞かれたオーラスはそう答えていたが、


「どうやらそれだけは真実を語っていたようだな」


と、ラキ局長が打合せの際に皮肉めいた言葉を漏らしていた。


 だからこそ、この朝の公園が選ばれた。セントラルでの彼は多くの護衛に囲まれ、殆ど隙が無い。プライベートとなるとその数はほんの二人だ。そしてオーラスの安息の時間を邪魔しないためか、公園には入らず入口手前で待機している。


 護衛二人を残し、オーラスが近づいてくる。掃除をしている俺にちらりと視線を寄越したのが分かったが、気づかぬふりをして作業を続けた。

 次の瞬間、首から下げていた懐中時計がビリリ、と微かな痛みを伝えてきた。思わず身体が反応しそうになるが、クッと息を飲む。


『……何かありましたか』


 不自然な呼吸に気づいたのか、ミツルが通信機を通して俺に声をかける。

 俺は首が攣ったふりをして左手を首の後ろにあて、真っ青な空を見上げた。


「アタタ、ふう」

『レーダーに反応があったんですね』

「気を付けないと……」

『了解』


 ミツルの指示が、周囲に潜んでいた警備課の人間に飛ぶ。

 オーラスの姿が展望台へと消えた瞬間、入口に待機していた護衛二人は茂みから飛び出した警備課の人間に取り押さえられた。

 続けて駐車場に止めてあった車が囲まれ、他の侵入しうる場所にもO監警備課が立ち並ぶ。

 

 オーラスが自分の権威を感受できる場所――エペ区のハマー丘陵公園は、完全にO監に包囲された。

 


   * * *



 懐中時計が反応したということは、オーラスが〈クリスタレス〉を持っているということ。

 そのことは当然、直接対面するグラハムさんにも伝えられただろう。

 展望台へと向かうグラハムさんの背中が、かすかに震えた。


 任務開始――オーパーツの不法所持で、オーラスを現行犯逮捕だ。

 公園前から展望台脇の茂みへと移動した俺の拳にも、自然と力が入る。愛用の指ぬきグローブの革が擦れ、外には届かないほどの音が小さく鳴った。


「おー、良い景色」


 わざとらしく大声を上げたグラハムさんが、ベンチに座るオーラスの前を通り過ぎ、目の前に広がる景色へと顔を向けた。


「セントラルの端の方まで見えんだなー。でも、さすがにバルトは見えないか。まあ、あそこ古いもんばっかだし、見えたって大して面白くないかもしれないけど」


 さらに独り言を続けたグラハムさんが、くるりとオーラスへと向き直る。


「爺さんは毎朝ここに?」

「なんだね、君は。騒々しい」


 オーラスが身体の正面に立てた杖に両手を重ねて乗せたまま、不機嫌そうにグラハムさんを見上げる。


「すんませんね。なんせエペなんて俺みたいなバルト出身者には、そうそう来れるようなところじゃないんで。よーやく来れた話題の場所(スポット)が思ったよりも凄いんで、つい」

「ふん。つまらん芝居なんぞやめろ。……O監だろう?」

「ご明察」


 O監と分かった上で、ベンチに座ったまま顔色一つ変えないオーラス。護衛を呼ぶ訳でもなく……。

 それはやはり、所持している〈クリスタレス〉によほどの自信があるのか。

 時間が止められるとしても、たかが数秒。すでに包囲を終えたこの公園から、逃れられる訳がないのに。


「はじめまして。アルベリク・オーラスさん。俺はオーパーツ監理局の捜査員、グラハム・リルガと申します。お会いできて光栄ですよ」

「ふん、白々しい。最近私の周りをさんざん嗅ぎ回っていたのは、お前か」

「まあ、そんなところです」


 やはり、ある程度の情報はオーラスの耳に入っているようだ。

 そう言えば、イアン・エバンズがイヴェール工場でオーラスに接触していた。彼は光学研の人間だが、所長であるスーザンが消えた後はカミロとも繋ぎを取っていたし、忙しそうに関係各所を回っていたという。そこで集めた情報を、オーラスに伝えていたのだろう。


 オーラス財団がオーパーツに関わっていたことは明らかだが、社員全員が関わっている訳ではない。光学研のいち研究者が財団トップに個人的に会うのは、傍から見ればあまりにも不自然だ。だから会っているところは誰にも見られないように工夫していた。トイレで示し合わせた、あの日も。

 そう考えれば辻褄が合う。……が、恐らくそれだけではない。


 おかしな動きをしていないか、とオーラスを注視する。

 オーラスは眉間に皺を寄せ、侮蔑の眼差しをグラハムさんに向けた。


「ちっ。モア・フリーエが崩れたと知ったときから、遅かれ早かれこうなるとは思っていたが……。まさかお前のような小僧がくるとはな」

「なんか釈明があれば、聴きますよ。なんだったら、この小童を言いくるめてみたらどうですか? 王様」

「生意気な餓鬼め」


 〝王様〟に込められた皮肉な意味に気づいたのか、オーラスが忌々し気に言葉を吐き捨てた。わずかに口の端を上げるグラハムさんを睨みつけながら、ベンチから立ち上がる。

 そして地面を踏みしめるように手摺りの傍まで歩いてくると、グラハムさんに顔を向けぬまま、目の前のシャルトルトの景色に目を細めた。


「――シャルトルトに来て四十年」


 左手で手摺りに触れたオーラスの拳に力が入る。

 その四十年で手にしたのは、権力と金と……膨れ上がった欲望か。


「はじめは、まだ使い道のなかった鉱物と、ちっぽけな村しかなかった。何故こんなところに人が住もうと思ったのかもわからんような小さな村。貧しく、今にも潰れそうだった」

「俺の親父もそう言ってましたよ。あんまりにも何もなくって。進学を考えたら村を出てくしかなかったとか。それが大学出て戻ってきたらびっくり。たった五年で、ほとんど廃村だったのが普通の町に生まれ変わってたっていうんですから」


 四十年前というと、現在のバルト区に住んでいた俺の父親はまだ子供で、あまりよくは覚えていないという。

 しかしみるみる内に街が綺麗になり、鉄道が通り、人が増え、十七になる頃には全く別の国になってしまった、と言っていた。

 それを見た父親は、

「商売をするなら今だ!」

と定食屋を始めたのだ。

 やがて母親と出会って結婚し、研究者が集まり始めていた現在のディタ区へと移転。

 俺が生まれたのはちょうどセントラルとディタ区を結ぶ鉄道が開通した年で、当時はまだ他に食堂らしきものも無かったから店は大繁盛したという。


 父親に先見の明があったと言えるのだが、しかし――それはやはり、オーラスがシャル島の開拓を進めたからであって、シャル島の人が豊かになり暮らしがよくなったのはオーラスのおかげなのだ。

 それだけは間違えようのない事実で――それがどうして、こんなことになってしまったのか。


「それが、今ではこれだ。大陸の都会と比べても遜色ないほどに発展した。鉱石も輸出・加工だけではない。機器製品を作り上げ、独自の政治や雇用も創出した。もはやこの街は鉱山の町とは呼べん。

 私がこのシャルトルトを創り上げた。ここは私の街、私の島だ。だというのに、国は――お前たちは、私の島で見つかったものを横から掻っ攫った」


 私の、島――。

 オーラスの言葉に、思わず口元が歪む。


 確かにシャルトルトの人間は、島を発展させてくれたオーラスに感謝しているだろう。しかし、決してオーラスの自尊心を満たすための駒ではない。

 オーラスの家来でも所有物でもないし、シャル島にある物だってオーラス個人の物ではない。


 左手でシャルトルト・セントラルを指し示しながら熱弁を振るうオーラスに、グラハムさんは呆れたような溜息をついた。


「それで正解だと思いますけれどね。あんなもの一般人の手に渡ったら、とんでもないことになりますよ」

「未知のオーパーツの前では、お前たちとて一般人と変わりないだろう。お前たちが偉そうにしているのも、そもそもは私を無視してオーパーツを奪い取ったからだ。盗人猛々しいにも程がある」


 取られたから取り返したいのだ、と言わんばかりのオーラス。

 違うだろう。強大な力は人を狂わせる。金と権力を手にしたオーラスが既にこうして強欲さを膨れ上がらせているように。

 さらにオーパーツまで手に入れたとなったら、大陸へ、はては全世界へと乗り出すのではないか。


 さきほど、『大陸の都会と比べても遜色ない』と言っていた。

 大陸出身のオーラスは、シャル島を愛してなどいない。所詮『小さな島』だと、心のどこかで見下しているのだ。


「今の局長はその極みだな。ふてぶてしい女だよ。こちらの誘いを涼しい顔で断った上、部下どもと手を組んで私を引きずりおろそうとした」


 引きずりおろそうと()()……?

 なぜ過去形なのか。この状況が、今まさに引きずりおろそうとしていると言えるだろう。

 どうも言い回しに引っ掛かりを感じる。


「面白くないのは、まあ解りますけどね。でも見つけたのはあんたじゃないし、国に預けることを決めたのも、発見したその人だ。それに、そもそものことを言わせてもらいますと、この街を作ったのはあんただけじゃないでしょう」

「ダーニッシュのことか」


 オーラスが眉を顰め、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「我が人生での一番の失敗は、奴を頼ったことだな。奴が作った乗り物が私の街を這いずり回っているのを見ると、今でも虫唾が走る」

「――ずいぶんと餓鬼みたいなことを言うんだな」


 それまで一応の敬意を払っていたグラハムさんの表情が、急激に険しくなる。

 オーラスが何を考え、オーパーツに手を出したのか。

 彼の本音を聞くまで確保を控え丁寧に応対していたのだが、どうもやってられなくなったらしい。


『リュウライ、準備を』


 グラハムさんの様子に気づいたミツルから、指示が飛ぶ。

 準備――オーラスを取り押さえる準備、ということか。供述は十分取れた、ということだろう。

 これまで〈クリスタレス〉に対応したことがあるのは俺とグラハムさんだけ。それもあり、こうして俺は一番オーラスに近い場所に配置された訳だが。

 しかしどのタイミングで? グラハムさんからはまだ確保の合図は来ていない。


『当初の予定通りタイミングはリルガに任せますが、もしもの場合はリュウライが判断し、突入してください』

「……」


 コン、と通信機を一回叩く。それを合図に、通信が途切れる。

 戦闘中の聴覚情報は重要だ。ここから作戦を終えるまで、ミツルと連絡を取ることはしない。


 イヤホンを外し、《クレストフィスト》第一形態〝トライアングル〟を起動する。

 しかし、オーラスの様子に変化はない。どうやらオーパーツレーダーのようなものは持っていないらしい。


 二人から視線を外さないまま、ツナギのファスナーを少しだけ下ろす。懐にしまっておいた紅閃棍を取り出した。


 グラハムさんとオーラスは三メートルほどの距離を隔てて睨み合っている。

 白く太い眉毛の奥のオーラスのアイスブルーの瞳と、グラハムさんのモスグリーンの瞳が真っ向からぶつかりあい、静かな炎が立ち昇っていた。


「正直に言わせてもらうと、あんたの功績は大したもんだと思うよ。これだけの街を造って、それだけでも充分尊敬に値する。……なのに、どうしてそれで満足できない」


 グラハムさんが憤りを隠せぬまま、オーラスに言葉を投げかける。


「孤児たちを使ってオープライトを掘り出させたり、金に困った連中を実験体にしたり……オーパーツにそこまでの価値があるか?」

「ある」

「……どうかしてるぜ」


 どこか苦し気に言葉を溢したグラハムさんを、オーラスはフン、と鼻息一つであしらった。


「若造に俺のこれまで抱えてきた想いなど分かるまい。俺はこれまで、この街に尽くしてきた。俺がこの街を造り上げた」


 オーラスの一人称が『私』から『俺』へと変わる。

 ついに本性を現したのだろう。目は妖しくぎらつき、その表情はひどく歪んでいた。

 言葉を吐き出しているうちに、オーラスも感情を抑えきれなくなったようだ。杖を持つ右手に力が籠る。


「だが、だからこそ……自らの作品の汚損を許容することが出来んのだ!」


 その声が耳に届くや否や、ビリビリと強い電流が腹から全身へと駆け巡る。


「グラハムさん!」


 反射的に叫び、膝に力を入れて固い地面を蹴る。

 杖を振り上げるオーラスとオーラスに向かって手を伸ばすグラハムさんの姿が、切り取られた一枚の写真のように見えた。

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こちらが本編です。是非こちらから読んでいただきたい!
 森陰五十鈴様作:
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

こちらで共同制作の創作裏話をしています。よろしければ合わせてどうぞ。
 『田舎の民宿「加瀬優妃亭」へようこそ!』
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