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第30日-2 事情聴取

 現場にやってきたO監の警備官にチンピラ三人組とロンの身柄を引き渡し、俺は急いでセントラルの自宅に戻った。

 潜入任務はこれで終了。シャワーを浴びて髪を黒に染め直す。

 少し休みたいところだったが、ミツルからなるべく早くO監に来るように言われていたので、髪も半渇きのまま家を飛び出した。


 O監のミツルのところへ行くと、

「報告は後で。まずは一緒に来てください」

と、拘置棟へと連れて行かれた。


 拘置棟は監理棟の北側、正面からは見えない奥にあり、監理棟とは二階連絡通路で繋がっている。拘置棟二階は小さな取調室がいくつか並んでいるエリアであり、〈未知技術取扱基本法(FLOUT)〉違反を犯した犯罪者がまず連れてこられるところだ。

 捜査課は容疑者の取り調べも任務に含まれているため、恐らくグラハムさんなら何回も入ったことのある場所だろう。

 警備課はこの拘置棟の警備を担うこともあるのだが、俺は外回り中心だったので入ったのは初めてだ。


 二階取調室では、先に意識が戻っていたチンピラ三人組の事情聴取をしているところらしい。

 ロンは怪我も負っていたし病院に運び込まれたのだろう、と思っていたのだが、何とこのO監にいるそうだ。

 護送中に目を覚まし、

「O監か!? 俺を捕まえないでくれ! これには訳があるんだ!」

と言って暴れ出したため、猿ぐつわを噛ませて縛り上げ、O監の医務室で応急処置だけ施したあと、特別拘置室に連れて行かれたらしい。


「特別拘置室?」

「ここの四階にあります」


 拘置棟のエレベーターの中に入り、『4』のボタンを押したミツルが淡々と説明する。


「危険人物を隔離するための場所ですが、余計なことを喋られても困るので。彼はO監の人間が工場に潜入していたことを知っていますから」

「あ……」


 そうだった。ロンは工場で働いていたレオンが実はO監の人間だった、ということには気づいているのか。今のこの俺の姿、リュウライは知らないにしても。


「失敗した。余計なことを口走った」


 普段、警備官としては現場の見張りや見回り、警護などが仕事であり、特捜としては裏側の調査が主な任務だ。

 逮捕は捜査官の役目であり、自分が確保の場面に立ち合うことなんて無い。だからあまり自分の言動にまでは考えが至っていなかった。


 それから考えると、顔出しで捜査しているグラハムさんは外の世界で気を付けないといけないことが多々あるに違いない。俺とは違う意味で、つねに危険と隣り合わせなのだろう。


「まぁ、普通は敷地外で当人に出くわすようなことはないですからね。今回は仕方ないでしょう」

「ごめん」

「実際、リュウライからの報告は聞いていましたので彼の話は早く聞きたいところでした。暴れてくれてよかったです」


 そう言いながらエレベーターを降りたミツルが、階段脇の扉に手をかける。そのすぐ傍の管理室には警備官が二人いた。

 軽く会釈をし、ミツルの後に続く。


 扉の向こうは、無機質なコンクリートの壁が立ちはだかる圧迫感のある空間だった。廊下の突き当たりから左右を見ると、いくつもの扉が並ぶ廊下が続いている。

 そこを右に折れしばらく進んだところでミツルの足が止まった。

 奥から二番目の扉を開け、「どうぞ」と案内されたので中に入る。


 わずか一畳ぐらいの随分狭い場所だった。大人が三人入ったらもういっぱいになってしまいそうなほど狭い。

 壁の両側に一メートル四方のガラス窓があり、それぞれの部屋の中が見えるようになっている。


 窓から覗き込んだその部屋は、まさに牢獄を思わせる寒々しい空間だった。

 金属が剥き出しの壁に窓は一つもなく、冷たそうな床には畳や敷物すらない。簡素なベッドが部屋の大部分を占めており、中央には座卓のような木製テーブルが置かれていた。部屋の隅には、用を足すためのトイレが備え付けられている。

 入口と思われる場所には鉄格子が填められ、その奥に金属製の扉が見えた。まさに独房といった感じで、かなり厳重に閉じ込められていることがわかる。


 ロンはベッドに腰かけ、うなだれていた。左足の膝から下は添え木が当てられ、包帯でぐるぐる巻きにされている。猿ぐつわは外されているが、叫んだり暴れたりする様子はない。


「マジックミラーになっています。向こうからはこちらは見えませんし、よほどの大声を出さない限り声も聞こえませんので、お気になさらず。気づいたことは、話してください」


 一角に備え付けられていたカウンターの上に置いてあったパソコンを起ち上げながら、ミツルが言う。


「……随分おとなしいな」

「落ち着いた頃に話を聞きに来る、と伝えてありますので。本人の言う通り、ちゃんとした理由があるのでしょう」


 やがて、ロンがいる部屋の扉が開き、鉄格子の前に一人の男が現れた。ミツルによれば、特捜の捜査官だという。


 ロンはどこかホッとしたような顔をして立ち上がろうとしたが、捜査官にベッドに座ったままでいいと諭されておとなしく腰を下ろした。

 そして、想像よりずっと落ち着いた雰囲気で、ロンの取り調べが始まった。


 ロンの本名は『ロナルド・クインビー』と言い、バルト区のペッシェ街出身とのことだった。弟分のカール・シェンドンと共にアーキン区の採掘現場で働いていたが、カールは田舎の退屈な暮らしにひどく飽きていた。

 そしてオーラス工場で工員の募集をしていると聞き「まとまった金が欲しい」とそちらに行ったまま、やがて全く連絡が取れなくなった。


 ロンはオーラス社に電話で問い合わせてみたが、

「そのような者はいません」

と冷たくあしらわれ、警察にも行ってみたが、

「成人男性ですし……まぁ、行方不明なんてよくあることですしねぇ」

とまともに取り合ってくれなかったという。


「ロナルド・クインビー、カール・シェンドン。確かに住民記録に名前がありますね。前科は無し。そして二人共、家族はいませんね」


 ミツルが供述を聞きながらキーボードを叩いている。


「それは?」

「バルト区の住民を調べるのに毎回バルト署に問い合わせるのでは時間がかかり過ぎるので、とりあえず行方不明者が多いとされるバルト区ペッシェ街の住民記録だけデータ化してもらいました」

「……なるほど」


 ペッシェ街から人がいなくなっている、という情報を得たのは、もう二週間以上前だ。

 それぐらいの期間があれば可能だろう。


『だから、あいつはバカなんだ!』


 ガラス窓の向こうから聞こえてくるロンの怒鳴り声が耳に飛び込んできて、思わず息を飲む。


『体を動かすしか能がないって、自分で言ってた!』

『しかし金が手に入れば、一山当てようと目論んだり、大陸に行ってもっといい仕事を、とか考えるかもしれないだろう?』

『それは無ぇ! だとしても、俺に連絡一つ寄越さないなんてのは、あり得ねぇ!』


 そしてロンは「自分で調べるしかない」と思い、約一年前にあのイヴェール工場で働き始めたと言う。


「……住民データを基に精査してわかったのですが」


 ミツルがポン、と一つのキーを押す。


「いなくなったとされる人間は、たいてい身寄りが無い者。……つまり、いなくなってもその安否を気遣うような人間がいない者なんですよね」

「……そういうことか……」


 ずっとあのプレハブ小屋にいる人間のもとに、たまに社員が話をしに来ると言っていた。

 恐らく簡単に身上調査をした上で連れて行く人間を厳選していたのだろう。

 カールは書面上は天涯孤独だ。こうしてカールを追って調べに来る人間がいるとは、あっちも思わなかっただろうな。


『それで、どうしたんだ』

『工場には、カールはどこにもいなかった。働いてる奴に話を聞いているうちに、これは〝引き抜き〟とやらにあったんだろうなと思って……後はひたすら、その機会を待ったよ』


 ロンの膝の上で握られた拳に力が入り、幾重もの筋が立つ。


『ここは胡散くせぇ。それだけは、感じたからよ』


 カミロの手帳にあった『M』――『モア・フリーエ』と呼ばれたその場所は、一見、本当に社員寮だったという。

 八畳ぐらいの個室が各階に十室、二階から四階まで。四人部屋なので、最大百二十人が収容可能だが、その場にいたのはだいたい四十人程度。

 一階は食堂と風呂、共同スペースに玄関。しかし玄関から外へ出ることは一切許されていない。生活必需品などの必要な物は、常駐している寮の管理人に頼んで用意してもらう。


 同室の四人組は必ず一緒に行動することになっていて、互いが互いを見張るシステムになっている。

 四人で結託して脱走するなどは不可能。なぜならば各組には班長と呼ばれる頭がいて、その人物はやがて裏社会で動く人材となるべく洗脳教育された人間だから。――オーパーツを餌に。


 そして、その社員寮の地下がオーパーツの実験施設となっていたそうだ。サルブレア製鋼同様、研究室、実験室、倉庫などがあったらしい。


 以上は、先の三人組から得られた情報。とは言っても、頭だった茶髪の男は黙秘したままだったそうだが。

 彼らが見たモア・フリーエの人間は、白衣を着た人間が十人ほど、その警護についていた人間が二十人ほど。

 最近になって研究者が増え、実験の回数も増えていった。前はもう少し計画的にやっていたが、最近は「時間が無い」「ついでにこれもやっておけ」と昼夜関係なく無茶なスケジュールを組まされることもあった、という話だった。やはり中には壊れてしまう人間もいて、いつの間にか社員寮からもいなくなるらしい。


「研究者の数が増えた……サルブレア製鋼から移ってきた人間かな」

「でしょうね……」


 壊れないためには、モア・フリーエの人間に気に入られること、頭に気に入られること。そしていつかはグループの頭になり、外の世界に出ること。


 ロンはその一番下っ端、人体実験の人材として呼ばれたのだ。まだ未調整のオーパーツの効果を試させられたり、また〈クリスタレス〉を使った場合の身体の変化などを調べられたという。


『白衣を着た男どもに抑えつけられてよ……抵抗したら殴られるわ蹴られるわ、ひでぇ扱いだった』

『仲間は? 助けてはくれないのか?』

『仲間って一緒にいた奴らのことか? アイツらはモア・フリーエの犬だよ。暴力振るったのはそいつらだ』


 新人のロンが入った組の頭は、その中でも一番〝外に近い〟と言われていたという。新人を教育する以上、絶対に裏切らない――ある意味、洗脳がきちんと済んでいる人間。

 そのため残り二人も従わざるを得ず、O監に保護されて少しだけホッとしたような顔をしていたそうだ。モア・フリーエの内情を意外とすんなり白状したのも、それゆえだろう。


『それで、コレは? どこにあったんだ? どうやって手に入れた?』


 捜査官がビニール袋に入った壊れたグリップをロンに見せる。


『そういう、変な器具みたいなのは実験室のあちこちに置いてあった。研究者も何か、バタバタしててよ。管理が甘かった』


 これはチャンスだ、とロンは思ったという。そんなときに手に握らされたのが、あのグリップ型の〈クリスタレス〉だった。


『仕組みはよくわかんねぇけどよ。アレを握っている間、俺に近づけねぇんだ。こう、俺の中心から風が吹き出たみたいな感じになって』

『風?』

『研究者たちは〝うまく機能していない〟〝でもこれなら斬れるかもしれない〟とか訳わかんねぇこと言って……あ、そうだ』


 身振り手振りを交え力説していたロンが、作業着のポケットからクチャクチャになった紙切れを取り出す。受け取った捜査官はその紙片を丁寧に広げると、「ん?」と眉間に皺を寄せた。


『変な計算式が書いてあるな。何だ、これは?』

『白衣のヤローが持ってたファイルから落ちたやつ、拾っといた。何かの証拠になるかと思ってよ』


 カールは結局、どこにもいなかった。班長に聞いたら、

「知らねぇけど、いないんなら壊れたんじゃねぇの?」

と何でもないことのように言われたという。

 この場所に長くいたら自分もそうなる。グリップを手にした今しかない、とロンは決死の思いで駆け出し、だいたいの方角だけを頼りに社員寮を逃げ出した。

 

「……斬るのは時空間、かな」


 キアーラさんが言っていた話を思い出しながら思わず呟くと、隣にいたミツルも微かに頷いた。


「かもしれませんね。だとすると、彼の供述とあのメモはかなり参考になるでしょうね」


 その言葉に頷きながら隣の部屋に視線を戻すと、一気にいろいろなことを喋ったロンがガックリとうなだれていた。


『これでわかっただろう? 俺はカールを探しに行っただけだ。犯罪者じゃねぇ』

『しかし素人が勝手にオーパーツを使ったことには変わりない』

『好きで使った訳じゃねぇ!』

『いずれにしても、しばらくはここにいてもらう。お前が思っているより、お前の身はかなり危ない。保護する意味でもな』

『……』


 その捜査官の言葉には納得できたらしく、ロンはそれ以上何も言わなかった。


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こちらが本編です。是非こちらから読んでいただきたい!
 森陰五十鈴様作:
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

こちらで共同制作の創作裏話をしています。よろしければ合わせてどうぞ。
 『田舎の民宿「加瀬優妃亭」へようこそ!』
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