第28日-2/第29日 再び工場へ
セントラルからディタ区のイヴェール工場へバイクで移動し、いつものように運搬作業の仕事が始まる。
「じゃあ、ここの運搬だが……レオンは第一倉庫に運べ。アンガスは第四倉庫な」
「えーっ、遠いですよ!」
現場監督の声に、アンガスと呼ばれた青年が不満そうに声を上げる。ここでの勤務経験が長く、現場監督ともかなり打ち解けているらしい。
ちなみにレオンとは俺のこと。この工場で使っている偽名だ。
「それじゃ、俺が第四倉庫に行きましょっか?」
レオンらしく、軽い調子で口を挟む。
第四倉庫と言えばこの工場の中ではかなり奥の方にあり、まだ足を踏み入れていない場所だ。この機会に行かせてもらえるのなら行っておきたい。
ダメもとで言ってみると、アンガスは
「おう、助かるー!」
と上機嫌に応えてくれたものの、現場監督は
「フォークリフトも使えねぇ奴が何言ってやがる」
とけんもほろろだった。
やっぱり駄目か、と諦めかけていると、アンガスが
「でも、監督!」
と俺たちの間に入ってくれた。
「あっちに行って一人で作業するのが大変なんですよー。二人で第一と第四、同時にやった方が絶対に早いです」
「んー、まぁそうか。じゃあちゃっちゃとやれよ。午前中でこれ全部終わらせるようにな!」
「はい!」
「了解ー!」
大声でお礼を言うと、フザけて敬礼ポーズをしたアンガスと目が合う。ニッと歯を見せて笑うその顔を見て、こっちも自然と笑みがこぼれた。
アンガスの機転で工場内の行動範囲を広げることができた。これは助かる。
フォークリフトでの積み込み作業は二人でやり、アンガスの運転で倉庫へ。そこでの下ろし作業も二人で……だが、アンガスはややサボり癖があるのかブツブツ文句を言いながらタラタラと作業をしている。
それならば、とアンガスの分も懸命に運ぶと
「お前、使えるなー」
とかなり気に入ってもらえた。
* * *
そうして仕事を終えた後、外に出てミツルへの定期連絡を済ませ、再びプレハブに戻る。
相変わらずいつものメンツがゴロゴロしていたが、このプレハブのヌシであるロンの姿が見当たらない。
彼がいたはずの場所は荷物もなく、綺麗にスペースが空けられている。
最後に姿を見たのはいつだろう。一昨日の夜は飲み会をして……そうだ、昨日は仕事後すぐにO監に戻ったから、ここには来ていない。
ということは、昨日のうちに?
「あのー……ロンさんってどこに行ったんスか?」
ロンさんの比較的近くに陣取っていた男に聞いてみる。
「んー、昨日の夜にはもういなかったな」
やっぱりか。
「荷物もねぇし、多分、社員寮に行ったんだろ。社員に抜擢ってやつだ」
「多分?」
「バックれる場合はそのままいなくなるからよ、たいがい」
男はめんどくさそうにそう答えると、プイッと顔を逸らしその場にごろりと横になってしまった。
これ以上は聞くな、ということらしい。
昨日の朝は確かにいた。それはこの目で見ているが……つまり昨日の就業中にロンはいなくなったのか。
元々この工場での勤務はかなり長いようだったし、既に俺達とは違う仕事を任されていた。とっくに目をつけられていたのかもしれない。
それにしても、まさかこんな唐突にいなくなるとは。隣人の男に挨拶もないということは、箝口令でも敷かれているのだろうか?
ますますその『抜擢』とやらがキナ臭い。
わずかな期間とは言え、世話になった人間が忽然と姿を消すのは気味が悪かった。
〈クリスタレス〉が身体に害を及ぼすものだと分かっているだけに、連れて行かれた人間がどういう扱いをされているのかも不安だ。
いや、焦りは禁物だ。とにかくもうしばらく様子を見よう……と自分に言い聞かせ、その日は眠りについた。
* * *
次の日も、同じようにアンガスとのコンビで働いた。
現場監督の信頼が厚く、フォークリフトを操るアンガスと共に動いたおかげで、敷地内の施設は研究棟を除いてだいたい網羅することができた。
しかし、特に怪しいところは見当たらない。当然ながら、レーダーの反応も全く無かった。
こうなると、もうこの工場で働く意味はないかもしれない。
監視カメラ等の位置は確認できたし、十分装備を整えた上で研究棟の方への侵入を試みた方がいいだろうか。
そうだ、アーシュラさんがラキ局長の命令で《カメレオン》の改造をしているんじゃなかったか。それを使わせてもらうことができないものか。
実際に人がいなくなっているのを目の当たりにすると、どうしても気が急いてしまう。しかし早めに手を打った方がいいように思うのだが……。
「おっ、何かバタバタしてんなー」
アンガスがこの施設の中でもひときわ大きな工場を見上げて声を上げる。
見ると、確かにいつもはビッチリとカーテンが閉められているはずの工場の窓のあちこちが開いていた。換気でもしているのだろうか。
ドタン、ガシャガシャ、という機械音と共に人々が忙しなく動く気配も伝わってくる。
しばらくして工場の出入口が開き、およそ工員とは思えない背広姿の男性とスーツ姿の女性が現れた。
確か、この工場の事務方の人間だったはずだ。男の顔に見覚えがあるし、女性の方は面接で会った。機械的に会社説明をしていたな。
「稼働状況はまずまずだな」
「そうですね。ですが少々雑然としていましたから、今日の終業時に工員に清掃をしてもらいましょうか」
「そうだな。明日の会長視察の為にも、よくよく言い聞かせておいた方がいい」
そのような会話をしながら俺たちの横を通り過ぎていく。
黙々と下ろし作業をしながらも耳をそばだてていると、男性の方がチラリと俺たちの方に視線を投げかけた。
「明日の午前中は運搬作業は止めるか」
「そうですね。オーラス会長だけでなくマスコミも来ますし」
「あいつらが映り込むのはまずい。絶対に粗相があってはならんからな」
「現場監督の方に話を通しておきます」
聞こえてんぞ、とアンガスが不満そうにボソッと呟く。
「別に映りたかねぇーし」
「ははっ、そうっスね」
一応は明るく相槌は打ったものの、脳内はというとそれどころではなかった。
オーラス? つまり明日、オーラスがこの工場に来るのか?
会長視察と言っていたか……そうか、最先端の技術を擁するイヴェール工場の紹介、とかだろうか。マスコミも来るという話だし。
それ自体に特に深い意味は無いだろう。ただ、オーラスが誰を伴っているか。工場の視察に来たオーラスに接触する人間はいないか。これはかなり重要だ。
片っ端から洗っていけば、いつかマーティアスに辿り着くに違いない。
* * *
『オーラスが工場の視察に、ですか?』
「そうだ。マスコミも来るらしい」
商店街の隅の、すでにいつもの夕食場所となったベンチに腰掛け、ビリリ、とパンの袋を破く。
「おかげで明日は仕事が休みになった」
『なぜです?』
「〝あいつらが映り込むのはマズい〟とね。僕とアンガスを見て」
『ふうむ……』
「汚い格好でウロウロされると困る、という意味にも取れたけど……深読みするなら、いつか消えるかもしれない人間がカメラに映るとマズい、ということかも」
ハグ、とコッペパンにかぶりつき、数回噛んで牛乳で喉の奥へと流し込む。
単なる栄養補給の時間と化しているが、さすがに飽きてきた。
「それと、ミツルが気にしていた北東の研究棟、倉庫は見てきた」
『どうでしたか?』
「特になし……表から見る分には。基本的に、これ以上は働きながらは無理かな。監視カメラのタイプと位置はわかったから、潜入捜査に切り替えた方がいい」
『……少し強引すぎますね。焦っていませんか?』
「人が一人、消えてるから」
俺はプレハブのヌシだったロンのこと、その様子、そして消えた経緯などをわかる範囲で説明した。
『……リュウライとしては引っ掛かる、と』
「ブラックな企業のブラックな裏側に消えた、となるとどうしても」
『明日、リルガが〈輝石の家〉を行くことになっています。その結果を待ってからにしましょう』
「グラハムさんが? わかった、そうする。それで……アーシュラさんが改造したっていう《カメレオン》を借りることってできる? できれば明日、オーラスの周りを確認するのに使いたいんだけど」
『無理です。明日、リルガがその〈輝石の家〉での作戦に使いたいそうなので』
「えっ!」
思わず出た声と共に、「悪ぃ!」と左手を上げてウインクするグラハムさんの顔が浮かぶ。
あー、取られたか。さすがグラハムさん、目の付け所は確かだ。やっぱり特捜に向いているかも。
「……わかった。じゃあいつものように適当に忍び込んで観察することにするよ」
忍び込む経路と隠れるスポットの目星はだいたいついたしな……。
もくもくとコッペパンを頬張りながら頭の中の地図に印をつける。
『では、明日は日中に連絡を入れるかもしれないのでそのつもりで。すぐに撤収できるようにしておいてください』
「了解」
プツン、と通信が途切れ、それと同時に最後のパンも喉の奥へと消えていく。
パンパン、と手を叩きながら立ち上がると、少しだけ活力が漲った体をグン、と伸ばした。
マロシュのおじさんやアンガス、それにロンを始めとするプレハブの住人達。
この工場でちょっとだけ世話になった人達が厄介なことに巻き込まれる前に片をつけたいところだ、と思いながら、バイクに跨り、商店街を出た。




