第25日-1 潜入捜査の前に ★
シャルトルト・セントラルのビジネス街。お昼時ともなると声高に喋りながらランチに出かける女性たちや、疲れたように首を回しながら歩く営業マンなどでかなり人通りが多くなる。
その中央にある広場の脇の道路には、忙しいビジネスマンが隙間時間で昼食を取れるようにと、コーヒーやハンバーガーなどを販売しているワゴンが並んでいた。
足で捜査中のグラハムさんも今日の昼はだいたいこの辺にいるはず、と教えられた。実際に来てみると、確かに広場のベンチに座り、コーヒーを片手にモグモグとホットドッグを頬張っている姿を見つけた。
いつもとは違いやや歩調を落とし、ダラダラと歩いて近づく。
「ここ、いいですか?」
斜め後ろから近づきベンチの隣を指差しながら声をかける。
何気なく振り返ったグラハムさんは、俺を見上げ……数秒後、
「ングッ!」
とホットドッグを喉に詰まらせた。涙目になり、ドンドン、と自分の胸を叩いている。
「大丈夫ですか?」
「……っ、リュウ!? 何だ、その恰好!?」
コーヒーをゴクゴクと飲み、どうにか窒息するのを免れたグラハムさんの視線が、俺の頭のてっぺんから爪先まで何度も往復する。
金色に染めた髪をワックスで逆立て、目にはワインレッドのカラコン。左耳には銀の土台に黒い石が填まったピアス。着ている服は黒いジャンパーにグレーのVネックシャツ、ベージュのズボンとそう派手ではないが、首には青い石が中央に填まった十字架のシルバーのネックレス、腕にはシルバーと黒のブレスレットをジャラジャラ身につけていた。右手の人差し指と薬指、左手の中指にはそれぞれシルバーの獅子、黒い四角い石、鷲の模様が刻まれた指輪が填められている。
確かに、何の飾り気もない普段の恰好とは全く違うので、強烈なインパクトだったに違いない。
「確か、一昨日は休みだったよな。いったい何があったの! ちゃんとお兄さんに話してみなさいっ」
「別にグレてこうなった訳じゃないです」
グラハムさんって、やっぱり最初にフザけないと気が済まないタチなのかもしれないな。
そんなことを考えながら隣に腰かける。
「あーあー、キレイな黒髪だったのに……。リュウくんのキューティクルが失われるぅ」
「いつもならウィッグでどうにかするところですが、今回は絶対にバレる訳にはいかないので」
「……そっか」
グラハムさんが、急に真顔になる。
「工場に潜り込むんだっけ?」
「はい」
録音された音声では、カミロの名前とオーラス鉱業の工場の新規募集の話が出ていた。ミツルが調べたところ、確かにディタ区山間部にあるオーラス鉱業のVG加工の工場で公にきちんと募集していた。
約一年前にできた、ディタ区のイヴェール工場。宣伝動画がよく流れているし、セントラルでは誰もが一度はその名を耳にしているのではないか。アロン・デルージョの隣人のおばさんが言っていた、『所在不明の工場』という情報とは一致しない。
しかし光学研からは何も得られず、マーティアスも雲隠れしてしまった。すると頼みの綱はこの新規募集をしている工場しかない。連絡係と思われる人間がわざわざ口に出したのだから、少なくとも彼とは関係のある施設ということになる。
だから俺はバルト区在住の十六歳の少年になりすまし、この工場の新規募集に応募することにしたのだった。
「それにしても、すぐに僕と分かったんですね。変装が甘かったかな……」
「バーカ、人の顔がすぐ分からなきゃ捜査官なんてやってられないぞ」
「そうですね」
「まぁ、普通の人間ならまず見破れないだろうから安心しろ」
「はい」
「で? 単にお喋りに来た訳でもないんだろ。何の用だ?」
促されて、ジャンパーのポケットから数枚の写真を出す。光学研に出入りする人間を隠し撮りしたものだ。
光学研から引き揚げた書類からは社員名簿は見つかったものの、顔写真は貼られていなかった。
スーザン・バルマ所長については、直接顔を合わせたグラハムさんが、マーティアスの写真を見て
「確かに所長さんだな」
と認めてくれたのでいいのだが、問題は連絡係の存在だ。
写真だけでは誰が誰か分からないため、光学研に乗り込んだグラハムさんにその辺りを聞こうと思ったのだ。
「あー、これは副所長のオッサンだな。こっちは受付のオネエさん」
写真を見ながら分かる範囲で教えてくれる。
「これは白衣を着てたから研究者だろうな。あ、こっちも。で、こいつも。何か下っ端の鈍くさそうな研究者だった」
二、三人の男性を指差す。
その後も名簿からは分からない特徴や印象などを一通り聞き、頭に叩き込んだ。
「バルマの部屋には明らかに隠蔽工作があった。バルマの奴が夜中に戻って来た可能性もあるが……かなり雑だったし、他の誰かが慌ててやったんだろうな。連絡係がいるとしたら、そいつだろう」
「となると、やはり研究者のうちの誰かでしょうか?」
「その可能性は高いだろうな。……あ、そうだ」
今度はグラハムさんが懐から一枚の写真を取り出す。
「警察の同期からカミロの写真を貰った。顔を覚えとけよ」
「助かります」
正面を向いた、バストアップの写真。黒髪で、目はオリーブ。なかなかハンサムな男性だ。
自信ありげにギラついた目つきに、自意識が高そうな口元。高級そうなスーツとブランド物のネクタイを身につけている。
カミロはオーラス精密の社員で、表立って動いている人物。営業という話だし、外回りが多くなかなか本人を掴まえられないという。
となると、オーラス鉱業の関連施設に現れてもおかしくはない……つまり、俺がこれから入り込もうとしている工場に現れてもおかしくはない人物だ。
そして、カミロと接している人間がマーティアスに繋がる人物である可能性は限りなく高い。
「ありがとうございます。……じゃ、これで」
写真を返すと、グラハムさんが「えっ」というような顔をした。
「もう行くの?」
「そろそろ時間なので」
バルト区では『イヴェール工場で働きたい人募集!』というポスターが張られ、駅ではビラを配っている人間もいた。16歳以上、経験不問、住み込み可、という文字が並んでいる。
そこで昨日、O監で住民票から用意してもらったスラム出身の少年『レオン・ヘルバリ』としてビラを受け取り、
「これ、俺みたいなのでもいいんスか?」
と聞いたところ、
「ああ、それはもう、大歓迎だよ! 若いしね! とにかく、労働力が欲しいんだよね」
と言われ、面接の日時を伝えられたのだ。
「一応、住み込みを希望しようと思っているので、しばらく連絡は取れなくなります」
「マジか……。グローブは?」
「今回は事を構える気は無いので、ナシで。持ってはいきますけど」
「無茶するなよ」
「はい。何かあったらミツルに。定期連絡はするつもりなので」
「わかった。……くれぐれも、無茶はするなよ」
「……はい」
二回も言われてしまった。そんなに危なっかしく見えるのだろうか……。
わかりました、と返事をし、広場を後にする。
すぐ傍に置いてあったバイクにまたがり、中央の幹線道路を走り始めた。
交差点で信号が赤に変わるのが目に入り、停車する。その角のひときわ高いビルを見上げる。
――オーラス財団の本部。
シャルトルトの王様、アルベリク・オーラスはこの最上階にでもいるんだろうか。
そしてマーティアスは、どこに潜伏しているのか。表の肩書、光学研の所長『スーザン・バルマ』としての違法行為がバレてしまった以上、もう表社会には帰ってこれないだろう。
オーラスの支配の下、影でオーパーツの研究を続けることになるのだろうか。
どうしても、七年前――実家の食堂でキラキラした目で熱っぽく語っていた彼女と結びつかない。
なぜ『マーティアス・ロッシ』としての自分を殺してまで違法な研究を続けているのだろう。
オーパーツは、やはり人を狂わせる魔力があるんだろうか。
マーティアスを捕まえることが、彼女をその呪縛から解放する唯一の手段かもしれない。
信号が青に変わる。
あちこちにオーラスの息を感じるビル群を擦り抜け、セントラルからディタ区へと繋がる幹線道路を駆け抜ける。
高鳴るエンジン音と共に自分の気持ちもどこか昂っていくのを感じる。
焦るな、落ち着け、と自分に何回も言い聞かせながら、美しく整えられた人工物が溢れかえる街並みを通り過ぎた。




