第21日-5 オーパーツの歴史
三階の警備課フロアには、当然ながらまだ誰も出勤していなかった。
冷たい灰色の事務机だけが並ぶ通路を通り過ぎ、壁にある掲示板を見上げる。
勤務体制を確認すると、午前中の内勤は二人だけで、後はすべて出払っている。ラキ局長はオーラスに関係がありそうな現場には手を回していると言っていた。かなりの人員を割いているのだろう。
北西の隅にある自分の席に着き、パソコンを起ち上げて左側に手記を広げる。一度読んだので何となく覚えている箇所も多かった。
日付、書かれている内容を機械的にキーボードで打ち込みながら、これまで調べてきたことを振り返ってみる。
アロン・デルージョのこと、オーラス財団のこと、それとマーティアス。
これらは繋がっていることが、確定したのだから。
シャル島でオーパーツが発見されたのが、十五年前。
その後国の管理下に入り、〈未知技術取扱基本法〉が制定される。大陸から各研究機関の学者が集まり、結成されたのがオーパーツ研究所。これが、十四年前の出来事。
オーラス鉱業・オーラス精密からサルウィン鉄鋼とキリブレア精工に工場が下げ渡されたのが、同じく十四年前。VG加工でシャル島を支配していたオーラスがオーパーツに関心を持つのは、当たり前か。
オーパーツが発見された場所はディタ区の山間部で、オーラス鉱業はディタ区の開発をしている最中だった。
オーパーツ研究所がディタ区に作られ、遺跡目当てに民間の研究施設が作られ、ディタ区には研究者が多く移り住むようになった。
そんな彼らが住むための場所を確保しようと土地が切り開かれ、その場所にマンションや彼らが生活するための施設が次々に建てられた。
俺の実家の両親だって、食に無頓着そうな研究者がお客としてたくさん来てくれるだろう、とディタ区に食堂を開いたのだ。ディタ区が急速に発展していったのも頷ける。
オーパーツ研究所の設立には当時の都市長とオーラスの働きかけがあったという話だった。しかし内心、オーラスは面白くなかったのかもしれない。
そして、独自にオーパーツを研究する場所として、サルブレア製鋼が作られた。
十三年前、オーラス財団が設立。確かこの時期、アスタ達がいた孤児院も作られたんだったか。
あくまで『製造業の社長』だったオーラスがいろいろな事業を幅広く展開する『シャル島の主』という面を押し出すようになったのは、この頃なのかもしれない。
十二年前、オーパーツによる犯罪が増加したことから、警察機関よりオーパーツ専門部署が独立し、『オーパーツ監理局』が設立される。
この初代局長がラキ局長が言うところの『とんでもない置き土産』をすることになるんだが、確かに過去の不正を洗っている暇は今は無いだろうな。
とにかく、オーラスはO監やO研の情報を入手するツテがあった。だからアロン・デルージョのことも、RT理論のこともいち早く知ることができた。
九年前、アロン・デルージョはO研を追放されたあと、サルブレア製鋼に招かれた。
手記の最初のページの日付は、恐らくその頃のもの。決意表明か、自分の考えたことを意気揚々とつらつら書いている。
最初の方は「自分の頭脳を見込まれた」「やりがいがある」と前向きな言葉が並ぶ。
やがて、「オーパーツの研究を思う存分してくださいと言われたがロクに揃ってない」という愚痴に始まり、「研究者が使えない」「外に出してもらえない」という不満ばかりが書き連ねられていく。
違法な研究をしている以上、彼を表に出すわけにはいかなかったのだろう。O研を追放された経緯から考えても、アロン・デルージョはあまり冷静な人物とは言い難いようだ。外に出すと何をしでかすか分からない、悪事が明るみに出る可能性がある、と考え、閉じ込めるしかなかったのだろう。
しかしそれが、彼を追い詰めて狂わせる羽目になった。
結果として、思うような成果は得られないままアロン・デルージョは使い物にならなくなった。
オーパーツ研究を存続させるためには、新たな頭脳が必要だった。
そうして七年前。ディタ区を騒がせた、爆発事故。ただ一人の生き残り、マーティアス。
ツテを持つオーラスが、逃すはずはない。ひょっとしたら、マーティアスが違法な研究をしていることもO監より先に掴んだのかもしれない。
このままだと捕まるぞ、ウチに来い、とマーティアスに持ちかけたのだろうか。
それはあり得る。マーティアスの焼身自殺は偽装だったのだから、あれは突発的な事故ではなく事前に計画されたもの。マーティアスが了承しなければ成立しない。
そして、そのための準備は念入りにしたはずだ。
アロン・デルージョの末路を考えると、マーティアスもこの道しか選べなくなるように仕向けられたのかもしれない。
アロンのときの反省を生かし、表での活動場所も与えられたのだろうか。光学研の所長にまで登り詰めたのは、オーパーツの研究に都合が良かったからか、それとも彼女の実力か。
いずれにしても、マーティアスはオーパーツ研究のために働かされている、オーラスの奴隷のようなものかもしれない……。
* * *
「あらぁ、お疲れのようね、リュウライくん」
手記の文章化を終えてミツルにデータを送り、凝り固まった右肩を揉みながら備品管理課に行くと、窓口のサーニャさんが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
時刻は八時過ぎで、O監の職員もちらほら出勤し始めている時間帯。窓口のサーニャさんは、今日は早番だったらしい。勿論、ミツルから頼まれたんだろうが。
「ちょっと色々あって、寝てないので」
「駄目よ、それじゃ!」
「許可は貰ってるんで、このあと仮眠室を使います。……で、これ」
ボディバッグから《ワイヤーガン》と紅閃棍、それと黒の指ぬきグローブ――《クレストフィスト》を取り出す。
「《ワイヤーガン》、ありがとうございました。とても助かりました」
「それなら良かったわ! 念入りに調整した甲斐があるってものよ」
「それで、グローブなんですけど。本当は技術課に依頼すべきなんですが、サーニャさんに調整をお願いしてもいいですか?」
「えっ……私!?」
サーニャさんが急に眼をキラキラさせてグローブを手に取る。
「午後からまた入り用になるかもしれないんです。正式な手順を踏んでたら間に合わないかもしれなくて」
「……あら、そう」
急につまらなそうに口を尖らせるサーニャさん。その表情を見て、言葉が足りなかったことに気づいた。
「あ、違うんです」
と慌てて手を振り、否定する。
これじゃまるで、サーニャさんを便利に使おうとしているみたいだ。
「前に、何でも相談して、と言ってくださったので。紅閃棍の調整も、実はサーニャさんがしてくださってたんですよね?」
窓口業務のお姉さんだと思ってたけど、秘密の武器庫という二つ名を名乗るぐらいだから、武器や防具には精通しているのだと思う。
《ワイヤーガン》もかなり使いやすかったし。
「ちょっと無茶なお願いだとは思うんですけど、サーニャさんなら信用できるかな、と……」
「んもう、可愛い――っ!」
「――ぶっ!」
急にカウンターから身を乗り出したサーニャさんが、ガバッと抱きついてきた。両腕で頭を胸元まで引き寄せられてしまい、視界は真っ暗。柔らかい感触に、かなり面食らう。
しまった、完全に気を抜いていた。
「ちょ、サーニャさん!」
「リュウライくん、私に一晩ちょうだい!」
「何を言ってるんですか、もう!」
グイッとサーニャさんの腕を振りほどき、どうにかその地獄の輪から抜け出すと、サーニャさんが「あらん」と残念そうな顔をした。
「リュウライくんの無理を聞くんだから、ご褒美ぐらい欲しいわよぉ」
「……他のものにしてもらえませんか」
「んもう、つれなーい。でもそこも可愛いー」
「……」
「ま、いいわ。リュウライくんの慌てふためく顔なんていう貴重な物も見れたし。それでよしとするわ」
何か頼むたびに突拍子もない請求をされるんじゃないかと思うと、おちおちお願いもできないな。
ノースさんのブロマイドの方が、まだ分かりやすく健全で安心な気がする。
「……とにかく、よろしくお願いします」
「オーケイ! とってもやる気になったし、任せて! んー、どうしよう、せっかくなら何か新機能を……」
「いえ、それは止めてください」
「つまんなーい。……で、何時に取りに来る?」
「昼の一時前には」
「解ったわ、任せて。じゃあちゃんと寝なさいね。ひどい顔色よ」
最後は随分と常識人のようなことを言い、サーニャさんが優しく微笑む。
もう一度「よろしくお願いします」と言うと、俺は数倍重くなった体を引きずり、のろのろと同じ二階の隅にある仮眠室へと向かった。




