第20日-4 二階の実験準備室 ★
間取り図によると、この研究棟は大半が研究室や実験施設だが、三階の一部分に研究者の個室が割り当てられている。
研究資料を探すなら個室、オーパーツを探すなら実験施設。どちらを目指すべきか。
今のところ、オーパーツを違法に研究していることは分かったが、〈クリスタレス〉を所持しているかどうかというところがはっきりしていない。
グラハムさんの「オーパーツを探そうぜ」という意見に従い、二階北西部の実験施設に向かうことになった。
北東の階段から一階に出て、西階段へ。
途中で二階から一階に巡回に降りてきた警備員に遭遇しそうになり、監視カメラに気をつけながら南側に大きく回る。
しかしこれで、警備員が再び二階に上がってくるのはかなり後になるはずだ。二階にまだいると思われる研究職員にさえ気をつければいい。
西階段を二階へ上がり、左に曲がる。真っすぐな通路を突き当たりまで進むと、二つの扉が現れた。右側の重そうな金属扉の向こうが実験施設、左側の普通の木のドアの向こうが実験準備室。
実験施設の扉には『使用中』と書かれたマグネットが貼られていたが、扉と床に耳をつけても振動が伝わってこない。作業中では無いようなので、そっと扉を開ける。
そこはやけにだだっ広い空間だった。おかげで誰もいないこともすぐ分かったが、置いてあるものと言えば部屋の隅にある台だけ。これだとさすがに盗聴器は仕込めない。
諦めてすぐ身体を引っ込め、扉を閉めた。「どうした?」というような顔をしたグラハムさんと目が合う。
「駄目です。動作実験をするような場所なのでしょう。部屋の隅に台がある他は、だだっ広いスペースがあるだけの部屋です。幸い中に誰もいませんでしたが、調べている間に誰かが来たらすぐに見つかってしまいます」
「……んじゃあ、こっちは?」
グラハムさんが向かい側の実験準備室の扉を指差す。
実験施設はある程度の頻度で利用されているようだった。その傍にある準備室なら、現在実験に使用している物が置かれている可能性は高い。
「……入ってみましょう」
ドアには鍵はかかっていなかった。基本的に個室内には監視カメラは無いはずだが、地下室のこともあるのでまずは俺だけが中に入る。
辺りを注意深く見回したが、どうやら何も設置されていないようだ。後ろを振り返り、グラハムさんにもOKサインを出して中に入る。
パイプラックが七つ並んでいる。つまり間の通路は六つ。一つの棚は五段から六段になっていて、ほぼすべての段に何かが並べられている。
――それは俺達オーパーツ監理局の人間ならば一目瞭然、オーパーツだった。
「これは……」
グラハムさんが声を漏らす。
いくらオーパーツを見慣れたO監捜査官のグラハムさんと言えど、一度にこんなにたくさんのオーパーツを目にしたことはないはずだ。
「ずいぶんと、あるな。これ……大問題だぜ」
「そうですね」
グラハムさんはペンライトを照らし、真剣な表情でオーパーツを一つ一つ見ていく。
俺は小型カメラを取り出し、写真を撮り始めた。グラハムさんが写らないように気をつけながら一列一列フィルムに収めていく。
そうして淡々と作業を続けながらも、何とも形容しがたい不気味な物が胸の中に広がっていく。
今までにも、違法オーパーツ所持の疑いがある場所に侵入したことはある。
だけどこれだけの量を揃えた現場は未だかつてない。下手したらO監で管理している数より多いんじゃないか。
どれだけの年数をかけてこれだけの量を集めてきたのか……いや、やはりオーパーツレーダーの存在が大きいのかもしれない。ひょっとするとオーパーツが豊富に眠っている独自の発掘現場を所有しているのかも。でなければこんなには集められない……。
「リュウ、〈クリスタレス〉があるぜ」
別の列にいたグラハムさんがひょっこり顔を出し、俺を手招きする。
近づくとグラハムさんが一つの器具をひょいっと手に取り、ペンライトで照らしてみせた。
手の平におさまるぐらいの卵型の器具。表面はつるんとしていて、握り込むスイッチはあるものの、結晶を填める場所が無い。
「本当ですね。〈クリスタレス〉があるということは……」
「カミロと繋がりがあるかもな」
「マーティアス・ロッシとの関係もあるかもしれません」
言葉に出して、ふと何かが胸の奥をよぎる。
アヤ・クルトが亡くなったあの事故現場から持ち帰ったフルーレ剣の鍔のような〈クリスタレス〉。誰にも言わず、密かに違法な研究をしていた彼女。
「他にも何か……」
グラハムさんがそう言ったところで、外から話し声が聞こえてきた。すかさず出入り口の扉と対角の位置にある棚の陰に身を潜める。
部屋の扉から現れたのは、研究職員らしき二人の男だった。多分、実験施設を利用するための道具を取りに来たのだろう。
どうやら長居をする気はないようで、男たちは入口の扉を開けっぱなしにしたまま、部屋の電気は点けなかった。
ホッとしたものの、こちらの方まで歩いてくる雰囲気だったので見つからないように対角の位置をキープしながらそろそろと動く。
男たちは懐中電灯のようなもので棚を照らしながら歩き、ある列に入っていった。先ほどまで俺とグラハムさんがいた棚だ。
「あれ? ないなぁ」
研究員の片方が不思議そうな声を上げる。後ろでグラハムさんが「あ」というように自分の左手を見ている。――先ほど見ていた、卵型の〈クリスタレス〉。
グラハムさん、何で持ってきちゃってるんですかー!……と心の中で盛大に叫んでいると、俺の視線に気づいたグラハムさんが「悪ぃ」というように肩をすくめた。
最悪の事態を考え、ボディバッグのチャックを確認する。
スタンガンでひるんだところで絞め落とすのが確実か。二人いるから一人はグラハムさんに責任を持ってもらおう。
そんなことを考えていたが、男たちは「ははは」と困ったように笑って棚を背にした。
「またあの人が持っていきましたかね」
「そうかもな。夜しか来ないからなぁ、あの人」
「どうします? 三○五、行きますか?」
「……いやあ、止めとくよ。邪魔するとあの人怖いし。朝になったら返してくれるだろ」
そしてそのまま、開け放していたドアの方へと歩いていく。後ろを振り返ることもないまま、バタンと扉が閉まった。
ふうう、と思わず溜息が漏れる。
「……危なかった」
「でも、お手柄です。怪しそうな場所、聞き出せましたよ」
グラハムさんの強運に感謝、といったところか。俺だけだったら引き出せなかった情報だ。
「行ってみんの? その三○五」
「夜しか来ない研究員……気になりませんか?」
「……」
グラハムさんは黙り込んだが、その表情は複雑そうだった。
「気になるけども危険すぎねぇか?」
とでも言わんばかりだ。
「中に入って貴重な資料が手に入れば万々歳。そうでなくても、顔や身元が分かれば充分な手掛かりになります」
「大丈夫かよ」
「慣れていますから、大丈夫です」
安心させるために力強く言ったつもりだったが、グラハムさんは「うーん」と首を傾げたまま溜息をつくだけだった。
三階の三〇五というと、研究者の個室部分だろうか。二人の男が話していた「あの人」の部屋かもしれない。二人の口ぶりではどうやらこの施設の権力者のようだし、かなり重要な資料が眠っていると推測できる。
グラハムさんには元のようにオーパーツを棚に戻してもらい、ついでにその棚の天板の裏側にマグネットタイプの盗聴器を貼り付けた。下から覗き込まない限りはまずバレないだろう。
この場所はかなり頻繁に使われているようだし、重要な会話が拾えるに違いない。
クリスタレスが並べられている棚を撮影し、不用意に動かしたものが他にないか確認をして、俺たちは実験準備室を出た。先ほどとは違い、向かいの扉の奥から微かに振動が伝わってくる。さきほどの二人が使っているのかもしれない。
すぐにこの場を離れた方がよいと判断し、通路を戻って西階段から三階に上がる。
「ミツル、三〇五はどこか解る?」
『間取り図に記載はありません。下げ渡された後で振られた番号でしょう』
「わかった。北側から探してみる」
『リュウライ。今回の任務は深追いは禁物です』
「え?」
意外なことを言うな、と思いふと足が止まる。グラハムさんには聞こえてないらしく、「どうした?」と言われたので「ちょっと待ってください」という意味を込めて左手で制する。
『リルガもいますから。情報を持ち帰ることを最優先に動いてください』
「了解」
今回はただでさえかなり強引なことをしている。〈クリスタレス〉という確かな情報を掴んだ以上、長居はマズい。
「ミツルくん、何て?」
「そろそろ撤収を考慮に入れるようにと。三〇五を調べたら終わりにしましょう」
「わかった」
俺の言葉に、グラハムさんはどこかホッとしたように頷いた。




