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第17日 真夜中の潜入

 ヴォルフスブルクの施設の偵察、三日目。

 日中に得られた情報はというと、前二日間と変わりない。研究者が何人か出入りしていること。ひょろ長い男は見かけないこと。アロン・デルージョの姿はないこと。……ただそれだけ。


 夜になり、ヴォルフスブルクの町から行き交う人々の姿が消えた。

 この地域の工場は、深夜はまったく稼働していないようだ。日中聞こえていた機械音は消え失せ、シンと静まり返っている。


 正門には相変わらず警備員が立っている。少し離れたところから覗いてみたところ、入り口には『サルブレア製鋼』という二つの会社を合わせたような看板が掲げられていた。

 表向きには二社が共同開発を行っている場所、ということだろうか。


 この施設への出入り口は南側の一つだけ。搬入などを考えるとこれも不自然だな、と思う。工場区画側に資材搬入用の出入り口があってもおかしくはないのに……。


 設計図によればもともとはちゃんとあったようだが、『サルブレア製鋼』を作った時に潰してしまったのだろう。


 四人の警備員による巡回は夜通し続けられている。彼らは明かりを照らしながら歩いていたので、その動きは煙突の上からよく見えた。昼間の警備体制と動きは殆ど変わらない。

 ……しかし、昼と夜では当然目視できる範囲は限られている。今日は新月で、潜入にはおあつらえ向きの夜。闇が俺の姿を隠してくれる。

 巡回時間とそのルートも完全に頭の中に入っているし、何の問題も無い。


 正門がある南側を避け、まずはこの施設を取り巻いている壁を確認する。高さは二メートル半ぐらいで、その上には有刺鉄線も張り巡らされていた。

 闇に紛れ、正門にいる警備員に気づかれないように注意しながら一通り調べてみたがすべてこの状態。何か所か鉄線が破れているところがあるにはあったが、中の様子は全くわからない。

 刑務所のよう、というと大袈裟だが……それに近い圧迫感はある。


 工場区画の北と南の間、施設全体で言うと東側の塀の前に来る。

 警備員の死角になる場所――侵入するなら、ここか。


 何らかのセンサーが働いている可能性を考え、身につけていた電子機器は外してある。当然、《クレストフィスト》もだ。

 持っているのはオーパーツレーダーといくつかの侵入用の小道具だけ、という身軽な状態で、俺はタイミングを見計らって高い壁をよじ登り、深夜の工場に侵入した。スタン、と軽い音をさせて敷地内に着地する。


 どうやら体温感知センサーなどはないようだ。何の足音も聞こえないし、警備員が俺の侵入に気づいた様子もない。

 古びた工場だけあって、大規模工場にあるような監視システムは設置されていないのだろう。

 こんな過去の遺物のような施設に最新鋭の設備が投入されていたら、あからさまに怪しすぎるし。


 それとも、ここは本当にサルブレア製鋼の工場および研究施設で、オーパーツとは無関係なのだろうか。それにしては、警備がいささか厳重過ぎる気がするが。


 二つの工場は窓がすべて黒いカーテンで覆われ、外からは一切中が見えなくなっていた。光も漏れてきていないし、中は完全に無人だと思われる。聞き耳を立てたが、何かが動いている気配はなかった。シンと静まり返っている。


 そしてレーダーの反応も……なし。

 まぁ、違法オーパーツをこんなところに置きっぱなしにはしないだろう。ただ、侵入は簡単そうだ。入るなら工場区画からかもしれない。


 やや上を見上げると、窓が数センチだけ開いている場所があった。一階部分だが上の方に取り付けられているらしく、かなり高い。ジャンプしても片手で桟に触れるのが精いっぱいだ。


 小石を拾い、その隙間めがけて投げ込んでみる。カン、コン、という小石が中の床に落ちる音が少しだけ響いてきたが、それだけだ。何らかのセンサーが反応した様子はない。


 建物内には何らかの警備システムがあるかと思ったが、ひょっとして何もないのか?

 それとも工場区画はすでに稼働していないから、だろうか。


 ここから忍び込めるかもしれない……が、今日はやめておこう。

 ただ、また来ることになるかもしれないし手は打っておくか。


 ポケットからワイヤーリールを取り出し、壁から飛び出ていたボルトに引っ掛ける。それを伝ってよじ登り、左腕を伸ばして桟に手をかけた。ブランとぶら下がり、右手もかけてグッと力を込める。そして懸垂の要領で身体を持ち上げ、そっと中を覗いてみた。

 大小さまざまの機械が置いてあるようだが、人はいない。埃臭いし、やはりだいぶん長い間、誰も足を踏み入れていないのだろう。


 ホッと息をつきつつポケットから粘土を取り出し、窓の桟に噛ませる。ちょうど外と中の壁にまたがるようにくっついた。

 この粘土は半日もすれば渇くが、乾いてしまうと全く動かせなくなる。

 

 これで、この窓は閉められなくなったはずだ。水に濡らせば、すぐ柔らかくなって取れるのだが。

 仮にここの人間に粘土が見つかったとしても、まさかO監の仕業とは思わないだろう。

 そしてもし見つからなければ、やはりこの工場区画に人の出入りはない、ということになる。


 ワイヤーを外し、地面に飛び降りる。

 そろそろこちらにも警備員が回ってくる頃だ。場所を変えよう。


 コピーした設計図を頭に思い浮かべながら、東側の塀に沿って敷地内を歩く。

 やはりもともとあった建物を繋げただけで大きな改築はしていないようだ。上からは見えなかった細部も確認したが、秘密の入り口のようなものは無い。


 ただ……中は入ってみないとわからないか。やはり研究棟、実験施設の方がクサいかな。

 侵入するならそれだけのものがここにはあるという確証がないと、さすがにラキ局長の許可も下りないだろう。


 そんなことを考えながら中庭をすり抜け、西へと進んだ。

 まずは実験施設の方に近寄る。窓は一切なく、外からは中の様子は見えない。よほど極秘の実験をしているのだろうか。


 ぐるりと壁伝いに歩き、北へと回る。連絡通路の下を通り過ぎ、研究棟と工場区画の間の部分に辿り着いた。

 設計図によると、こっちは三階建てで細かく仕切られた部屋がたくさんあるつくりだったはずだが……。


 見上げると、こちらにはいくつかの窓がある。ただし鉄格子みたいなもので覆われており、入るのは難しそうだ。

 一階と三階は真っ暗だが、二階には電気がついている部屋もある。ただしこちらから見えるのは階段側なので、奥でぼんやり明かりが点っているのがわかるだけだが。


 元々研究室の入口があったはずの場所は、実験施設と繋がっていて壁が連なっている状態だ。とてもじゃないが侵入できる隙はない。

 定期的に警備員も巡回しているし、誰にも見られず速やかに建物内へ侵入するためには丸腰では無理だ。入念な準備をして――。


「……!」


 三階の踊り場が一瞬明るく照らされた気がして、さっと連絡通路の真下へと滑り込んだ。どうやら奥の研究室の一室から誰かが出てきたようだ。

 光が動き、影が窓に映し出される。三階から二階へと降りてきていた。


 二人の人間だ。一人は二メートルは超えるんじゃないかと思うぐらい恐ろしく背が高かったが、よく考えればこれは光に照らされた影。実際はもっと低いだろう。ただその背格好からして、恐らく男だろうな。

 背の低い方は男か女かわからない。だが、歩く速さやその姿勢から考えると、二人とも二十代から三十代といったところか。


 一階まで下りてくると、その姿はふいと消えた。再び建物内に戻ったのだろう、影すらも見えなくなる。

 これ以上、姿は拝めないか――。


「……?」


 ふいに、近くで光を感じて視線を送る。研究棟と実験施設を繋ぐ一階連絡通路。一メートル間隔で付けられた擦りガラスの窓からは、ぼんやりとした明かりが漏れている。

 どうやらここに移動してきたらしい。


 ――そして、息が止まりそうになるほど驚いた。


 腕が……壁からにょっきりと人間の腕が突き出ていたのだ。摺りガラスの桟から二十センチほど下の壁……俺が身を潜めている場所から、三メートルほど離れたところに。

 まるで、建物の中から壁を突き破ったように、まっすぐと外に向かって伸びている。擦りガラスからの明かりでぼんやりと浮かび上がっているのが、一層恐ろしく感じる。

 いや、壁から腕が生えている、とでも言えばいいだろうか? その腕が、拳を握ったり開いたりしている。


 つまり、これは間違いなく生きている人間の腕で……。

 いや、あり得ない。要するに、これは何らかのオーパーツが働いているんだよな? そうとしか考えられない。


 落ち着きを取り戻し、注意深く観察する。

 ひょろ長いが、鍛え抜かれたしっかりとした腕……きっと、さっきの背が高い方の人間のものだろう。やはり男だったらしい。


 ポケットに入れていたレーダーを取り出して見てみたが、何の反応もしていなかった。

 てっきり、赤いランプ――つまり、調整済オーパーツの反応を感知するかと思ったのに。


 壁はいったいどうなっているのか。暗くてよくわからないのでもう少し近づきたいが、もし外を透視できるようなオーパーツだとしたら、俺が潜んでいることがバレてしまう。

 諦めて、とにかく目を凝らして様子を窺う。


 腕が突き出ている周囲の壁には、何の変化も見られなかった。亀裂が入ったような音もしていない。最初からちょうど腕が通る穴でも開いていたのか、と思うほど。


 やがて腕は引っ込んだ。当然、穴は開いていない。壁は元通りだ。

 しばらくすると、研究棟の階段の窓に再び二人の人影が映った。もと居た場所に戻っていくようだ。そしてその姿も、やがて見えなくなる。


 しばらくじっとしていたが、戻ってくる様子はない。俺のこともバレてはいないようだ。

 ホッと一息つく。


 念のため身を屈めながら、腕が突き出ていたはずの場所に近づく。

 やはり壁には、穴なんて開いていない。恐る恐る手を伸ばして触ってみたが――本当に、ただの壁だった。冷たいゴツゴツした感触が俺の手の平に伝わる。


 やはり何らかのオーパーツの効果を試していた、といったところか。わざわざこの場所に来たのは、元からある施設ではなく後から作られた連結部分だからかもしれない。一階部分にあるし、仮に壁が壊れても、建物自体には影響を及ぼさないだろうし。


 これは間違いなく、オーパーツだ。壁という物質を無効化して通り抜けを可能にした、とかだろうか。理屈は全くわからないが。

 しかも、〈クリスタレス〉――。だからレーダーが反応しなかったのかもしれない。


 とにかく、この施設にはとんでもない物が隠されている。

 いや、物だけじゃない、人も。

 行き過ぎた研究をしている、狂った研究者が。誰にも見られないように奥で、ひっそりと。


 そのことだけはよく分かった。こんな丸腰状態で、迂闊に忍び込んでいい場所ではない。

 今日のところはこれで引き返し、明日ミツルに報告しなくては。


 背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、俺は急いで施設を後にした。


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こちらが本編です。是非こちらから読んでいただきたい!
 森陰五十鈴様作:
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

こちらで共同制作の創作裏話をしています。よろしければ合わせてどうぞ。
 『田舎の民宿「加瀬優妃亭」へようこそ!』
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