第12日-2/第13日 間取り図の施設を探せ
アロン・デルージョの家を出て、おばさんにお礼を言って集落を離れる。
このままヴォルフスブルクへ向かって調査したいところだが、さすがにこの格好だと警戒されそうだ。不良少年が工場への盗みでも企んでるのか、と誤解されてしまうだろう。
まずミツルに連絡しよう、と回線を開く。
「こちら、リュウライです。応答願います」
『受信中』
ちょうど手が空いていたらしく、すぐにいつもの事務的な声が返ってきた。
俺はおばさんから聞いた情報と、アロン・デルージョの自宅から間取り図の切れ端が見つかったこと、そしてヴォルフスブルクに何かあるようだ、ということを伝えた。
「……とはいえ、ヴォルフスブルクには稼働中、休業中も含め小さい工場がたくさんあるから、しばらくこちらに詰めることになると思う」
『一つ一つ調査するのは効率が悪いですし、危険です』
「全部に潜入する訳じゃない。オーパーツレーダーの反応がある工場をまずは見つけ出す」
とは言っても、感知できる範囲は半径30メートルぐらいとそう広くはなく、また地下にある場合など障害物が多いとキャッチしづらくなる。結局潜入しないと駄目かもしれないが……。
『間取り図があるのなら、バルト区の役所分署で調べてみるのはどうでしょう』
「役所分署?」
アロン・デルージョの住所を調べるためにスペンサー警官に連れて行ってもらったのは、バルト署内にある資料室だった。
が、それとは別に古い書類を保管している分署があるらしい。今では二人の職員がいるだけで、殆ど物置と化しているそうだが。
『シャルトルトで工場を建設する場合、役所に建設計画や目的などを報告する義務があります。またその際には設計図なども提出している筈です』
「設計図……。だけど、それはセントラルで統括されているんじゃないのか?」
『ヴォルフスブルクは古いですから、資料はバルト区にそのまま残されている可能性が高いですね』
「ふうん……」
『誰でも閲覧できるものではありませんが、警察関係者、特にオーパーツ監理局となれば問題なく見られる筈です』
「なるほど」
犯罪者のアジトが摘発された場合、その建物の所有者は誰なのか、というのは必ず調べることになる。捜査の上でそういう情報が必要になることは度々あるのだろう。つまり、特に身分を偽る必要もない、ということか。
そして、もし実在する建物であれば、同じ間取り図の工場が見つかるはず……。
「わかった。一度戻って、明日行ってみる」
『了解』
* * *
翌日。バルト区の役所分署に行きオーパーツ監理局警備課所属の身分証明証を見せると、職員は「こちらです」と言って登記書類が保管されている部屋へと案内してくれた。
こんな少年がO監?……という視線だけは痛いほど感じたが、任務に関わるので詳しいことは聞かれなかった。施錠するので退室する際に内線を入れてくれ、とだけ言い、職員は一礼して去っていった。
五メートル四方ぐらいの四角い部屋。窓がなく、三方はすべて壁一面が書棚となっている。どうやら年代別に並べられているようなので、一番古いファイルを手に取る。
ヴォルフスブルクは、元々はVG鉱の採掘と加工で細々と生計を立てていた地域だ。
その後ダーニッシュ鉄道によりアーキン区とバルト区を繋ぐ鉄道が開通。駅周辺から都市開発が進められたが、山際でかなり不便な場所にあることもありあまり手が入れられず、三十年以上昔の工場や加工場などがそのまま残されている。
書類には所有企業名、建設計画からその期間、そして設計図が書かれている。
ヴォルフスブルクだけでもかなりの量があるが、それでも実際に歩き回るよりははるかに効率がいい。
長々と書いてある字面はすべて飛ばし、とにかく設計図だけを片っ端からチェックしていく。
三時間ほど経ったところで、見覚えのある図が出てきた。懐から切れ端を繋いだ皺だらけの間取り図を取り出し、二つをよく見比べる。
南側のラインがほぼ同じ。しかし登記書類の設計図は本当に小さな工場で、規模が全然違う。オーラス社のVG産業が軌道に乗り始めた頃の工場のようだが、アロン・デルージョの家から見つけた間取り図の方がかなり大きい。
そして所有者の欄を見ると、『オーラス鉱業』から『サルウィア鉄鋼』という会社に変更になっていた。変更日付は、十四年前になっている。
サルウィア鉄鋼という会社は聞いたことが無い。少なくともオーラス鉱業の傘下ではなかったはず……と思いながら本社所在地を見ると、シャルトルトではなくナータス大陸になっていた。
オーラス社はVG鉱採掘・加工事業で大きく成長した。その利権をすべて手中に収めていると言っていい。
そしてこのVG鉱をより有利な条件で取引するために大陸の企業をいくつか買収したり、より有効に活用するために高度な技術を持つ企業をシャルトルトに誘致したりしている。
このサルウィア鉄鋼も、恐らくシャルトルトに誘致した会社なのだろう。オーラス鉱業から工場を下げ渡したのかもしれない。
しかし、なぜあえてヴォルフスブルクに、とは思う。アーキン区の工業地域に誘致する方が自然だと思うが……。
だが、これではオーラス鉱業が今回の事件に関わっているという証拠にはならない。仮にこのサルウィア鉄鋼から違法オーパーツが見つかったとしても、「取引をしている会社が勝手にやったこと」と逃げられてしまう。
勿論、サルウィア鉄鋼がオーラス財団のダミー会社、という可能性もある。しかしそれを調べるには大陸に赴く必要があるし、何重にも手を入れてバレないようにしているだろう。
どうするかはとりあえず置いておいて、紙を挟んでおく。見つかったのは、間取り図のほんの一部。他にもあるかもしれない。
そうして再び資料を調べていくと、間取り図と同じ設計図はもう一つ見つかった。それも所有者はサルウィア鉄鋼となっている。
所在地は先ほどの工場のすぐ隣で、少し大きめ。オーラス鉱業が事業を拡大した際に作られた、さきほどの工場より後にできたものだった。
これも、所有者の変更は同じ日付になっている。
同じ場所にある二つの工場をサルウィア鉄鋼に下げ渡し、新たな工場に生まれ変わらせた、といったところだろうか。
だとすると、間取り図が欠けている部分はこの二つの工場と同じ場所にある施設かもしれない。
今度は所在地に注目して調べてみる。すると、1つの研究施設と1つの実験施設が見つかった。オーラス社が精密機器の製造に着手したころに造った建物のようだ。やがてオーラス精密の所有になったが、その後下げ渡しされている。
下げ渡し先は「キリブレア精工」。これも大陸の企業だ。
これら四つの施設は、今はどうなっているのだろう。これはやはり、現場に行ってみた方がよさそうだ。
俺は見つけた設計図をすべてコピーすると職員に礼を言い、足早にバルト区役所分署を出た。
* * *
「サルウィア鉄鋼? ……聞いたことが無いですね」
O監に戻り、ミツルに設計図のコピーを渡しながらわかったことを簡潔に説明する。
「本社は大陸にあるようだけど」
「しかしオーラス社から工場の下げ渡しまでした以上、ある程度の利益が見込めなければおかしいでしょう。あるいは、優れた技術を持っているか」
オーラス財団がどこまでこの案件に関わっているかは分からない。そのあたりをはっきりさせるために、特捜調査部ではオーラス財団の関係会社、および取引会社をすべて洗い直しているという。
その関係でだいたいの会社名が頭に入っていたミツルは、かなり不自然なものを感じたらしい。合点がいかないとでもいうように何度も首を捻っていた。
「……ということは、アタリの可能性が高い?」
「ですね。キリブレア精工の方は、後にオーラス精密に買収されていますから不自然ではないのですが……」
となると、入念な準備をする必要があるな。万が一にもO監の手が伸びていると相手にバレないように。
さて、どうするか……。
「住所も判明しましたし、こちらで周辺地図などは用意しておきます。リュウライは明日は休日でしたよね」
「あ……うん」
特捜任務では休日などあってなきが如しだからすっかり忘れていたが、確かに警備課のスケジュールではそうなっていた。
そう言えば生き埋め事故でもらった三日間の休暇以降、まったく休んでないな。
「これはかなり危険な任務になるかもしれません。場合によっては潜入捜査も……」
なるほど、勤務が二十四時間体制になるってことか。アタリとなれば、慎重に慎重を期さなければならない。相手はオーラスだ。
それこそ夜に動くとか……。つまり、ヴォルフスブルクに詰めっぱなしになるかもしれない、と。
今のうちにちゃんと休んでおけ、ということか。
「わかった。じゃあ、明後日の朝一番に打合せに来ればいい?」
「ええ」
「了解」
じゃあよろしく、とミツルに言い、局長控室を出る。
コキコキと首を鳴らしてかるく背伸びをすると、中央エレベーターへと足を向けた。
少し身体が重い。さっきまで全然平気だったのに、働きっぱなしだと気づくと急に疲れたような気分になるから不思議なものだ。




