第10日-2/第11日 レーダーと追加情報
局長控室に行くと、ミツルが溜息をつきながら通信機を切ったところだった。
「……ふう」
随分と疲れているようだ。いつもピシッと伸びている背中が、やや丸みを帯びている。
ラキ局長は局長としての職務の他、内々に過去のオーパーツ研究所での事件を洗っているというし、そのフォローで忙しいのかもしれない。
「大丈夫、ミツル? あまり休めてないんじゃ……」
「ええ。リルガの口数がもう少し減れば、休む時間も取れるんですけどね」
おっと、いきなりそれか。
ミツルの口元がやや歪み、眉間の皺が一本増える。
どうやらグラハムさんからの定時連絡を受けたところだったらしい。
「グラハムさんの場合、『お喋りが仕事』みたいなところがあるし」
「それは認めます。相手にそうとは知らせず情報を引き出す手腕はさすがですね」
「情報?」
ミツルによると、光学研の所長とのほんの少しのやり取りでその違和感に気づいたという。
そして、確かにオーパーツに関わっている確信を得た、と。
「具体的な何かを突き止められた訳ではないですが、シロではない、と判断できればそれだけ捜査は進みます」
「そうだね」
「ただ……彼の定時連絡は奇妙な術をかけられているような気分になって、とても疲れるんですよ」
「ぷっ!」
二人のやりとりを想像して、思わず吹き出してしまった。業務連絡である以上、聞き流すなんてことはミツルはできないだろうし。
慣れてくればその辺の匙加減もわかるだろうけど。
「今度グラハムさんに会ったら、ほどほどにと伝えておくよ」
笑ってしまったお詫びにそう言うと、ミツルは「是非お願いします」と言い、また一つ溜息をついた。
が、複雑そうな表情はすぐに消え、いつもの冷静な顔に戻る。
「で、リュウライに来てもらった理由ですが……こちらをどうぞ」
そう言ってミツルが差し出したのは、五センチ四方で厚さが一センチぐらいの、黒い小型の機械。
「アーシュラ・イーネスから預かりました。試作品ですが、出土オーパーツと調整オーパーツの識別がつくレーダーだそうです」
「えっ!」
こんなに早く。そう言えば、その必要がないから作ってないだけで可能だとは言ってたか。
きっと、今は〈クリスタレス〉の解析を進めているんだろう。
「出土オーパーツなら青いランプが点灯。調整オーパーツなら赤いランプが点灯するとのことです」
「ありがとう。……さすがだな。レーダーの話をしてからまだ丸四日しか経ってないのに」
「三日ですね。昨日、預かりました。アロン・デルージョの件に気を取られていて渡すのを忘れていました」
すみません、と言葉を添えるミツルに、問題ないよと答える。
俺が昨日「アロン・デルージョが鍵かもしれない」と言ったから、ミツルの方でも新たに調査の手を広げたのだろう。
「今日はずっと内勤だったしね。……で、これを見つけた」
アロン・デルージョのバルト区の住所をメモした紙を見せる。ただし大まかな地域しか書いてない、不完全なもの。
「これは?」
「O研を追放されたあとに住んでいた場所、のはず」
「番地がないですね」
「そう。だから正確なところを調べたいんだけど、O監のデータベースで調べられる? O監が一度訪れたらしいんだけど」
「そうですね……」
ミツルは少し考え込むと、難しい顔をした。
「不可能ではないですが、時間がかかるのではないかと。九年前の話ですし……」
「うーん、そうか」
「バルト区の居住者ならバルト署に行って調べた方が早いかと思います」
「バルト署?」
「まだデータ化されていなくて、書類で保管されているはずです。ちょうど、バルト署のエリック・スペンサー警官が話があると言っていました」
「スペンサー警官が?」
バルト駅で起こった列車事故の捜査をしているはずのスペンサー警官。しかし俺からの事情聴収は終わっているはずだし……何か進展があったんだろうか。
そう言えば、何か分かったら知らせると言ってくれていた。
「警備課の任務の都合上、明日以降になるのでは、と先方に伝えてあります」
「ありがとう。後でこっちから連絡するよ。……でも、いきなり住民名簿なんて見せてくれるだろうか」
バルト署は治外法権……と言うと大袈裟だが、同じ警察機構でも独自のルールで動いているようなところがある。
バルト区はスラムもあって揉め事が多いため、いちいちセントラルにある本署に許可を取ってたら間に合わない、という理由で。
実は、同じ警察でも特別待遇のO監とは、あまり仲がよくなかったりする。そんな中でも、スペンサー警官はかなり対応が丁寧だったが。
「O監が各地の警察署のデータを閲覧することは認められていますから、特に問題はないでしょう。ただ渋られることもあるので、警備課任務ということで許可証を出しておきます」
「助かる」
許可証があれば、細かい手続きはパスしてその場で閲覧できるはずだ。
そして翌日、許可証を受け取りスペンサー警官に連絡を取った。今日なら大丈夫と言われたので約束を取り付け、すぐにバイクでバルト区に向かった。
バルト署を訪れると、前に話をした捜査課の隅っこのスペースではなく、会議室みたいなところに連れていかれた。どうやら外聞を憚る話があるようだ。
「あの、何かありましたか?」
「リュウライさんに言われて少々気になり、オーラス鉱業の貨物状況を調べたのですが」
「えっ!」
まさか、オーラス鉱業に問い合わせを? だとすると、少々マズいかも……。
俺の顔色が変わったのが分かったのか、スペンサー警官は「いえいえ」と言って右手を振り、左手で眼鏡のブリッジを押し上げた。
「ダーニッシュ鉄道に問い合わせました。取引する以上、荷の確認はするはずですから」
「あ、なるほど……」
「それで、調べた結果なんですが」
そう言うと、スペンサー警官がパラパラと自分の手帳をめくった。
「列車にコンテナを何両接続するか、中身は何か、作業時間がどれぐらいか、などの詳細は、基本的に前日の昼までに知らせることになっているようです」
「ふむ……」
「ベリアム駅はアーキン区とバルト区を繋ぐ中間地点ですから、ここで荷の積み下ろしをすることが多いようですね。ですので、空のコンテナを運ぶこともそう珍しくはない、と」
「そうですか……」
じゃあ当日はたまたま空だった、とも考えられる訳か。だとするとあの事故の計画性がどれほどのものだったかは分からないな。
あわよくば、オーラス社の末端の仕業かそれとも上層部も関わっているのかというところまで推測できないか、とも考えたんだが。
「――ですが」
スペンサー警官は声を潜めると、「んん」と喉を鳴らし口元を少し歪めた。
「事件当日、本来はその列車でアーキン区で発掘された鉱石を運ぶ予定だったのです。ですがベリアム駅で作業員が集まらず、人員不足のため荷の積み込み作業ができない、という連絡が突然入ったそうです」
「……え?」
「で、列車に乗せるはずだった鉱石はというと、その次の列車ではなく車での輸送に切り替えられました。すべて、事件当日の午前中にあった連絡ですね」
午前中というと、ジョーンズさんと交代するために俺が列車でアルゴン駅に向かっている間だ。そしてアルフレッドさんは、自宅からアルゴン駅まで車で移動中。
アルフレッドさんとガディさんと俺の三人分の切符を取ったのは前日の夜だが……俺たちの乗る列車が確定できたのが当日の朝だった、という見方もできる。
だとすると、やはりアルフレッドさんに狙いを定めていて……?
「――ですので、オーラス鉱業が列車事故を予見していたかもしれない、という可能性が出てきました」
スペンサー警官の台詞に、心臓がドキリと音を立てる。
オーパーツ関連のことは何も知らされてないはずだが、鋭いな。確かに生真面目で実直そうな警官ではあるが。
「連絡はオーラス鉱業本社から入ったそうで、現場の作業員ではありません。突然の変更なのでコンテナはそのままでいい、費用も払う、という話でした。それでダーニッシュ鉄道も了承したようですね」
空のコンテナはカモフラージュ、あるいはひょろ長い男が潜んでいた可能性もあるな。まともに切符を買って乗り込んだとは思えないし。
グラハムさんが言っていたオーラス光学研究所は、オーラス精密の傘下だ。
しかしオーラス鉱業本社がそんな連絡をしたとなると、今回の事件にはオーラス精密とオーラス鉱業、どちらにも指示を出すことのできる人物が介入していることになる。これは末端の仕業じゃない。
ただ、すべては憶測に過ぎない。オーラス社に繋がる証拠は、何もないのだ。
オーラス財団という巨大企業を隠れ蓑に、裏で何らかの組織が暗躍している可能性も捨てきれない……。
「予見、とは?」
「例えばオーラス鉱業に脅迫状が届いた、とかですね」
「あ……」
良かった、スペンサー警官の推理はやや見当違いのようだ。
いや、それもあり得ることではあるが。
「いずれにしても、思ったより大きな事件のようです」
「そうですね……」
「リュウライさんが仰った人物が全く浮かび上がらないのも不気味です。シャルトルトを脅かす裏の組織でもあるのでしょうか」
「それは、どうでしょう……。だとすると、気をつけなければいけませんね」
「はい。慎重に捜査したいと思います」
やはりベテラン警官なのか、この事故の裏側に潜む悪意に気づいているようだ。
だが、こちらの任務に巻き込んでしまってはマズい。
俺は「そうですね」とだけ答え、椅子から立ち上がった。この話はこれぐらいで切り上げた方がよさそうだ。
「それでは、僕はこれで」
「リュウライさん、何かお手伝いできることはありますか?」
「……!」
困ったな。何かを勘づいているようだ。
熱心なのは結構だが、これは秘匿中の秘匿任務で……。
「……そうだ」
俺は懐から許可証を取り出した。バルト署所有の住民名簿を閲覧するためのものだ。
スペンサー警官に見せ、
「今後の任務の関係でお願いしたいんですが」
と頭を下げる。
「……わかりました。こちらです」
恐らく彼が聞きたかった答えでは無かっただろう。しかしスペンサー警官はそれ以上、何も言わなかった。
許可証を受理し、ハンコを押したり事務方に話を通してくれたりとテキパキ動き、俺を資料室に案内したあと、
「それでは失礼します」
と言って足早に去っていった。そのピンと伸びた背中を黙って見送る。
そもそも隠れて動いていることが多く、こうして『重要参考人』として警察官の前に出るのは初めてなので、なかなか対応が難しい。
ボロは出していないつもりだったが、ひょっとすると表情から何かを読み取られたのかもしれない。
それから考えると、グラハムさんは本当に器用だな、と改めて思い直したのだった。




