第5日-7 オーパーツレーダー ★
闇に潜む巨大な敵の存在が影を差し、全員が一瞬だけ黙り込む。
その沈黙を破ったのは、グラハムさんだった。
「因みに、違法オーパーツを使ってるやつはどうなんだ?」
「まちまちね。発掘したものをそのまま使う人もいるし、自分で使いやすいように改造する人もいる。手にいれた人物が知識を持っているかどうかにもよると思うけど」
「ただ、その場合は我流になるわね。O研のマニュアルに添ってされたものではない」
つまり、素人が調整をしたものはまた違う波形になる。O監の局員が扱うものとピタリと一致することはあり得ない、ということだ。
「これがどういう意味か分かる?」
「O研の情報が漏れている……?」
レーダーではなく、情報が?
しかしO研はO監同様に管理は厳重だ。研究所には警備課の人間が毎日詰めているし、発掘調査でも必ず警備官が同行する。
それこそ、七年前のマーティアスの事件を機に、データの管理もかなり厳しくなったという話だった。その後ラキ局長に代わり、情報漏洩に関わったと考えられるO監やO研の人員も一斉に粛清された。どこかの裏組織に加わることが無いよう、今でも内偵調査が続けられているはず。
そんな何重もの厳しい警戒体制が敷かれている中、職員が研究データを勝手に持ち帰ることは到底できないだろう。
オーパーツレーダーがO研で使用されるようになったのはここ二、三年の話だ。
その間に退職した研究者が?
しかし……と俺が首を捻っていると、キアーラさんは
「可能性の話に過ぎないけれどね」
と肩をすくめた。
「捜査官や警備官のオーパーツをどうにかして検出した結果、できたものかもしれないし」
「どの道あぶねーことに変わらねーよ」
何の慰めにもならない、というようにグラハムさんが吐き捨てる。
「そんな奴らを敵に回してるってことか……」
「そんな組織の襲撃を受ける可能性があるなら、こちらも襲撃を察知できるようレーダーを用意したほうがいいかもしれないわね。少なくとも、相手をする危険性がより高いリュウライくんが持てるように」
「そうね。〈クリスタレス〉も検知できるようにして」
二人は資料と保管庫のオーパーツを眺めながら力強く頷いた。既に頭の中はそのことでいっぱいなのか、顔を寄せ合い、真剣な表情で資料を覗き込んでいる。
確かに……もし本当に敵がそれほど高精度のレーダーを持っているのなら、今後の潜入捜査において、俺はオーパーツを使うことができなくなる。
もしこちらが〈クリスタレス〉を検知するレーダーが所持できれば、打てる手は飛躍的に増えるはずだ。
ここはイーネスさん達にお願いするしかない。
「なんちゃら理論とやらを実現するための研究を進められるような研究者がいて、O監のオーパーツを検出できるようなレーダーが作れるような知識と技術力を有していて、なおかつ違法オーパーツを使い、汚れ仕事を請け負う人材も確保するだけの金がある組織が今回の相手、ねぇ……」
グラハムさんがひどく疲れた様子でぶつぶつとボヤいている。
調査対象は子供だという話だから、捜査には慎重にならざるを得ないだろう。もし本当に巨大組織が裏にいるのならば、子供たちは恐らく単に使い捨ての道具として利用されているだけだろうから。
「とりあえず俺は、これまで通り〈クリスタレス〉の入手経路を洗う、でいいんだな?」
「はい。グラハムさんには、まず背景を知ってほしかったので。何しろいきなりナイフで急所を狙ってくるような輩がいる組織ですから、気をつけてくださいね」
今回はかなり危険な任務ですよ、と暗に込める。
グラハムさんは、少し口を尖らせると
「怖いこと言うなよ」
と、ふてくされたような顔をした。
「今日も何か調べていたんでしょう? どうでしたか?」
いい加減聞き役に徹するのも疲れただろう。
とりあえず俺の方の話は終わったし、とグラハムさんに調査結果を聞いてみると、逆に
「どこまで知ってんの?」
と聞き返された。
「〈クリスタレス〉を持っていたワット・ネルソンの事情聴取と、彼が懇意にしていた不良集団と接触したところまでです」
「ずいぶん詳しいのな。……てぇなると、今日のことか」
グラハムさんはペロリと唇を舐めると
「ワット少年が保釈されちゃったんだよなあ」
と溜息混じりに言った。
「え? 彼は勘当されているのでは?」
「バルト署少年課のレインリットさんによると、署に来たのは代理人だけど、父親の委任状があったらしい。……ま、こればっかりは制度がそうなってるんだから仕方ない」
つまり、大事な手掛かりが消えてしまったのか。
「困りましたね」
「うーん。ただ、まだアスタ少年のグループの方が残ってるしな。それにリュウの話を踏まえると、あまり派手に動かない方が良さそうだし。……で、バルト区に行ってきたんだが……」
そうして話してくれたグラハムさんの得た情報とは、次のようなものだ。
ワットはバルト区でかなり暴れていたようで、その形跡があちこちに残っていたこと。
アスタがワットと知り合った時には、すでにナックルダスターは持っていた、ということ。
そしてそれがオーパーツであることを、恐らくアスタは知っている。つまり愚連隊もオーパーツの不正入手に関わっている可能性があること。
ペッシェ街にある彼らのグループを追い出された後、ワットは南西部のレッヘン街に行ったことが分かっているが、そちらではオーパーツの入手先など肝心な情報は得られなかったこと。
「……ということは、ペッシェ街に何かある可能性が高い、ということですね」
「まあ、あくまで俺の想像だけどねー」
バルト区には列車事故の後処理の確認がてら行くつもりだった。
ペッシェ街がある山側はかなり荒れていると聞いている。まともな職につけなかった人間を集め、隠れて何かをするなら打ってつけの場所だ……。
「それで、一つ気になる情報があるんだが」
「何ですか?」
「メイっていう女の子。例のアスタ少年のグループの一人なんだけど、オーラス光学研究所に出入りしていたんだ」
「えっ」
「医療用機械のモニターをしている、とか言ってたけどな」
オーラスと言えば、このシャル島を発展させ、現在の一大都市シャルトルトを築いた島の功労者、島の王様でもある人物だ。
アーキン区では大規模な鉱山発掘が行われており、鉱石を精製・加工するための工場施設がある。
バルト区は旧市街だが、オーラス精密傘下の施設も多い。主要な機関はセントラルに移ってはいるが、ディタ区には研究関連の部門が置かれていたはず。
そしてエペ区のリゾート開発を手掛けているのもオーラスの関連企業だ。
このシャルトルトのあちこちにオーラス関連の施設はある。そのどれかに突き当たることは、そう不思議ではないのだが……。
「しかし、オーラス光学研究所、ですか……」
「やっぱ気になるか」
「そうですね。医療用測定機器の被験体なんて、最もらしい理由には思えますが……」
「あそこは確か、精密機器開発の基礎研究をしているのよね?」
急にアーシュラさんが身を乗り出さんばかりの勢いで割り込んできた。
ちょっと驚いたが、隣のキアーラさんも「あ」というように、何か閃いた表情をしている。
「そりゃあ、オーラス精密っていう会社を作ってるぐらいだからな」
「探知機は精密機械だから、もしかして……」
「え?」
「……なるほど」
一瞬、アーシュラさんが何を言いたいのか解らなかったが、その端的な言葉を噛み砕いたらしいグラハムさんが、軽く頷いた。
「あそこには探知機を作るだけのノウハウも設備もバッチリという訳か」
「確かに……」
「オーラス、ねぇ。可能性とはいえ、またビッグな相手が出てきたことで」
「どこまで関わっているんでしょう。財団か、グループか……」
「それとも、一会社、一研究施設の下流側にとどまってるか。そこが非常に問題だな」
オーラスの事業は多岐に渡り、抱えている人間の数も半端ではない。
下部組織に留まっているのならそこを押さえればいいことだが、それでも迂闊に動けばシャルトルトの経済に大打撃を与えることになる。
グラハムさんもそこは重々承知らしい。光学研究所に赴くにはラキ局長の許可が必要だろうと暗に伝えると、渋々頷いていた。あまり顔を合わせたくないのか、溜息までついている。
「リュウ、お前はどうすんの?」
「僕は、あの男を追いかけます」
ラキ局長からの任務はあのひょろ長い男の正体を突き止めることだ。
裏の人間のようだが、列車事故ではかなり派手な動きをしてみせた。列車から飛び降りた後どうしたかは定かではないが、ひょっとしたら目撃している人間がいるかもしれない。
事故現場の駅は、グラハムさんが怪しいと睨むペッシェ街からもそう遠くはない。何か情報が得られるかも……。
「なんか分かったら連絡ちょーだい」
「はい、そちらからも適宜、ミツルへの報告をお願いしますね。彼に言ってくれれば、僕にも伝わります」
「ミツルって……え、なに、あいつも特捜!?」
「はい」
返事をしながら、そう言えばミツルが珍しく
「リルガの定時連絡は長い」
と愚痴っていたことを思い出した。
「得られた情報だけ報告してくれればいいのですが雑談が多すぎます。余計な話をしたり、意味不明な質問をしたり……」
「捜査課はそうやって無関係に思える話を振って、相手の性格を把握したり情報を引き出したりするのが仕事だから。特にグラハムさんはそういったことに長けているし……」
「わたし相手には不要でしょう。正直どうでもいいですし、返事を考えるのが面倒です」
「……」
「リュウライから伝えておいてもらえると助かります」
そんなことを言われても、と思っていたんだが。ただまぁ、せっかくの機会だし。
「雑談が多い、とぼやいてましたよ」
とりあえずチラッと言ってみると、
「や、だって、せっかく回線開いたのにさ、事務連絡だけってのも寂しいじゃない」
といつもの調子で軽くあしらわれた。
この人は、もう少しふざける時と場所と場合を選んだ方がいいような気もするんだが。
「どうでもいいって言ってましたよ。返事を考えるのが面倒だとも」
「酷くねぇ? それ」
何となく意地悪したい気分になりあえて直球で言ってみると、さすがにショックだったのか、グラハムさんがちょっとのけぞっている。
そして
「……もしかして、リュウくんもそう思ってたり」
と珍しく弱気な発言をするので、少しおかしくなってしまった。
「……まあ、たまにうるさいなーとは」
「同感ね」
アーシュラさんと打ち合わせをしていたはずのキアーラさんが入ってきた。
何となく、キアーラさんとは意見が合うことが多いな、と思う。グラハムさんにとっては嬉しくない意見だったみたいだが。
「……お前ら、もしかして俺のこと嫌い?」
「いいえ、そんなことは」
「よくまあ喋るものだとは思うけど」
あ、それ言っちゃうのか……と思っていたら、グラハムさんがガクーッとテーブルに突っ伏した。
多分、キアーラさんはこれはいい機会、と思ってるんじゃないかな、と思う。
グラハムさんって、人の話を聞くのが仕事なのに、プライベートでは都合の悪いことを聞きたがらない傾向があるから。
探られないために喋り続ける、そんな一面もあるように思う。
「お前ら、それでフォローになってると思ったら大間違いだからな」
なぜか恨みがましい目を向けられる。
そうか、なっていないのか。ちゃんと否定したのにな……。
どうしたものか、と困っていると、キアーラさんは「面倒ね」とでも言いたげに黙ってグラハムさんを見下ろし、隣のアーシュラさんはそんな俺たちを見てこらえきれない様子で小さく笑っていた。
何はともあれ、この四人とミツルでこの案件を追いかけるのだ。
スタートとしては……なかなかいい雰囲気ではないかと思うのだが。
これまで単独で動くことが多かった俺にとって、チームで動くというのはとても新鮮だった。
自分が裏で動くことで、少しでも早く事態がいい方向に動くかもしれない。どうにかしなければ、と気合が入る。
かと言って、自分がヘマをしたらみんなに迷惑をかけることになる。そう思うと、あまり無茶することもできない。
難しい。だけどきっと、今の俺には必要なこと。
そう考え、とりあえずミツルには
「グラハムさんと話をすることで損はないよ」
と伝えることにしよう、と心に決めたのだった。
これがフォローになるのかどうかは、よく分からないが。




