第5日-5 クリスタレス ★
「で、その理論と結晶なしのオーパーツが、どう関係するんだ?」
ここまでの話は飲み込めたらしいグラハムさんが、不思議そうな顔をする。
もっともな反応だ。俺もアルフレッドさんから話を聞いたときは、疑問に感じたし。
「マーティアス・ロッシの研究記録、その一部が実は保管されていました。これです」
手に持っていた数枚の書類をキアーラさんに手渡す。あのとき、局長室でミツルから渡されたコピーだ。
マーティアスの事件は完全に闇に葬り去られていたため、監理局のデータベースには何も残っていない。イーネスさん達に解析してもらうためには、絶対に必要になる。
「えっ、残っていたの!?」
「本当に!?」
アーシュラさんが声を上げ、キアーラさんが手にしている書類を覗き込む。
俺は鞄からラキ局長から預かった保管庫のオーパーツを取り出した。あの、銀の半球形に取っ手の付いた、パッと見には壊れたフルーレ剣の取っ手にしか見えない器具。
グラハムさんの前に置く。
「そしてこちらも。マーティアス・ロッシが密かに入手し研究していた……」
「結晶なしのオーパーツか!」
グラハムさんが驚きの声を上げて手に取り、色々な方向からそのオーパーツを眺める。
アーシュラさんとキアーラさんもグラハムさんが手にしている透明な袋に入ったオーパーツを眺め、「七年も前にまさか」「信じられない」と驚きの声を漏らした。
オーパーツと書類を三人に見てもらいながら、俺は話を続けた。
「先程も言った通り、ロッシはこの『結晶を必要としないオーパーツ』を所持していた一方で、禁忌とされているRT理論に基づいた研究を行っていました。そして、結晶のないオーパーツは、事故の起きた発掘現場から出てきたもの。そこから、あることが推察されます」
「〝七年前の事故を起こしたオーパーツは、RT理論に関わるもの〟であり、かつ〝そのオーパーツは結晶を必要としないものである可能性〟ってか?」
グラハムさんの問いに、黙って頷く。これは本当にヤバい案件だな、と呟きながら、グラハムさんが苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
そしてふと、何かに気づいたように目線をオーパーツから外して俺へと向けた。
「ワット少年のオーパーツは時間をどうこうするものじゃなかった。だが、ワット少年は、そのロッシが関わりがあるってことか?」
「いえ、それはありえません。ロッシは逮捕された数ヶ月後、自殺していますから」
「んじゃあ、ワット少年のオーパーツは……」
「それがこの件の問題であって、僕の話の本題です」
かつて封じられたはずの〝結晶のないオーパーツ〟。それが再び、表に出てきてしまった。
そしてそれを利用できるほどの人間が、この事件の裏にいる。
「今回結晶なしのオーパーツが発見されたことで、監理局は、本人の死亡で途絶えたはずのロッシの研究を誰かが引き継いでいることを懸念しています」
RT理論を提唱したアロン・デルージョは、とうの昔にオーパーツ研究所を追放されている。
そしてその研究をしていたマーティアス・ロッシは、すでにこの世にはいない。
本来なら、あり得ないことなのだが。
「そしてさらに、RT理論を実践する〝時間を歪める〟オーパーツは、すでに実用段階にきているものと推測されます。ですので、グラハムさんにはその少年の背後関係の捜査を早急に。そこからその〝誰か〟に繋がるかもしれません。そしてイーネスさん達には回収したオーパーツと、このオーパーツの解析を頼む、とラキ局長から言付かってきました」
「えーっと、リュウ……ちょっと待てよ?」
俺の話を理解するためにかなり頭を回転させているらしいグラハムさんが、左手を額に当てながら右手で俺を制する。
「なんでリュウが伝言役を務めてんだ?」
「僕が特捜の人間だからです」
答えてから、そう言えば「特捜だと明かしていい」とは明確に言われてないな、と思った。
しかしこの案件を俺を含めた四人に任せるということなんだから、俺が特捜であることは伝えていい内容のはずだ。明らかに警備課の任務の範疇を越えているし。
「トクソウ……?」
聞きなれない言葉らしく、グラハムさんの眉間の皺がますます深くなる。
確かに今日はとにかく情報量が多いし、この案件は厄介な臭いしかしない。そんな顔になるのも当然か。
「表立って捜査できない案件について、陰で動く人員のことです。捜査課は顔が知られていますから、裏の捜査にはそういう人間も必要なんですね。単独で調査したり、敵地に潜入したり」
「んな……」
グラハムさんが呆気にとられた顔をしている……が、少し怒っているようにも見える。
何故だろう。捜査課を差し置いて、とかだろうか?
いや、そういうことを考えるタイプじゃないな、グラハムさんは。やはり俺がそういう立場にいたことにただただ驚いているんだろう。
「どれぐらいいるのか、どうやって引き抜かれているのかは分かりません。僕も、他に誰がいるのかは知りませ……」
「あのババア! マジでんなもん作ってたのか!」
俺の説明を聞いているのかいないのか。グラハムさんが急にわなわな震えながら叫んだ。
それにしても、ババアとは。怖いもの知らずだな、グラハムさんは。
そんな変なことに感心していると、グラハムさんが俺に掴みかからんばかりの勢いでテーブルから身を乗り出す。
「だからお前、ここ一年ぐらい姿を見なかったのか?」
「警備課としての仕事もちゃんとありますから、全部が全部ではないですけど。僕の場合、この見た目なので潜入捜査が多かったですから、あちこち行っていたのは確かです」
俺がそう答えると、グラハムさんは口の両端を下げて
「うわー、大変……。あのババア、メチャクチャコキ使いそうだし……」
と同情するような目を向けた。
「やりがいはありますし。もう慣れました」
「ぜってー慣れちゃいけないモンだと思うぞ、それは。だいたい……」
「――ねぇ、ちょっと」
それまでずっと書類を読んでいたキアーラさんがふと顔を上げ、さらに言い募ろうとするグラハムさんを遮った。
「そんなことより、気になることがあるんだけど」
「何でしょう?」
「なんで、さっき実用段階にあると断言したの?」
キアーラさんがパラパラと書類をめくる。そして、アーシュラさんが手にしている保管庫のオーパーツ《フルーレ》を指差した。
「これ、〝時間を歪めるオーパーツ〟ではないのよね」
「そうですね。ラキ局長もそう言ってました。確か握ることで刃が出現する剣、だとか」
「グラハムが回収したナックルダスターもそうよ。握ると気弾が発射する仕組みになっていて、そう珍しいものではない。今までにも似たような機能のオーパーツはあったわ」
勿論結晶を填め込むタイプでね、と付け加え、キアーラさんが合点がいかないというように首を捻っている。
「〈クリスタレス〉は……」
「〈クリスタレス〉?」
聞き覚えのない用語が出てきて思わず口を挟むと、キアーラさんが
「長いから」
とだけ答える。
確かに、『結晶を必要としないオーパーツ』は長いか。多分そういう意味だろうな。
そして従来の結晶を填め込むタイプのものは〈スタンダード〉と呼ぶことにしよう、となり、話は続けられた。
「〈クリスタレス〉は今のところ、武器しか発見されていない。〝時間〟とは無関係だわ。〈クリスタレス〉が即座に『時間操作』に繋がる訳じゃない。なのに何故さっき、『〝時間を歪めるオーパーツ〟はすでに実用段階にきている』と断言したの?」
なるほど、実物が存在しないのに、ということか。
マーティアス・ロッシが〈クリスタレス〉と並行してRT理論の研究をしていた、ただそれだけでは今回も時間操作の方向へ進むとは限らないのではないか、と。
確かに、俺もそのオーパーツを目撃した訳ではない。正確に言うならば、初めてあのひょろ長い男と交戦したときは、〝時間を歪めるオーパーツ〟を使われたかどうかはわからないし。
しかし、急に俺の攻撃が全く当たらなくなるというのはやはり変だ。あの、周りの空気が止まった瞬間、何らかのオーパーツを起動したのではないかと思う。例えば時間をゆっくりにして紅閃棍の動きをすべて見切った、とか。
――だから。
「僕が敵と戦った時に、実際に使用されたからです」
通常ではありえない現象、それだけは確かだった。自惚れではないが、俺は長年鍛えてきた自分の身体と感覚を信じている。
三人を見回し断言すると、イーネスさん達とグラハムさん、三人の瞳がこれ以上ないぐらい大きく見開かれた。




