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古城で暮らす私たち ~魔女と学者と少年の一見穏やかな日々~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第二部 前進編

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108/108

108 同調圧力

 急いでレクスさんを呼んで、フレッドに「どういうことか知っているだけ話して」と頼んだ。


「んーとさあ」


 フレッドは事の重大性がわかっていないのか、慌てる私とレクスさんの前で、パン耳のバター焼きをぽりぽりかじりながら話をしている。私が「食べるのは後にして」と言おうとして息を吸ったら、レクスさんがそっと私の手に大きな手を重ねた。

 高い位置にあるレクスさんの目を見たら(好きにさせてやろう)という気持ちが伝わってくる。


「アナベル様はずっと苦しんでいたんだよ。自分にかなりの魔力があって、魔力を発散させないと眠っている間に黒い子供を出しちゃうこととか、魔法使いとして腕を磨くことをじいさんとばあさんが反対していることとかさ。十八歳になってからは結婚しなきゃならないって、周囲から圧をかけられることにも苦しんでた」


 十年間、どんな内容の手紙が往復していたのか、私は知らない。あえて知ろうとしなかった。

 子供といえども別の人間だ。手紙の内容を知る権利が私にないと思っていたし、今も思っている。

 文通が始まった当時、フレッドは五歳、アナベル様は十三歳だった。その時期の八歳の年齢差は大きい。しかし十年間の間に、精神的な歳の差はだんだん縮まったのだろう。


 最初は「こんなことがあった」「こんな修行をした」というアナベル様からの報告は、フレッドが十歳になったあたりから、悩み事を打ち明ける内容に変わったそうだ。

 アナベル様が十八歳になったとたん、両親ではなく親族が結婚しろとうるさくせっつくようになった。

 親族はアナベル様が魔力持ちで黒い子供を無意識に出してしまうことを知らされていないから、それはそれはうるさく結婚しろと言ったようだ。


「アナベル様は魔力制御の必要があった。だけど侯爵令嬢として結婚を要求された。アナベル様はそれを同調圧力と呼ぶんだって教えてくれた。『普通であれ。我々と同じように行動しろ』っていう無言の圧力だって。それがとても苦痛だって。『私の人生の在り方を、他人に強制される。つらい』って何度も書いてた」


 私は有名な魔法使いの師匠と暮らしていたから、その手の圧を周囲から向けられることがなかった。

 結婚しないのも、魔法使いでいることも、周囲の人たちは当然のように思っていた。

 だけどアナベル様は高位貴族のご令嬢だ。息子の妻にと望む人がさぞかし多いのだろう。


「アナベル様が二十歳の頃かな。消えてしまいたいって書いてきたことあった。だからオレ、急いで『オレはアナベル様に生きていてほしい。アナベル様が消えたら一生悲しむ』って返事を書いて送った。いつもすぐに返事をくれるアナベル様が返事をくれないから、返事をくれるまで『オレはアナベル様に生きていてほしい』ってたくさん手紙を書いた」


 レクスさんが額に手を当てて目を閉じた。

 私は十二歳の子供にそんなことを告白せざるを得なかったアナベル様の孤独と苦しみを思った。

 可哀想という言葉では包み切れないほどの大きな苦しみだ。

 彼女はどれだけの時間を、独りで苦しんだのだろう。


「アナベル様が二十二歳になって、別の場所で暮らしているじいさんとばあさんが『お前のことが心配だ。このままでは心配のあまり天国に行けない』って言ったらしい。そんなの無視すればいいって書いて送ったけど、アナベル様は真面目で優しいからさ。その言葉のまま受け取っちゃったみたいだった。その手の言葉で責め立てられることに疲れちゃって、もう限界みたい」

「それであなたと婚約したいって?」

「そういうこと。オレ以外に頼める人がいないんだよ。オレも、少しわかるし」

「えっ? 私、フレッドに何か強要してた?」

「違う。学院でいろいろあるんだよ。ああそうか。母さんが言っていたのは、こういうことを相談しろってことか」


 ずっと黙って聞いていたレクスさんが口を挟んだ。


「そのいろいろを、父さんたちに話してもらえるかい? 無理にとは言わないけれど、できれば父さんはフレッドの悩みを知りたい」

「ああ、うん。知りたいよね。わかった。話すよ」


 フレッドがモテることは知っていた。やたら手紙や電話がくるし、中には直接アシャール城を訪れる女の子もいた。フレッドは少女たちとのお付き合いを詳しく話さなかったし、相談もしてこなかった。だから私は自分が育てられたように、見守るだけに留めていた。

 ついさっき「相談してね」と言ったのが初めてだ。


「他に付き合っている人がいないなら自分とお茶をしてほしいとか出かけたいとか言われて、その場で断ると泣かれる。泣かれたら俺が悪いみたいになる。その子の友人に責められる。男子にも『あの子のどこが気に入らないんだ』って詰め寄られる。だからどの子とも一回は言うことを聞いてお茶してた。それから断ってた」


 学院でそんなことがあったのか。


「でもオレさ、同じ年齢の女の子ってつまんないんだ。どうでもいいことをしゃべり続けてるのをにこにこ聞きながら、『オレ、いつまでこの話を我慢して聞けばいいのかな』と思ってる」


 大人に囲まれて育ったものね。

 文通相手は八歳年上の魔力持ちだしね。


「三年くらい前からずっとそんな感じでさ。いい加減うんざりしてた。そんで、アルフィーさんとクローディアさんに相談した。ごめん、母さんたちより先にあの人たちに相談したけど、気にしないでよ。母さんたちに相談して心配かけたくなかったんだ」

「アルフィーさんたちはなんて言ってくれたの?」

「アルフィーさんは『お前にああしろこうしろと言う人間はたいていお前より先に死ぬ。だから気にすんな。好きに生きろ』って。クローディアさんは『ニナは私たちよりよほど人の心の真実を知っている。ニナに相談しなさい』って。そんで、人の心の真実って何?」


 どの言葉を選ぶか考えた。レクスさんは私の発言を待っている。

 なるべく正確に、偏った意見にならないように、慎重に言葉を選んだ。


「よく『あなたのためなのよ』っていう言葉があるでしょ? その言葉の根っこを探るとね、それ、ほとんどは自分のために言っているの。私はそう発言する人を批判しないけど、信用もしていない。自分が安心したいから、自分が世間から悪口言われたくないから、自分の子供が変わり者と思われたら恥ずかしいから、みたいな気持ちなのよね」

「ああ、わかるぜ」

「だって忠告してくる人は、人生を一回しか生きていない。その経験をもとに忠告する。時代が刻々と変わっていることを考慮していない。だから私は聞かれれば意見を言うけど押し付けたりはしない。意見を言われても判断は自分で下す」

「母さんはそこんところが、すっげえ強いよね」

 

 同調圧力か。アナベル様は悩み続けてそこにたどり着いたのね。

 フレッドがまたパン耳をゆっくりかじり始めた。


「絶滅寸前の魔法使いってだけで、オレたちはすでに普通って枠からはみ出してるだろ? そこは認めている人たちも、オレやアナベル様にそれ以外の『普通』を要求する。その暴力に気づいていない。笑顔でオレたちに手枷てかせをはめる」

 

 フレッドは……そんなふうに思っていたのか。

 

「でも、オレは親に恵まれてるからさ、苦しんではいないぜ。アシャール城に帰れば幸せだし平和だ。だけどアナベル様にはアシャール城がないんだよ。だからオレと婚約してアナベル様が苦しみから解放されるなら、オレは婚約もいいかなって思ってる。結婚するかどうかは決めていない。アルフィーさんとクローディアさんみたいに、一緒に暮らすだけってのもありだと思ってる」


 フレッドはパン耳を食べ終えて、まっすぐ私の目を見た。


「ダメかな」


 フレッドのぽっちゃりしたほっぺはもうない。

 ここにいるのは、精神的に自立した一人の若者だ。



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