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古城で暮らす私たち ~魔女と学者と少年の一見穏やかな日々~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第二部 前進編

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107 スタイナー侯爵家の少年

 スタイナー家の使用人に案内された部屋には、スパイクさんを入れて五人の人物がいた。

 スパイクさんが彼らを紹介してくれた。

 

 まずは王太子殿下。次は五十代の顎髭あごひげの男性エルンスト・スタイナー侯爵。その隣に座っているのが前当主のアシュトン・スタイナー様。私と視線を合わせようとしない少年は十五歳ぐらいか。彼は侯爵のご長男アーチボルト・スタイナー様。全員が濃い灰色の髪だ。侯爵夫人とお嬢様は旅行でお留守だそうな。

 殿下が私に状況を説明してくれた。


「失われた古書がスタイナー侯爵家にあるかもしれないという情報を得てね」


(あ、私が情報を提供したことは、伏せてくれるんですね?)


「侯爵家の聞き取りをしたが、全員がそのような古書を見たことがないらしいんだ。それでニナを呼んだのだよ。ではニナが来てくれたことだし、始めようか。ニナは記憶を見る魔女だ。当人が忘れていた過去の記憶まで探し出すことができる。協力してもらえると助かる」


 「助かる」という、依頼しているみたいな口調と相反する王族の威圧感。ここで「お断りします」と言える貴族なんていないでしょうよ。……と思っていたら、アーチボルト少年が叫んだ。


「嫌でございます! 探し出すということは、関係ない記憶も全部見られるのですよね? 僕は絶対に嫌です!」


 断る貴族、いたわ。しかも彼の背後に灰色の円が浮かび上がり、「絶対に嫌だ」「バレたらどうしよう」「怖い」などの言葉が浮かび上がっている。古書に関わっているのは君だったか。

 

「アーチボルト! 殿下になんと失礼なことを!」

「ああ、叱らなくていい。年頃の男の子だ。見られたくない記憶もあるだろう」

「いえ、殿下、僕は、その……そういうわけでは……」

「ええい、黙れ! この愚か者! 殿下、どうぞ全員の記憶を見てくださいませ。スタイナー侯爵家の者に、見られて困るような後ろめたい記憶などございません」

「そうか。助かるよ。ではニナ、さっそく頼む」


 激怒する侯爵、顔を赤くして嫌がる少年、優しい笑顔で「さっさと記憶を見なさい」という視線を送ってくる殿下。

 混沌とした空気の中、まずは侯爵様から記憶を見た。古書に関する記憶なし。前侯爵様も記憶なし。次は記憶を見られたくない少年の番だ。

 

 アーチボルト少年は口を引き結んでいる。お顔からは「絶対に記憶を見られたくない!」という気持ちが駄々もれだ。

 私が手に触れたくても、テーブルの上に手を置いてくれない。侯爵様が激怒して「いい加減にしないか! そんな態度ではお前にやましいことがあると思われるぞ!」と怒鳴った。


 アーチボルト少年がテーブルの上に手を置いたが、その手が震えている。


「アーチボルト様、ご安心ください。古書に関係ない記憶は見ないようにいたしますし、見えたとしても、他言は致しません。絶対に」


 少年が私を見る目には涙が滲んでいる。そこまで見られたくない記憶とは、いったい何だろうか。

 アーチボルト少年の手を素早く両手で挟み、記憶を探った。スルスルと少年の記憶が流れ込んでくる。友人と楽しそうにおしゃべりしている記憶。堅苦しい雰囲気の中で家族と食事している記憶。学院で授業を受けている記憶。それらをかき分けながら消えた古書に関する記憶を探し続けた。

 

 だいぶ前の記憶の中に、この少年には似つかわしくない記憶があった。

 路地でガラの悪い平民の男性に囲まれ、因縁をつけられている。


「あなたは貴族で、それも高位貴族だそうですね。貴族のご令息が俺の妹にちょっかいを出したから、妹は怯えてるし困ってる。妹には恋人がいたんですよ? それなのにあなたが人前で妹にちょっかい出したものだから、相手の男が怯えて逃げ出したんですよ。結婚の予定がパアだ。どうしてくれるんです?」

「僕は、お茶を飲んでちょっと話をしただけだ!」

「ええ、そうでしょうね。大勢の人の目に触れる人気店で何度もねえ。もう少し配慮が欲しかったですよ」


 昔なら侮辱罪で投獄されるところだが、もうその法律は廃止されている。

 いちゃもんをつけられた結果、アーチボルト少年は結構な額のお金を払うと約束させられてしまった。こんな脅しを受けたら親を頼れば済む。だけど少年らしい羞恥心とプライドで親を頼れなかったらしい。

 

 結果、アーチボルト少年は家の中で売れそうなものを探すことにした。家の中を家探ししたアーチボルト少年は、雑多に物が収められている物置で、木箱を見つけた。その中には古い羊皮紙の本が詰められていて、そのうちの二冊は魔法協会が捜している本だ。


「アーチボルト様、ご自身で経緯を説明なさいますか? それとも私が報告するほうがよろしいでしょうか」


 そう尋ねると、アーチボルト少年は涙ぐんだ目で私を見、父である侯爵様を見た。


「自分で……話します」


 それからアーチボルト少年が父親に話したことは、ほぼ私が見た記憶のとおりだった。

 アーチボルト少年は街で声をかけられた小物売りの少女に惹かれてお茶に誘った。何度も。その少女が美人局つつもたせの仲間かどうかはアーチボルト少年にも私にもわからない。

 だが、少女の兄は間違いなくろくでもないごろつきだ。


「なぜ私を頼らなかったんだ! この愚か者め!」


 侯爵様は大激怒だ。

 同じ年頃のフレッドの親としては(それはさぞかし言い出しにくかったでしょうよ)と思う。身分の差以前に、少女に恋愛感情を持っていたなら、父親に話せない気持ちはわかる。

 そこから先は他人が口を出せることではないから、私はひと足先にアシャール城へ帰った。


 スパイクさんが侯爵家の帰りにアシャール城に立ち寄ってくれた。

 侯爵家は本を売った古書店にすぐ人を送ったそうだ。幸いその本はまだ買い手がつかず、店に置かれていた。侯爵家が本を買い取って、王太子殿下に寄付する形で事件は落ち着いた。


「とりあえず二冊だけでも見つかってよかったよ。手書きの本だから、この世で一冊だけの貴重な本だからね」

「この世に一冊だけ……。ではあの本で間違いないのですね」

「間違いないよ。前侯爵様は『古書好きの先祖が図書館から持ち出した可能性が大いにある。どうか本の入手経路は不問にしてほしい』ということで、王太子殿下も納得された」

「ではこれでその二冊に関しては終わりですね」

「もとはと言えば王家の本だからね。王太子殿下が不問に処すとおっしゃった以上、終わりだ」

「そうでしたか。お疲れさまです」


 スパイクさんを見送り、私のためにカットして残されていた『ミゼル』のパイを温めずにそのままもそもそと食べた。シェリルが食事室に来てうらやましそうに見ている。


「どうしたの? おなかすいちゃった?」

「おなか空いちゃったけど、食べたらまた歯を磨かなきゃだめ?」

「そうね。食べたら磨き直しね」

「じゃあいい。我慢する。ねえお母さん、ラングリナ師匠に、いつ会えるの? 早く会いたいなあ」

「明日の学校帰りに寄りましょうか」

「うん! 早く会いたいなあ」


 私によく似たシェリルの頬を撫で、おやすみなさいを言った。

 入れ替わりにフレッドが台所に来て「オレもパイを食べようっと」と言って皿を出している。


「食べたら歯磨きをしなさいね」

「オレ、十五歳だよ。ほとんど大人だよ。わかってるって」

「わかっているならいいけど」


 ナイフを使わずにフォークでパイを切り分け、大きく口を開けて食べるフレッド。

 ぽっちゃりしていた頬の肉は消えて、顎のラインが大人の男性に近づいている。


「あのね、フレッド。もし、好きな子ができて、その子のことで何か問題が起きたら……話しにくくても私かお父さんに相談してほしいんだけど」

「特に好きな子はいないから問題もない。なんで急にそんなことを言うのさ」

「そういう事態になったらの話よ」

「ああ、うん。わかった。この店のパイはいつ食べても旨いね」


 まだ好きな人がいないのか。そうか。

 そう安心していたら、フレッドの口から意外な言葉が飛び出した。


「そうだ、ひとつ相談があったんだ。アナベル様がさ、オレに恋人がいないなら自分と婚約する気はないかって、手紙に書いて送ってきたんだよね」

「は?」


 言われたことに理解が追い付かず、間抜けな声を出してしまった。


「十年間も手紙のやり取りしてるけど一度も会ってないだろ? それに、その間そんな話は一回も出ていないんだぜ? なのにいきなり婚約の申し込みって、びっくりした」

「まさかもう返事を送ったとか?」

「送ってないよ。さすがに母さんたちに相談しなきゃと思ってさ。でも母さんが忙しそうだったから、後にしようと思っているうちに言い出すのを忘れちゃって」


 そんな重要な話を忘れるかね?


「ええと、アナベル様って、今何歳だったかしら?」

「二十二歳。今年二十三歳になる。オレより八歳年上。アナベル様はまずは婚約して、オレの都合がいいときに結婚出来たらありがたいって。オレが嫌でなければ何年でも待つって」


 結婚がまだなのは知っていたけれど、うちのフレッドですか?

 ありがたいって、どういうこと?


「母さん、落ち着いて。ちゃんと息を吸って。はい、水を飲んで」

「あ、ありがとう」


 冷たい井戸水を一気に飲み干した。うちの井戸水はこんな時でも美味しい。いや、今は水のことはどうでもいいんだった。

 

「アナベル様がフレッドに求婚なさったってこと?」

「まあ、そうなるよね」


 そう返事をして、フレッドは残りのパイを口に放り込み、私を見ながら悠々と咀嚼している。

 明日、師匠のところにシェリルを連れて行くことは、私の中では大きなイベントだった。緊張していたし、モヤモヤしたはっきりしない不安もあった。

 けれど、一瞬でそれらが全部吹き飛んだ。

 

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