104 十八冊①
夕飯の羊肉のグリルとサラダを食べながら、フレッドが「そうだ」と顔を上げた。
「明日、スパイクさんと二人で時間移動をする仕事に出るんだった。夜七時に出発だから、明日の夕飯はどこかで買って食べるからいらない」
「最近は時間移動の仕事が多いな。うらやましいよ。フレッドはどんな役目をするんだい?」
「オレは護衛役。スパイクさんが仕事に集中している間、捕まったり攻撃されたりしないようにする」
私とレクスさんが顔を見合わせた。
「待ってフレッド。どの時代に飛ぶの?」
「最後の戦争の少し前かな。この街の王立図書館が被害を受ける前って言われた。燃えてしまった貴重な本を、燃えなかった場所へ移動させる仕事だよ」
「グッ」
レクスさんがパンを喉に詰まらせた。私は水の入ったコップをレクスさんに手渡して、フレッドに尋ねた。
「フレッドの護衛が必要な状況のところへ行くってことよね?」
「まあ、そうかな。泥棒に間違えられかねない作業だからね」
「そんな危険な仕事なら大人が行くべきだわ。フレッドが行くのはおかしいわよ」
「えええ……。もう行くって言っちゃったよ。明日のことだし、今更そんなこと言わないでよ」
「フレッド、それは父さんも一緒じゃダメかな。時間移動の代金はちゃんと払う」
「レクスさん? 私の話を聞いてました?」
レクスさんが黙り込み、フレッドは(言わなきゃよかった)と言わんばかりの表情だ。
この十年、師匠の指導のおかげでフレッドの魔法は磨かれた。だけど十五歳のフレッドをそんな危険なところに同行させるのはどうなの。誰に頼まれた仕事で、なぜ未成年の子供を連れていくの。スパイクさんらしくもない。止めてくれると思ったレクスさんは一緒に行きたがっている。もう!
「レクスさん、一緒に行くってどういうことかしら?」
「だってニナ、王立図書館は先の戦争で深刻な被害を受けたんだよ。閲覧用の図書だけでなく、保管されていた貴重な本も焼けたんだ。戦争前の王立図書館に行けるなら、僕は大金を払ってでも一緒に行きたい。貴重な本を救い出したいんだ」
「父さん、残念ながら本は持ち出せないよ。スパイクさんは過去の物を現代に持ち帰るのは、とても危険だと言ってる。だから今回は目的の本を少し移動させるだけなんだ」
フレッドによると、過去の物を現在に持ち帰るのは飴玉一個でも禁止だそうだ。スパイクさんがそう言うなら、きっと理由があるのだろう。今回は当時の本を図書館の焼けなかった場所に移動させるだけらしい。それも、膨大な数の本の中から、どうしても残しておきたい本を別の場所に移動して素早く戻ってくるという。
このままフレッドを行かせるのは不安だから、魔法協会に電話をした。スパイクさんは幸いまだ協会にいて、なぜフレッドを連れていくのかを説明してくれた。
「人がいない夜間に王立図書館の本を移動させる仕事です。しかも時間移動だから図書館側の許可は無し。泥棒と間違われても仕方ありません。なので、見つかったらそこですぐ中止して戻ってきます。フレッドを連れて行くのは、瞬時に氷魔法で強固な壁を作れるからです。氷の壁で警備員を阻んでいる間に、私が時間移動魔法を発動して逃げてくるという作戦です。瞬時に強固な氷の壁を作れるのは、魔法協会のどの魔法使いよりフレッドが上手ですからね」
「戦闘になることはないんですね?」
「絶対にありません。逃げ帰ることを優先するとお約束します」
スパイクさんがそこまで言い切るならと了承して電話を切った。電話が終わるのを待っていたレクスさんがフレッドに話しかけた。
「それ、依頼主は誰だい?」
「オレもスパイクさんに聞いたけど、『依頼主は教えられない』って断られた」
「そうか。それにしても貴重な本を残しておきたいだなんて、文化的な価値を理解している人の依頼なんだろうね」
「たぶんね」
夕食が終わって、夫婦の部屋で私とレクスさんだけになった。レクスさんはずっと何か言いたそうだから、私から水を向けてみた。
「どうぞ、言いたいことは吐き出して。我慢は体に良くないわ」
「聞いても呆れないかい?」
「だいたいの想像はつくけど、呆れないわ。夫婦の間で秘密は無しにしてほしいの」
「わかったよ。僕が思うに、フレッドとスパイクさんだけより僕が参加した方が効率がいいはずだ」
「そうね。何ヶ国語にも堪能なレクスさんなら、素早く本を見つけられそうよね」
「そうなんだよ!」
「それに前から時間移動をしたがっていたものね」
レクスさんが恨めしそうな顔になった。
「今日のニナは意地悪だな」
「ふふっ。そうかも。ごめんなさい。私が間に入るより、あなたが直接スパイクさんに交渉したらいいわよ。そんなに行きたいなら、明日頑張ってみれば?」
「いいのかい? だいぶ費用はかかるだろうけど、もちろん僕の蓄えから払うつもりだよ」
「わかりました。いいわ。スパイクさんとの交渉、頑張ってね」
レクスさんがガバッと私を抱きしめた。
「ありがとう。君は最高の妻だよ」
「そんな大げさな」
さっきまで元気がなかったレクスさんが急に元気になり、いそいそとベッドに入った。頭脳明晰で普段は大人なのに、時間移動のことになると子供みたいになるのが微笑ましい。
「明日、魔法協会に行ってくるよ」
「頑張って」
ご機嫌なレクスさんの隣で、私も眠りに就いた。
◇
それから丸一日が過ぎ、夜遅い時間。私の前でレクスさんががっくりとうなだれている。
時間移動への同行を断られたわけではない。レクスさんはスパイクさんを説得して時間移動に同行した。三人で現在の王立図書館へ行き、時間をさかのぼって戦争が始まる直前の王立図書館へ侵入したのだけれど……。
「どんなに探しても目的の本が閉架書庫になかったんだ。十八冊全部だ。もちろん閲覧用の書架も見た」
「本が刊行される前の時代に飛んじゃったってことはないの?」
「僕がちゃんと受付のところに置いてある日付カードを確認したよ」
「オレも確認した。スパイクさんは間違えていない。それでさ、深夜に本を探していたら、巡回の警備員が近づいてきたんだ。スパイクさんはオレが氷の壁を出すまでもないって判断して、戻ってきたってわけ」
それは気の毒に。レクスさんは貴重な本を見つけ出すことができず、がっかりしている。フレッドがテーブルの上に放りだしたメモ用紙には、十八冊の本のタイトルが書かれていた。
「このメモ、借りてもいいかしら」
「あげる。オレはもう使わないし」
「僕は十八冊のタイトルを覚えたから必要ない」
私はメモをバッグにしまって、その日を終えた。明日、私は仕事休みだ。街の書店で本を三冊買って、マイヨールが収監されている刑務所に行こうと思っている。私はあれからずっと、月に一度ずつマイヨールを訪問し続けている。
「面会をお願いします」
翌日、刑務所の担当者にそう告げて、面接申し込みの紙に名前と住所を記入した。
マイヨールは今六十代後半。十年を刑務所で過ごして老いてはいるものの、以前より健康そうに見える。規則正しい生活と質素な食事は健康にいいのねと、面会のたびに思う。
「来てくれてありがとうな。ここを出たら、買ってもらった本の代金は必ず返す」
「それは気にしなくていいわ。私が好きで面会に来て、好きで本の差し入れをしているんだもの」
そう言うとマイヨールが一瞬だけ泣きそうな顔をした。けれどすぐになんでもない顔に戻って、私が差し出した本を受け取った。
「これでこの先しばらくは退屈をしのげる。ありがとう。心から礼を言う」
「あなたは相当な読書好きよね。ねえ、こんな本を読んだことある? とても古い本だから、残っている数はかなり少ないと思うんだけど」
私たちを遮っている柵の隙間からメモを滑らせると、マイヨールはそれを手に取ってしげしげと眺めた。






