第七十話 イーシ王国制圧(1)
イーボチヤ伯爵領が降伏を受け入れた頃
「イーボチヤ伯爵は逃げ出したか」
「はい、信長様。逃亡を察知しましたが、領主城の占拠を優先してあえて追わなかったと早馬で連絡がありました」
早馬の知らせを受けて、エーリカが報告のため執務室に入ってきた。そしてイーボチヤ伯爵領の占領と、王都方面軍出陣の準備が出来たことを報告する。
「ん?エーリカ、メイド服を新しくしたのか?よく似合っているぞ」
いつもは黒を基調としたゴスロリ風のメイド服なのだが、今日は緋色に花柄をあしらった艶やかなメイド服に身を包んでいる。そして、エーリカは信長からかけられた言葉を聞いて頬を赤らめた。
エーリカは、イーシ王国を相手にした大戦争を前にして、気合いを入れるためにもメイド服を新しいデザインに変えていた。和服のデザインを取り入れた、和洋折衷と呼べる華やかなものだ。
「あ、ありがとうございます。信長様。ガラシャ様から伺った、信長様がいらっしゃった世界のデザインを参考にしてみました。気に入って頂けると嬉しいです」
エーリカはそう言って信長に近づく。あの洞窟でエーリカを助けた時から2年近くが経った。当時13歳くらいの女の子に見えたエーリカも、今ではずいぶんと成長して少女となっている。
近づいてきたエーリカに、信長は左手を伸ばしてその薄緑色の絹のような髪をなでた。
「この戦が正念場だ。出来るだけ民衆に被害を出さないよう王都を占領する。その為に、最短で攻め上がるぞ。刃向かう者には容赦をするな。お前には期待しているぞ、エーリカ」
「はい!信長様!信長様の民主主義世界を作るために頑張ります!」
信長は前々世で周りの人間を気遣うことなどしていなかった。人は恐怖と法によって支配するものだと考えていたのだが、それ故無用な軋轢を生んで明智光秀の謀反を誘発したという研究もあるのだ。信長はそれを反省し、今世では人を気遣うよう出来るだけ努力をしている。今では、人は褒めれば今まで以上に働いてくれると言うことを学んでいた。まあ、それも気に入った相手にだけなのだが・・・。
「エーリカ、では1時間後に出陣の檄を飛ばす。主要な者を集めておいてくれ」
――――
イーシ王国 王城
「国王陛下、タンソウ侯爵とユーイ伯爵はそれぞれ4万の兵を出陣させると報告が入りました。イーボチヤ伯爵からまだ返答はありませんが、おそらく4万程度になると思われます。合計12万の兵力でアンジュン領に攻め込むので、一ヶ月もあれば占領できるでしょう」
コーキ宰相は、タンソウ侯爵とユーイ伯爵から出陣の準備が出来たとの連絡を国王に奏上する。イーボチヤ伯爵からの返答はまだ無いが、国力からしておそらく4万程度の出兵になるだろうと予測していた。この時点でイーボチヤ伯爵が敗北していることは伝わっていない。
「そうか、それは重畳。しかし、バート連邦が欲している技術まで焼き尽くさぬよう、良く伝えておくのだぞ。連中に逆らっては生きていけぬ。これも国民を守る為じゃ」
「はい、御意にございます」
コーキ宰相は国王の言葉に頭を下げ返事をする。しかし、コーキ宰相は国王に見えないよう、下唇を噛んでいた。2年近く前、神聖エーフ帝国で人族が貴族を殺害するという事件が起きたときに、人質として差し出されていた王子が処刑された。この時も、国王は国民の為と言ってはいたが、真実そう思っているようには見えなかった。コーキ宰相はイーシ王国の国力を育成し、少しずつでも対等な国にしていきたいと思っていたのだ。しかし、いくら頑張って改革をしようとしても国王の決裁が降りないのだ。最近では国王から煙たがられるようにもなっている。
“いや、それも自分の力が至らぬ為だな”
宰相として国の運営を任されているにもかかわらず、この国は少しも良くはならない。しかし、アンジュン辺境伯がバート連邦の軍を追い返したと聞いたとき、人族の光明を見た気がしたのだ。もしかしたら、アンジュン辺境伯を中心として国軍を創り、他国と対等になれるのではないかと。
しかし、国王の命令によって12万の兵力がアンジュン領に攻め込もうとしている。人族で一致団結しなければならない時なのに。
――――
3日後
アンジュン辺境伯領国境
信長は2万の兵力を率いて国境まで進軍していた。国境の向こうには、タンソウ侯爵とユーイ伯爵の軍8万が兵を進めてきている。
「8万の大軍は壮観だな」
高台から信長は望遠鏡で敵の布陣を見回していた。そして、望遠鏡を蘭丸に渡す。彼我の距離はおおよそ2キロメートル。信長が持ち込んでいる迫撃砲なら既に届く距離だ。しかし、信長は迫撃砲部隊もライフル部隊も展開をさせていない。迫撃砲は荷車に乗せられたまま布が被さっている。それに、よく見ると敵のタンソウ侯爵とユーイ伯爵も布陣を整えているようには見えない。ただそこに留まっているという感じだ。
「よし、レイン、行くぞ!」
「はい、信長様」
信長は傍らに居るアンジュン辺境伯に命令する。そして、レイン・アンジュン辺境伯と蘭丸、そして数人の従者を連れて馬を進めた。それと同時に、敵軍からも総大将とおぼしき騎馬がこちらにゆっくりと向かってくる。
そして各陣営の総大将は、戦場の中央であいまみえた。
「レイン・アンジュン辺境伯殿。ご立派に育ちましたな。お父上の面影がありますぞ」
「タンソウ侯爵殿。お初にお目にかかります。レイン・アンジュンにございます。1年前、父の戦死により代替わりをしたものの、ご挨拶にも伺えず申し訳ありませんでした」
レインは馬から降りて片膝をつく。自分より上位貴族の侯爵への完璧な挨拶だ。信長や蘭丸達もレインの後ろで片膝をついている。
「いやいや、勇敢に戦ってオーガ族を打ち倒し支配下に組み込むなど、普通の人族には出来ぬ事。戦死されたのは残念でしたが、レイン殿がこれほど立派に育っているのだ。お父上も天国で安心しておるでしょう」
タンソウ侯爵・ユーイ伯爵とレインはしばし歓談を楽しんでいる。イーシ王国を古くから支えている名門貴族同士だ。それなりに付き合いはあるのだ。
「タンソウ侯爵、ユーイ伯爵!これはどういうことですか?宣戦の口上を述べるのかと思えば楽しげに昔話など。このアンジュンは逆賊ですぞ!」
突然声を上げたのは、王国から派遣されている武官だった。軍の主力はタンソウ侯爵とユーイ伯爵だが、その監視と連絡のため王国軍の武官が付いてきていた。
その言葉を聞いたタンソウ侯爵はゴミを見るような目でその武官を睨んだ。そしておもむろに腰の剣を抜いて武官に突きつける。
「な、な、何を?乱心したか!?タンソ・・・・・・・・」
次の瞬間、タンソウ侯爵はその剣を武官の喉に突き立てた。




