第六十八話 イーボチヤ伯爵(3)
「なんだ、ユウシュン。お前も交渉に失敗したのか?口ほどにも無いな」
陣に戻ったユウシュンをシュテンが迎える。シュテンは嬉しそうにふんぞり返っていた。
「ふん、説得はしたが降伏に応じなかっただけだ。お前とは違う。しかし賢者様、身体強化魔法をかけて頂きありがとうございました。おかげで、無事帰還することが出来ました」
「いいのよ、ユウシュン。それより信長くんから預かってる拳銃は問題なく使えた?あれ、信長くんのを含めてまだ5丁しか出来てないからね。何がそんなに良いのかさっぱり解らないんだけど」
ユウシュンに持たせたCz75もどきは、職人に作らせた試作品だ。その為、バレルの口径以外は微妙な誤差があり、部品の共有も出来ないほぼ一品物と言って良い物だった。
「はい、弾詰まりも無く20人以上は撃退できました。信長様にご報告すれば、さぞお喜びになるかと」
信長は、拳銃ならこのCz75以外には考えられないと言っていた。男の武器に対するこだわりのさっぱり解らないガラシャだったが、この拳銃を壊したり無くしたりしたら信長が激怒するであろう事だけは理解していたのだ。
「交渉は決裂と言うことで良いのね。じゃあ、あの城門を吹き飛ばすわよ」
ガラシャはそう言って前に進み出る。ガラシャもいつもの軽装では無く、ユウシュンとおそろいのデザインで仕立てた鎧を纏っていた。特注の高張力鋼板で作られた青色の優美なデザインだ。ガラシャもこの異世界に来て2年近くが経過する。この世界の流儀にどっぷりと浸かっているわけでは無いが、どうすれば良いかは理解していた。この世界では、殺らなければ殺られるのだ。
ガラシャは躊躇無くフェーリーメドウズの詠唱を始める。城門から500m離れているので、敵の弓矢やバリスタは届かない。詠唱が進むにつれて、ガラシャの頭上には青白く輝く火球が形成されてきた。
そして詠唱が終わりその火球は音速を超える速度で城門に激突する。今回は威力をぎりぎりまで絞って発射した。そうしないと、堀に架かる橋と城門の後ろにある民間人地区に被害が出るためだ。
ガラシャの狙いは正確で、分厚い木製の大扉だけ破壊することに成功した。
「よし!城門を一気に突破するぞ!我に続け!」
ユウシュンやガラシャといった指揮官は馬に騎乗しているのだが、一般兵は自転車で突撃するわけにも行かないので、自分の足で駆けていく。本来人間の走る速度はたかが知れているのだが、ガラシャの身体強化魔法によってオーガ族にも劣らぬ速度を出していた。
「バカめ!城門を破ったからと言って、そう易々と通すとでも思ったか!弓兵!ありったけの矢をお見舞いしてやれ!」
ユウシュン達が突撃してくるのを見た敵兵は、城壁の上から弓矢を射ってきた。さらに城門からも出てきて橋の前に隊列を組んで槍衾を作っている。さらにその後ろには弓兵が隊列を作ってユウシュンたちに狙いを定めていた。
弓矢の射程距離はおおよそ200m。その地点までユウシュンが近づいた頃、遠くからパンパンという音が聞こえてきた。しかし、それは戦いの喧噪で注意深く聞いていないと解らない程度の音だ。
その音が鳴り始めると、城壁の上にいる兵士や、城門の前に布陣している兵士達がバタバタと倒れ始めてしまったのだ。
「何だ!?何が起こっている!?うぉっ!」
城壁の守備を指揮していたイーボチヤ伯爵軍100人隊長のシュウは、何が起きているか解らないまま地面に倒れ伏してしまう。
ユウシュン率いる部隊には、小銃部隊100名が随伴していた。アンジュン辺境伯領には合計1000丁の小銃があるが、全部ユウシュンに回すわけには行かない。その為、援護として100名だけ連れてきていた。そして、機動力の無い小銃部隊には、後方から突入部隊の援護をするように命令されていた。そして、その援護の効果は絶大だった。
「敵が城塞内になだれ込んできます!城門が突破されました!」
「なぜだ!シュウ隊長は何をしているのだ!」
――――
「武器を持っていない者には手を出すな!略奪や非戦闘員に暴行を働いた者は処刑する!」
ユウシュンたちは兵士に略奪を行わないように厳命している。信長の支配を受けるようになってから他国で戦争を行うのは初めてだ。今までは、徴兵された農兵達にとって占領地での略奪や強姦はご褒美だったのだ。しかし、信長はそれを厳しく禁止した。そして、違反した者は処刑されると伝えてある。その替わり、戦争が終わった後には手当を出すと約束しているのだ。
イーボチヤ伯爵軍の兵は、槍や剣でなんとかアンジュン辺境伯軍の勢いを止めようとするが、そのことごとくが蹴散らされていた。全身鎧の重装歩兵もいたのだが、皆鎧ごとたたき切られている。
ユウシュンたちが持っている剣や槍は、日本刀の技法を使って鍛えた業物だ。それに比べイーボチヤ伯爵軍の持っている剣は、バート連邦より輸入した低級品がほとんどだ。騎士には鍛造の剣が支給されているが、一般兵には鋳物の剣が使われているのだ。品質の悪い粗鋼を鋳型に流し込みそれを削っただけの粗悪な剣は、最初こそ切れ味は良いのだがすぐに折れてしまう。
「な、何て切れ味なんだ!鎧が役に立たない!」
「逃げろ!領主城に撤退だ!」




