第六十七話 イーボチヤ伯爵(2)
「イーボチヤ伯爵様。アンジュン辺境伯軍のユウシュンと名乗る者が使者として来ております」
執事は胸に手を当て少し頭を下げて伯爵に報告をする。
「辺境伯では無い。逆賊アンジュンだ」
「も、申し訳ございません。逆賊の配下、ユウシュンという者が使者として来ております」
「一人でか?」
「はい、一人です。いかがされますか?とりあえずお会い頂いて時間を稼げば、こちらの準備が少しでも整いましょう」
「たしかにそうだな、では謁見の間にお通ししろ。丁重にな」
――――
「ユウシュン殿。伯爵がお会いになるそうです。どうぞこちらに。それと、腰の物はお預かりいたします」
ユウシュンは伯爵と直接話したいと言ったが、正直本当に会ってくれるとは思っていなかった。これなら交渉の余地がある。イーボチヤ伯爵に直接会ったことは無いが、もしかすると話の通じる人間なのかも知れない。
ユウシュンは腰のロングソードを外し、執事に渡す。戦争中に相手の領主に会うのだ。武装解除は当然だった。
「お初にお目にかかります。我が名はアンジュン辺境伯様の一の騎士、ユウシュンにございます」
ユウシュンは片膝をつき、完璧な騎士の礼儀で挨拶をした。
「ふん、アンジュンはもう辺境伯では無い。その爵位は剥奪されておる。して、その逆賊の配下の者が何の用だ?降伏の申し出か?それなら降伏を認めてやっても良いぞ」
イーボチヤ伯爵とアンジュン辺境伯は、長年にわたって国境の中洲の領有を巡って小競り合いを続けてきた。当然双方の感情は良くなかったのだ。
「いえ、イーボチヤ伯爵への降伏勧告です。無条件で降伏を受け入れてくれれば、領主一族の命は保証いたしましょう。しかし、もし降伏を受け入れないのであればこの城は灰になり、領主一族の13歳以上の男子の首がこの町の広場を飾ることになります。選択の余地は無いかと」
ユウシュンは静かに、しかしハッキリと降伏勧告を伝えた。この「首がこの町の広場を飾ることになります」は練りに練った口上だった。ただ処刑すると告げるのでは無く、どれだけ詩的で優美に言えるかを考えていたのだ。そして言えた。ユウシュンはその事に、どこか恍惚感を覚えていた。
「く、ばかばかしい!この無礼者め!我々が降伏するわけが無いだろう!王都方面からタンソウ侯爵軍が進軍しておる。その軍が国境を越えればお前達はおしまいだ!」
「我々の戦力を甘く見てはいけません。もし戦端を開けば、半日でこの城は落ちるでしょう。無用な犠牲を増やすだけです。そうなっては手遅れなのですよ」
「もう良い。それに、どちらにしても私の言葉はお前達の軍に伝わることは無いのだ。国王陛下から逆賊は全て討伐するように命令が出ているからな」
そう言ってイーボチヤ伯爵は部屋の隅に控えている騎士に目配せをした。その指示を受けた騎士はおもむろに腰の剣を抜いてユウシュンに詰め寄る」
「イーボチヤ伯爵、これはどういうことですかな?戦の礼儀では、使者を殺すことは禁忌とされていますが?」
「戦とは国と国が戦うことだ。賊を討伐することでは無い。やれ!」
二人の騎士がユウシュンに迫る。ロングソードを振り上げて駆けよった。丸腰のユウシュンにこの攻撃を防ぐことは出来ない、はずだった。
バンバン!
ユウシュンは鎧の腰当ての下に隠していた黒い金属製の“何か”を取り出し、両腕を交差させるようにして左右から迫る騎士に向けて引き金を引いた。その“何か”は破裂音を放ち一瞬火炎を噴き出した。そして、二人の騎士は何が起こったか解らないまま後ろに倒れてしまった。
「な、な、何をした!?まさか爆裂魔法?人族のお前が使えるのか?」
その言葉にユウシュンはフンと鼻を鳴らして何も答えない。無言のままその“何か”をイーボチヤ伯爵に向けた。と、その時、音を聞いた騎士達が後ろの扉からなだれ込んできた。
「斬れ!この賊を斬り倒すのだ!」
なだれ込んできた騎士達は、概ね状況を理解しユウシュンに斬りかかった。
ユウシュンはイーボチヤ伯爵に向けていた“何か”を騎士達に向けて引き金を引く。破裂音がする度に一人、また一人と膝をつき倒れていく。
ユウシュンが使ったのは、チェコスロバキアのCZ75自動拳銃を模したものだ。信長は戦国時代に帰ったときに必ず再現しようと心に決めた武器がいくつかあった。それがこのCZ75だ。9mmパラベラム弾を16発装弾でき、しかも比較的コンパクトだ。信長達は精密なモデルガンを購入して、細部にわたって研究をしていた。そしてこいつを明智光秀の頭にぶち込んでやると決めていたのだ。
ユウシュンは合計32発を撃つと拳銃を腰当ての裏に仕舞って、落ちているロングソードを拾った。
「あ、あ、やつの魔導具は魔力切れだ!今なら倒せるぞ!斬れ!」
イーボチヤ伯爵はそう言ってはみたもの、部屋には20人ほどの騎士が倒れてうめき声を上げている。無傷の騎士達もユウシュンの迫力に怖じ気づいて尻込みしている。
ユウシュンは何も言わずに、目の前の騎士を斬り伏せて部屋から出て行ってしまった。




