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第六十三話 対ドワーフ戦(8)

「ガラシャ、この男の左腕を治癒してやれ」


「左腕を治癒だと?傷はふさがっている。どうするつもりだ?」


 ラードフは訝しげに信長とガラシャと呼ばれた少女を交互に見た。あれだけの重傷にもかかわらず、肩の傷口は既にふさがっている。このようなことは上級治癒魔法でも難しい。しかし、これ以上の治癒とはいったい・・・


 ガラシャがラード フの前に歩み出て、治癒魔法の詠唱を始めた。すると地面に魔方陣が現れ光を放ち始める。


「な、なんだこれは、う、うぉっ!」


 ラードフの左肩の皮膚がゆっくりと盛り上がってくる。まるで、爆発によって失った左腕を再生しているかのようだ。


「ま、まさか、そんなことが・・・・・うぐぐぐ」


 ラードフの呼吸は荒くなり、顔は脂汗でびっしょりになっている。そんなラードフをよそに、ガラシャは呪文の詠唱を続けていた。


 そして15分ほどが経過する。


 ラードフは魔方陣の真ん中で仰向けに倒れていた。15分間全力疾走を続けたように呼吸は荒く汗をびっしょりかいている。しかし、ラードフの体には劇的な変化が起きていた。左肩には、失ったはずの左腕が復活していたのだ。ただし、鍛えられた剛腕ではなく色白で細く華奢な腕だ。それでも力を入れると指も肘もちゃんと動く。


「腕の再生に体中の細胞と体力を使ったわ。水分補給をしてしばらく横になっていることね。それと、再生した腕は全く鍛えられてないから最初は無理をしないように」


 ラードフは仰向けになったまま、左の拳を握ったり広げたりしている。


「どうだ、ラードフ?これで平和を渇望するようになっただろう。お前と捕虜を全員帰還させてやる。死んだやつはどうにもならないがな。ここで見て聞いたことを正確に伝えろ。そして二度と人族に手を出さぬと誓え。わかったな」


 ――――


 ラードフとドワーフ兵の生存者200名は解放されて、数日分の食料と水を与えられ帰路についた。本来なら解放されたとこを喜ぶべきなのだろうが、皆一様に足取りは重たい。


「上級魔法のゲイティメドウズだと?あれは伝説の極大魔法クラスだ。しかもあれを放てる術者が6人もいるのか・・・。それに、一人で何十人も撃ち殺せる魔導具・・・・。勝てぬ・・・・。これでは何十万人の兵を揃えても勝つことは出来ぬ・・・」


 ――――


 バート連邦 宰相府


「ライダイ宰相閣下!ラードフ将軍が帰還されました!」


 秘書官が宰相の執務室に慌ただしく駆け込んできて報告した。戦死したと思われていたラードフが帰還したのだ。そして、ラードフ将軍と軍の高官達が会議室に集められた。


「ラードフ将軍、よくぞ生きて戻られた」


 目に涙を浮かべて老師がラードフに近づく。老師は上級魔法を放つことも出来ず、またラードフを死なせてしまったと思い慚愧の念に堪えていたのだ。


「老師。老師が指示を出して軍を撤退させたと聞きました。本当にありがとうございます。撤退の指示が無ければもっと犠牲は増えていたことでしょう」


 あの最前線で指揮を執っていた将官達は、生きて帰ることの出来たことを言祝ぐ。しかし、周りから送られる視線は非常に冷たいものであった。


「ラードフ将軍。よく生きて戻ることが出来たな。戦死した将兵は2万を超えている。負傷者も1万人以上だ。この責任も取らずにおめおめと帰ってくるなど、国民にどう説明するというのだ」


 ライダイ宰相は、無様に帰還したラードフや前線指揮官達に軽蔑のまなざしを向けている。これだけの損害を出して戦死したのならいざ知らず、人族に治癒魔法をかけてもらい、失った腕までも復活させているのだ。これでは、戦死した兵の遺族に申し訳が立たないでは無いか。


「宰相閣下。生き恥をさらすことは誠に恥じ入るばかりですが、それでもアンジュン辺境伯の軍事力を伝えなければという一心で戻って参りました。報告をした後は、いかなる処分でも受ける覚悟は出来ております」


 ラードフは宰相に対して深々と頭を垂れる。歴戦の勇士であるラードフにとって、これだけの敗北は初めてのことであった。そして、敗戦の責任を誰かが取らなければならないのだ。


「6万の大軍で一ひねりだと言ったのはラードフ、お前だったな?では、なぜこんな無様な負け方をしたのか言い訳をしてもらおうか」


 ――――


「すると、敵は3000メートルも離れた場所から何千もの爆裂魔石を投射して攻撃をしてきたというのか?そして、ゲイティメドウズに匹敵する火魔法を何十発も打ち込まれたと?」


「はい、宰相閣下。さらに城内では、一人で何千発という鉄のつぶてを打ち出せる魔導具を見せつけられました。その鉄のつぶては、我々の鎧や盾を簡単に撃ち抜きます。それに連中は伝説の極大魔法で山を吹き飛ばしました。あれをこの首都で放たれたなら、一般市民に何万人もの死者が出てしまいます。現状では、アンジュン辺境伯に勝てる見込みは全くありませぬ」


 ラードフは悔しそうに下唇を噛んでいる。そして老師も人族が使った魔導具らしき物の恐ろしさを伝えようと必死だ。



「宰相閣下。ラードフ将軍は爆裂魔石と言ったが、爆発に魔力を感知することはできなんだ。何千発も打ち込まれた爆発する物は魔石ではないじゃろう。それに、敵の砦から打ち込まれたと思われる鉄の筒を持ち帰ろうとした兵が、何人か爆発で死んでおる。時間を置いて爆発する物もあるのかもしれぬ」


 打ち込まれた迫撃砲弾の内、いくらかが不発弾として残っていたのだ。そして、それを持ち帰ろうとした兵士が何人か爆発で死亡した。その為、不発弾も持ち帰ることを禁止していた。


「それに私の左腕は付け根の所から爆発でちぎれておりました。しかし、連中の女魔道士の治癒術によってこのように復活したのです。こんなことが出来るのは伝説の賢者くらいしか考えられません」


 一通りの話を聞いた一同は言葉を失っていた。実際に2万の兵が戦死しているのだ。いくらラードフが失敗したとしても、これほどの被害が出ると言うことはアンジュン辺境伯軍は精強なのだろう。しかし、その内容はやはり鵜呑みにする事は出来ない。


「ラードフ将軍、老師、おそらく幻術魔法によって混乱したところを奇襲されたのであろう。人族がそのような強大な魔法を使えるとは考えられぬ。しばらく静養したほうがよかろう」


 ラードフと老師は軍を解任され、強制的に入院させられることになった。






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― 新着の感想 ―
この宰相みたいに、現場を知ろうともせず現場の声を聞こうともしない、そんな愚か者が舵取りをしている国など滅んで当然な気がしますね。
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