第五十九話 対ドワーフ戦(4)
30人ほどのオーガがゆっくりと歩いてきた。そして、その中心にはメイド服を着た緑髪の少女がいる。
「ばかな、あれがフェーリーメドウズじゃと?小娘」
「ええ、ゲイティメドウズだとこの辺りは全て灰になるわ。そうすると、信長様が所望されている総大将の首を持って帰れなくなるのよ。総大将の首を差し出せば、あなた方も楽になるわ。一瞬で殺してあげる」
その瞬間、エーリカの瞳の奥が鈍く光るのを老師は感じた。
「まずい!」
老師はすかさず自分自身に魔法防御を展開した。あの瞳の光は魔力の集中によるものだ。魔力を放出する直前に、瞳の奥が光る。しかし、それはほんの少しの変化なので、老師ほどの魔法使いで無ければ気づくことは出来ないだろう。
エーリカが魔力を放出する直前に、ギリギリ魔法防御の展開に成功した。しかし、老師以外の魔道士と一般の兵達は、エーリカの発する魔力を防ぎきることが出来ず、頭を押さえながらその場に倒れてしまった。
「お、お前、いったい何をしたのじゃ?」
老師はエーリカに視線を向けたまま、倒れた魔道士や兵士を魔法探知で確認した。目を逸らすと襲ってくるような気がしたのだ。まさに、猛獣に睨まれた小動物のそれだった。
倒れた魔道士や兵士達の心臓は動いている。しかし、魔力が一切感じられない。つまり、心臓はまだ動いているが、魔力を生み出す魂が死んでしまっていると言うことの証左だ。
魔力の集中はあった。呪文を詠唱していないことから無詠唱魔法であることに間違いは無いだろう。しかし、ドワーフ属随一の魔法使いである自分にも、数十人の兵士に対してこのような事のできる魔法は知らなかった。
「死にゆくお前が知る必要は無い」
エーリカは、敵兵の脳幹を加熱して焼いたのだ。一瞬にして100℃近くにまで熱せられた脳細胞は、瞬時にタンパク質が凝固し生命としての役割を止めてしまう。
「老師、お下がりください!」
そこへ、白銀の鎧をまとった騎士が駆けつけてきた。その数は30人ほどで、あとからまだ駆けつけてきている。
このドワーフ兵が着ている鎧は、対魔法防御をエンチャント(付与)した特注品だ。中級魔法ならほとんど無効化できる。
「助かる。あの小娘は魔族の大貴族級じゃ。上級魔法を撃ってくるかもしれぬ。その兆候があったら全力で逃げるんじゃ」
「老師、畏まりました。しかし、我らシルバーベア騎士団は無敵。呪文の詠唱時間など与えませぬ。死ね!オーガども!」
ドワーフの騎士達は一斉にシュテン達に切りかかった。背はそれほど高くは無いが、体格の良いドワーフたちが大地を蹴って飛びかかってきた。それはまるでブルドーザーの大軍のような迫力がある。
「エーリカ、下がっていろ」
シュテンとソーラの二人が前に歩み出る。そしてオーガの戦士達も横に広がってドワーフの騎士を迎え撃った。
ドワーフの騎士が巨大な戦斧を振り上げてシュテンに迫る。オーガ並みの膂力を持ったドワーフの騎士だ。斧は空気を切り裂いてシュテンの脳天を真っ二つにせんと振り下ろされた。
「遅い」
ドワーフが斧を振り下ろすことを確認してから、自分の腰にある刀に手をかけた。そして刀を引き抜き真横に一閃する。
達人の刃ならば、ドワーフが斧を振り下ろす前に胴体に致命傷を与えることが出来るだろう。剣聖の刃ならば、ドワーフの胴体を真っ二つにする事が出来るだろう。
しかし、シュテンの剣はそのどちらでも無かった。
音速を遥かに超えるシュテンの刃は、ドワーフの胴体を二つに分けただけでは飽き足らず、その衝撃波によって爆発を起こしたように内臓を四散させたのだ。
亜音速の弓矢であれば、刺さったところは矢の形に傷が入る。しかし、超音速の弾丸は体に入ると衝撃波によって内部を大きくえぐり破損させるのだ。それが、シュテンの刃の周りで起こった。
シュテンに戦斧を振り下ろしたドワーフ騎士は、バンという衝撃波ととも無残に内臓を爆散させてしてしまったのだ。
ソーラを始め、他のオーガ達もドワーフに刃を振り下ろす。そのたびに、ドワーフたちはただの肉塊に変わり果てていった。
「鎧をあんな簡単に切り裂くだと?」
「ひいーーー!だめだ!レベルが違いすぎる!」
「た、助けてくれー」
恐慌を起こしたドワーフたちは武器を捨てて逃げ惑った。どうせ戦っても勝てないのだ。それなら重たい武器を捨ててでも逃げた方がいい。オーガの戦いを見たドワーフたちに抵抗する気力は残っていなかった。
そして、シュテン達の周りからドワーフ兵は消えていた。
「いなくなってしまったな」
おびただしいドワーフの死体の中で、ソーラがぼそっとつぶやいた。
誰かを捕まえて本陣の場所を聞き出そうとしたのだが、手当たり次第に殺してしまったので誰もいなくなってしまった。ついついやり過ぎた。いや、そもそも5万の兵の中から大将を見つけることは、オーガには難しかったのかもしれない。
「まあいい、とりあえず兵の居そうな方に移動して手当たり次第に斃していこう。運が良ければ見つかるさ」
シュテンは深く考えることが苦手であった。




