第五十五話 ドワーフ族の要求
文部科学奉行に任命されたガラシャは、領内の各地を回って学校の設立と衛生の指導に当たっていた。
それまでこの領内で学校と呼べるような物は無く、上級家臣や商人は、個人的に家庭教師を雇って子供の教育をしていた。民衆に知恵を付けてしまうと、領主や役人に対する不満を共有したりと良いことなど一つも無いと思われていたのだ。
信長は領内の町や村に学校を建てた。そして、読み書き四則演算が出来るまでを義務教育としたのだ。当初は労働力となる子供を学校に行かせることに反発はあったが、子供を学校に通わせている農家には、優先的に最新の農具を供給することとした。そして、子供たちに無料で昼食を出したのだ。この効果は非常に大きかった。農家は最新の農具を手に入れるため、そして、子供の食費を浮かせるために学校に通わせた。
先生には、地方役人の一部を強制的に割り当てている。役人の中には“農民に教育など必要ない”と言って非協力的な者も居たのだが、そういう所にはオーガを派遣して“説得”をさせた。すると、不思議なくらい協力的になるのだ。
衛生面に関しては、植物油脂から作った石けんを普及させ手洗いの実施を徹底させた。また、乳幼児に使う食器は必ず煮沸消毒をするように指導した。こういった施策の効果が出て、乳幼児の死亡率は激減している。
「はぁ、領主城に帰ってユウシュンに会いたい・・・」
ガラシャがぼそっとつぶやく。地方への指導や視察に出ることの多いガラシャは、なかなか領主城に戻ることが出来ないのだ。
「賢者様の護衛には私が参ります」
とユウシュンが言ってくれたときは、頬を赤く染めて歓喜したのだが、
「ユウシュン、お前はここで兵の教育に当たれ」
と、信長が命令を出してしまった。
“信長くん、もしかして私がユウシュンと仲良くなることに焼き餅を焼いたのかしら?それなら少しはかわいげがあるけど、まあ、あの男に限ってそれは無いわね。それにこの間帰ったときなんか、エーリカちゃん信長くんにベッタリだったし、もしかしてもう手を着けたんじゃ無いかしら?”
そんな事を思っていると役人がメモを持ってくる。
「賢者様。領主様からすぐに領主城へ戻るようにとの連絡が来ております」
――――
翌日
「よう、ガラシャ、戻ったか。どうだ地方の様子は?」
領主城に戻ったガラシャは、すぐに会議室に通された。そこには信長を始め、蘭丸・坊丸・力丸・シュテン・領主レイン・ユウシュンそしてエーリカがいた。
「子供たちはちゃんと勉強してるわよ。それより、読み書きの出来ない大人達の方が問題かもね。役所からの通達もろくに伝わらないのよ」
子供たちは覚えも早い。頭のいい子はたった1年で予定のカリキュラムを修了しているのだ。それに比べて読み書きの出来ない大人達が置き去りにされてしまっている。
「大人の方が問題か。たしかにな。今までの領主が無能だった尻ぬぐいは大変だろうがしっかりやってくれ。大人への教育も検討しよう」
その言葉を聞いたレインは奥歯を噛んで少し下を向いた。皆の前で無能だと罵倒されたに等しいのだ。
「信長くん、そんな事言ったらレインくんが可哀想でしょ。今までのことはレインくんには責任はないの。何度も言ったでしょ。弱い者いじめみたいなことは言わない。そういう心配りが出来ないから暗殺されたんでしょ」
「お、おう、そうだったな。まあそれはそれとして、ドワーフ族のバート連邦からこんな要求が来ている。これの対応について協議したい」
秘書のエーリカが参加者にレジュメを配った。このレジュメは最近実用化された「ガリ版印刷」によって複製されたものだ。さらに、パルプベースの紙の量産も始まっている。
そのレジュメにはバート連邦からの要求が書かれていた。
「すると、鉄の剣200本を渡すので板ガラスの製造方法を提供しろということですね。しかし、我々もなめられたものですね」
ガラス製造の実用化に取り組んだ坊丸と力丸にとっては、自分たちの苦労が鉄の剣200本分の価値しか無いと言われたようなものだ。到底承服できない。
「まあ、剣が200本では割に合わないが、条件によっては技術提供して良いと思っているぞ」
一同、信長の発言に目を見張った。ガラシャに至っては大きく顎を落として“この守銭奴が何をいっているの?”とでも言うような表情を向けていた。
「おいおい、何をそんなに驚いている。現在バート連邦に毎年多額の朝貢と、4年に一回奴隷を供出しているんだ。これを解消する事を条件に技術供与をしても良いと返答しようと思っている。どうだ?良い取引条件だろう」
この提案に一同は難しい顔をしている。皆、考えることは同じだ。
「信長様。バート連邦がその条件を呑むとは思えません。その返答をした場合、おそらく軍を差し向けて強奪しようとするはずです」
このアンジュン辺境伯領は、獣人族とドワーフ族と国境を接している。現状直接的な武力衝突は無いが、火種があればいつ侵攻があってもおかしくないのだ。
「わかってるさ。連中なら必ずそうするだろうな。俺たちに手を出すことがどういうことか、わからせる良いチャンスだとは思わないか?」




