第五十二話 ドワーフの誇り
「次の鏡の入荷はいつなんだ?エルフの貴族どもがまだかまだかとせっついてくるんだ。おかげで値段は爆上がりだが、肝心の鏡が無いんじゃ商売にならないよ」
神聖エーフ帝国と貿易を行っているドワーフの商人ユルグスは、一向に入荷しない鏡にいらだちを隠せない。
今までの鏡は金属の表面を磨いたものが一般的だった。ガラスに錫箔を貼ったものもあるのだが、いずれにしても顔が映る程度の大きさしか無く、全身がくっきりと映る姿見など無かったのだ。それが半年くらい前にイーシ王国のアンジュン辺境伯領から人の背丈と同じくらいの姿見が初めて持ち込まれた。
ドワーフの技術者達はその姿見の完成度に驚愕した。反射率はほぼ100%でゆがみの全くない一枚ものだったのだ。従来の金属鏡は研磨することによってゆがみをほぼ無くすことはできる。しかし、直径30センチほどの大きさが限界だ。それ以上大きくするとどうしてもゆがみが出てしまい、それに重量もかなりのものになって実用的では無くなる。ガラスの鏡に至っては、完全な平面を出すことがそもそも難しい。ガラスも磨けば平面を出すことが出来るのだが、薄いガラスだと割れてしまうのでどうしても分厚いガラスになってしまう。さらに金属より固いので、磨くのにかなりの時間と費用を要するのだ。
「こんなに薄く真っ平らなガラスなど見たことが無い」
アンジュン辺境伯領からは鏡だけでは無く、窓用の板ガラスも輸入されるようになっていた。それまでのゆがみのあるガラスでは無く、完全に平らなガラスだ。ドワーフ族のバート連邦でもガラスを製造しているが、このように美しいガラスを作ることは出来ない。ドワーフの技術者がどうやったらこのように真っ平らなガラスが出来るのか研究したが、その製法は依然として明らかになっていないのだ。
この半年でバート連邦からアンジュン辺境伯領への珪砂(ガラスの原料)やクズ鉄や銅に錫、銀といった材料系の輸出が急増していた。そしておそらくそれを加工して、窓ガラスや鏡にグラスといった製品になって持ち込まれる。そのどれもこれも、今まで見たことの無い精巧な出来映えなのだ。
この世界で最も工芸品を作る才能があるのはドワーフ族だと誰もが思っていた。それがドワーフ族の誇りであると信じていたのだ。しかし、その誇りを打ち砕かれる出来事が起こりつつある。
現在のアンジュン辺境伯領からの輸入品はガラス製品が主なのだが、先日銀メッキされたカトラリー(ナイフやフォークのこと)と金メッキされた燭台が持ち込まれた。メッキの技術はドワーフ族にもある。それは、水銀に金や銀を溶かして対象物に塗り、加熱をして水銀だけ蒸発させるという方法だ。しかし、これだとどうしても表面に小さいブツブツが出来てしまうので磨きの作業が必要となる。それでも細かい部分は磨けずにブツブツが残ってしまう。さらに、塗りむらも完全には防止できない。だが、アンジュン辺境伯領から持ち込まれたメッキのカトラリーや燭台にはそのような磨き残しやむらが全くない。完全に美しいメッキが施されていたのだ。
しかもこのカトラリーや燭台は、ドワーフの常識からすると信じられないほどの安値で提供できるらしい。これなら、エルフ族や魔族に転売して大もうけが出来るだろう。しかし、その代償として国内のメッキ産業は壊滅してしまう。
「どうやったらこんなことが出来るんだ?」
――――
バート連邦宰相府
「ライダイ宰相閣下。アンジュン辺境伯領からのガラス製品の流入によって、我が国のガラス産業が大打撃を受けております。このままでは、大量の失業者を出すことになりかねません」
商務相のドノフが、昨今のガラス事情についての報告をする。事実、ガラス産業は大打撃を受けておりガラス商工ギルドからの突き上げはますます激しくなっている。
「しかしドノフ商務相。ガラスや鏡を仕入れて、それをドワーフブランドでエルフや魔族に売って儲かっているのではないのか?人族がどんなに良い製品を作っても、エルフや魔族はそれを直接買うことなどしないだろう。ドワーフ族のブランドがあってこそでは無いのか?」
「はい、宰相閣下。貿易黒字は確かに増えてはいるのですが、やはり国内産業の保護も両立する必要があります。できれば、ガラス技術を我が国で入手できるのが一番良いかと思います」
「なるほど。確かにそうだな。では、アンジュン辺境伯にガラス技術を献上するように伝えよう。まあ、その褒美として中級の剣を200本ほどくれてやっても良い。どうだ?」
「はい、宰相閣下。良い案だと思います。人族には鉄を鍛える技術はありませんので、我が国の普通の剣でもありがたく受け取るでしょう」
実際、人族の国では鉄の製錬技術が無くバート連邦からの輸入に頼っていた。そして、バート連邦製の剣は、中級と言われるものでも人族にとっては高級品だったのだ。




