第四十五話 オーガの村(9)
「・・・・七つの魂を捧げ煉獄の扉が今開かれん。フェーリーメドウズーーー!!!」
エーリカは両方の掌を300メートルほど向こうの大岩に向けて、火魔法であるフェーリーメドウズの呪文を詠唱した。掌の前に形成された火球は直視できないほどの青白い光を発している。次の瞬間、音速を超える速度で掌を離れた火球は大岩に激突し、それは大爆発を起こした。そして、大岩のあった場所には粉々に砕けた石が転がっている。その石の表面は溶岩のように溶けていた。
信長の指導によって、エーリカは中級魔法のフェーリーメドウズを習得したのだ。
『すさまじい威力だな。中級魔法とは思えん』
ケートゥ曰く、明らかに上級魔法の“ゲイティメドウズ”に匹敵するかそれ以上の威力だそうだ。ケートゥの知っている上級魔法もいろいろと教えてもらったが、残念ながらまだ一つも実現できていなかった。
『剣術の“型”を覚えても、実戦で使うには長い修練が必要だろう。魔法の習得もそれと同じだ』
その為、中級魔法に絞って習得をした。さらに、信長達の持っている科学知識によって魔法を強化したのだ。
フェーリーメドウズの魔法は掌の前に灼熱の光球を作り出し、それを相手にぶつける魔法だ。これは50メートルほどの射程で、木造建築の家を焼いたり、木で出来た城門を破れるくらいの強度なのだが、エーリカが発するフェーリーメドウズはその威力を遥かに凌駕していた。
物質は原子によって出来ており、さらに原子は原子核と電子によって出来ていることを教えた。そして、物質の温度は原子の振動であること、さらに温度を上げると原子核と電子が遊離してプラズマ状態となることを、図で示しながらエーリカにたたき込んだのだ。
エーリカは乾いた砂が水を吸うように知識を習得した。そして、呪文の詠唱と同時に空気を5センチほどの領域に圧縮し、さらに温度を上げて打ち出せるようになった。
その光球の発する色と破壊力から推測すると、おそらく中心温度は100万度以上に達しているはずだ。魔法防御を展開していないと、周りの可燃物が燃え上がってしまう。
「信長様!うまく出来ました!」
300メートル先の大岩を破壊したエーリカは、嬉しそうに信長の元に駆けよった。まるで、良いことをしたので褒めて欲しいとねだる子犬のようだ。
「いいぞ!エーリカ!上出来だ!」
駆けよってきたエーリカの頭を、信長はその手でわしゃわしゃとなでる。信長のその顔は、誰が見ても邪悪で気色の悪い笑顔をしていた。
「はぁ、あんな極悪な顔でもエーリカちゃんにはさわやかなイケメンに見えているのよね」
それを見ていたガラシャは大きなため息をついた。
「エーリカちゃんにはもっと普通の人を好きになってもらいたいものだわ」
その隣の広場では、蘭丸とソーラが剣術の練習をしている。この4ヶ月間、ソーラは休むこと無く剣の修練に明け暮れていた。文句の一つも言わず、実の父親を斃した蘭丸に教えを受けている。
そして、今ではシュテンに次ぐ実力を身につけていた。
「ソーラちゃんの剣技、美しいわね」
蘭丸直伝の、舞踊を舞っているような神秘的で美しい剣技を身につけていた。オーガ族の女戦士ソーラは身長170センチくらいで、女のガラシャから見てもしなやかでグラマラスな魅力のある体型をしている。その肢体が剣技の美しさをさらに引き立てていた。
「蘭丸くんとソーラちゃん、絶対“できてる”わ」
当初こそ、実の父親を斃された事による憎しみのまなざしを蘭丸に向けていたソーラだが、四ヶ月経過した今では、そのまなざしは明らかに恋慕のものに変わっていたのだ。
最近では、ソーラが夜中にこっそりと家を出て行くことをガラシャは知っていた。きっと蘭丸と逢い引きしているのだろう。
世界征服なんてどうでも良くて、この平穏でゆるい生活が続いてくれればいいのにと思うガラシャだったが、最近では魔物の数が増えてきていて、グレイブベアやヒドラなどの凶悪な魔物も出るようになった。これ以上、この村で住み続けるのは難しいだろう。
それに、
「やっぱり子供を奴隷に出すような世界はなんとかしないとね」
オーガ族を従えるにあたって、これまでオーガ族の常識だったことをいくつも修正し再教育をした。
その一つが、強ければ弱い者から何を奪っても良いという常識だ。
「俺はなぁ、弱い者いじめが大っ嫌いなんだよ!」
信長はそう力強く宣言した。強き者は弱き者を従え庇護するのだと、何度も何度も教育した。そして、人の物を奪ってはならないと。
「あのぉ、弱い人族からも奪ってはいけないのですか?」
信長が新しい“掟”を説明している最中に、オーガ族の男が空気を読まない質問をしてしまった。
「おい、てめぇ、人の話を聞いてなかったのか?こっちに来い。お前の小さい脳みそをほじくり出して魚の餌にしてやるからよぉ」
「ひいぃぃぃ!どうかお許しください!」
「ああん?強ければ何をしてもいいんだろ?べらぼうに強え俺様が、ひ弱なお前の使えねぇ脳みそを魚の餌に再利用してやろうって言ってるんだよ!ありがたく思いやがれ!」
と、こんな感じで教育がされていった。
―――――
「準備はいいか!」
信長の前には、オーガ族140人が整列をしていた。ドワーフに魔石を売って手に入れた真新しい鎧や武器を身につけている。そして、戦闘の出来ない女や子供は輜重隊(補給部隊)として荷車を引いていた。
「よし、出発だ!人族のアンジュン辺境伯を打ち倒して領地を手に入れるぞ!」
「「「オォォォーーーーー!」」」
それって、弱い人族から領地と領民を奪うことなのではと思うガラシャだった。




