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私のことを愛していなかった貴方へ  作者: 矢野りと


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17/17

17.愛に溢れた声〜ルイス視点〜

久しぶりに帰ってきたリーブス伯爵邸は相変わらず朝から賑やかだ。

学園が遠方にあるため僕は12歳になった今年から学園の寮で暮らし始めたけれども、夏季休暇が始まったので昨日から実家に帰省している。



朝寝坊しようと思っていたけど騒がしい弟妹の声に無理矢理に起こされてしまう。

5歳の弟ロイと妹ミリアは双子だ。二人は顔は似ていないけれども元気がいいところはそっくりだ。


「ルイス兄上、きいてください!また父上が母上をひとり占めしているんです」


「そうなの、お父さまったら母上からはなれてくれないの。母上とお花つみをしたいのに。ルイスお兄さまから父上にビシッと言ってください!」



まだ眠いけれども可愛い弟妹を放ってはおけず、『待っていて』と言って素早く着替える。


二人は着替え終わった僕の手をそれぞれ引っぱっていき、父上達がいる中庭に連れて行く。



庭園には手をつなぎながら散歩している両親の姿があった。



二人は相変わらず仲睦まじいようで、笑い合いながらお互いに見つめ合っている。



「ほらルイスお兄さま、早く父上から母上を取り戻して!」



ミリアはそう言うと『お父さまー、ルイスお兄さまが言いたいことがあるって言ってるわー』と父上に向かって叫んだ。



言いたいことがあるのは僕ではないだろうと苦笑いしつつ父上達のところに歩いていく。



「父上、母上、おはようございます。相変わらず父上は母上を独占しているんですね。ロイとミリアの不満が爆発して僕は朝寝坊ができなかったんですよ」


「おはよう、ルイス。独占なんて人聞きの悪い、ロイとミリアこそアリィを独占しようとしたんだ。

アリィ、そうだよな?俺も一緒にって言ったのに二人が父上はだめだって言ってたんだ」



母上のことを『アリィ』という愛称で呼ぶのは父上だけだ。『アリィ』と呼ぶ父上の声はどこまでも甘くて僕のほうが恥ずかしくなる。



「ふふふ、確かにそうね。ルイス、朝寝坊を邪魔してごめんなさいね」



子供のような言い訳をする父上を母上は愛おしそうに笑って見ている。

それに気を良くした父上は母上の頬に口づけを落とす。

僕が隣にいようがお構いなしだ。年頃になった僕は両親のそんな仲睦まじい姿を見ると目のやり場に困ってしまう。でも全然嫌ではない。



ロイとミリアはまた母上をひとり占めしていると騒ぎ『『ずるーい』』と父上を責めている。



すると父上は『じゃあみんなにもしようか』と二人の頬にキスをして『キャッキャ』と喜ばれている。


父上は僕にまでしようとするが『もう子供ではありませんから!』と全力で断った。



父上は母上をこよなく愛しているが僕たち子供にも惜しみない愛情を注いでいる。

それは母上も同じで、貴族なのに乳母を雇わずに子育てをしているほどだ。



領地にいる平民の僕の幼馴染みジャンはそんな母上を見て驚いていた。


『おいおい、ルイス。お前の母さん、あんなにきれいなのになんか凄いな!俺が知っている肝っ玉母ちゃんベスト3に入るぞ!』


『肝っ玉母ちゃんってなにそれ?』


『男の父さんでも敵わない鬼のような強さを持っている偉大な母ちゃんのことをそう言うって俺の父さんが教えてくれたんだ。でもルイスの母さんはとってもきれいだから奇跡の肝っ玉母ちゃんだな』


『……それ絶対に母上には言うなよ。これからも美味しいおやつが食べたかったらな』


『…???どうしておやつの話になるんだ?ルイスってたまにおかしなことを言うよな~』



ジャンとの会話は母上には内緒にしている。

『奇跡』で喜ぶか、それとも『肝っ玉母ちゃん』でショックを受けるか判断に迷うから。

ちなみに僕はジャンの意見に反対はしない。だって悪さをした子供を叱る時の母上にはしっかりと角が生えているから。



 なんだかんだ言っても、母上は最強だ…。

 もちろん、良い意味で!




とにかく貴族では珍しいほど家族仲が良いと言われている。






僕の家族に会った友人は『貴族とは思えないほど仲睦まじい家族だ』と驚くが僕にとってはこれが当たり前だった。


『いやいや、貴族って政略結婚だとか愛人とか普通だろう。表向きは取り繕っても、家では距離があるってパターンがほとんどだぞ。僕の両親だって人前では仲睦まじくしているけど、家では必要最低限しか会話はない』


『ふーん、そうなんだ。でも僕の両親だって政略結婚だよ』


『えっ、そうなの!信じられない、それなのにあんなに仲がいいんだ』


こんな会話を何度繰り返したか分からないほど、我が家に遊びに来た友人達は決まって同じような反応をする。



確かに友人達の家に遊びに行っても僕の両親のような夫婦は見たことがない。





幼い時はただ単純に両親が仲が良いのが嬉しかった。


だがどこにでも親切な人はいるもので、子供の僕に『実はね…』と嬉々として両親の過去だという話を聞かせてきた。


それを聞いた時は正直ショックだった。



なんだか父上と母上の裏を知ってしまったようで、本当に仲が良いのかと疑った時期もあった。


だからある日父上に思い切って訊ねてみた。


『父上、本当に母上のことを愛している?

それとも罪悪感っていうものから愛しているふりをしているの?

もしそうなら、僕は僕は…うぁーん…やだよーー』



泣きながら僕は聞いた話を父上に伝えた。


『そんなことを信じるなっ』と叱られるかと思ったけど、怒ったりしなかった。



父上は真剣な表情をして言った。


「ルイス、不安にさせて済まなかったな。これからちゃんと本当のことを話すから聞いてくれ。

まだ七歳のお前には難しい話だけど、真実を知ってもらいたいから話すぞ。でもこれは父上とルイスだけの秘密だ。アリィには絶対に内緒だ、きっと傷つくから」


「うん、母上のことは大好きだから内緒にできる!」



男と男の約束を交わし、父上は昔あったことをすべて話してくれた。それは耳を塞ぎたくなるほど辛い話だった。


僕は母上が可哀想で泣いてしまった。


「ひどいよ。母上に意地悪した人はちゃんと罰を受けたの?」


「いいや、法的には悪いことをしていないから罰は受けていない。でも彼らは今それぞれとても苦労をしているみたいだ。きっと神様から罰を与えられたのかもな」


「神様が罰を与えるの?」


「正直に言うとよく分からない。本当に神様がいて罰を与えているのかそれとも因果応報なのか」


父上の難しい言葉が分からず僕は首を傾げる。


「因果応報っていうのはな、人にしたことはいつか自分に返ってくるってことだ。良いことをしたら自分にも良いことが返ってくるが、当然悪いことをしたら悪いことが自分にいつか返ってきて苦しむんだ。


世の中には理不尽なことや納得できないことも沢山ある、なんで自分だけがと悩むことも。でも人を羨んで陥れたら一時は苛つく気持ちが静まるかもしれないが、どこかで必ずその代償を払うことになるんだ。

すまない、難しい言い方をしてしまったな。つまり悪い人は幸せになれないってことだ」



父上の話は難しくて分からないことがたくさんあった。僕は何度も質問して、父上はその度に優しい言葉で言い直してくれてやっと分かったような気がした。



「じゃあ、やっぱり父上と母上は本当に仲良しなんだよね?フリじゃないんだよね?」


「ああ勿論だ。俺はアリィを心から愛しているし、彼女だって愛してくれている。

だからルイス、お前がいるんだ」



そう言う父上の顔は真剣そのもので嘘つきの顔ではなかった。


だから僕は他人の話よりも父上の話を信じられた。





そうして少ししたら僕に双子の弟妹が生まれた。


僕は嬉しくなって『父上、仲良しの証拠だね!』と言ったら慌てて口を塞がれたっけ。あの時はどうして父上が慌てていたのか分からなかったけど、今ならよく分かる。


ゴッホン、僕だってそれなりに大人になったから。 

今年の冬にまた弟か妹が産まれる予定だけど、その時はあの台詞は絶対にもう言わないつもりだ。






父は未だに屋敷にいる時は片時も母から離れない。

まだ幼い弟達は猛抗議するが父上は『愛する妻のそばにいてなにが悪い』と開き直る始末だ。



父であるライアン・リーブス伯爵は文官として切れ者と言われているし、家族思いの良き父だ。でも母絡みになると本当に残念な大人になってしまう。


でもそんな父上を見つめる母上の眼差しには愛情が溢れていて温かい。それは全てを包み込むような優しさでどんな時でも僕たち家族を安心させてくれる。



 やっぱり、いいよな。

 父上も母上も、最高だ!



僕はそんな両親が大好きで誇らしくて堪らない。





まだたまに勝手なことを言ってくる輩はいるけど父上が裏で対処をしているのも知っている。

家族に見せる顔と違ってその時の父上は別人のようで少し怖いけど、そんな父上も格好良くて好きだ。



全力で母上と家族を守る父上を見ているといつか僕も父上のような男になって、素晴らしい女性と巡り会いたいと思う。


その時は僕は絶対に言葉を惜しんだりしない。

だって父上も母上も『想いはちゃんと伝えることが大切だ。そうしたら幸せになれる』って言っているから。




(完)




最後まで読んでいただき有り難うございました♪


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