14.対峙する声①
私とライアンが二人だけでいる部屋は重苦しい雰囲気が漂っている。こんなことは結婚してから初めてだったから、お互いに戸惑っているのが分かる。
彼は私を真っ直ぐに見つめているが、話し出す気配はない。
これからどうなるかは分からないけれど、逃げないと決めたから私から話し始める。
「ライアン、私は完全に記憶が戻ったわ。そして正気でなかった間の記憶もあるの。
まずは謝らせて。三ヶ月ものあいだ本当にごめんなさい。どれほど迷惑をかけていたか覚えているわ。
それにありがとう。離縁もせずに屋敷で手厚く看護してくれて、本当に感謝しているわ」
「アリーナ、迷惑なんて思っていない。君が良くなってくれたんだからそれだけでいいんだ」
彼は私を見つめてそう言ってくれている。その言葉に嘘はないと思う。
このままここで私が話を終わらせたら元通りの生活に戻れるだろう。
私が目をつむっていたらいいだけ。
でもそれを私は望んでいないから話を続ける。
「…このままこれ以上私が話さずにいれば、これまで通りの生活が送れると思う。表面上は穏やかで安定した生活を。その道を選ぶのが貴族としては正解だと分かっているわ。
でもそれではもうだめなの。
その道を選んだら私はまた耐えられなくなって逃げてしまうかもしれない。私とあなただけの問題で終わるならそれもいいわ、でもルイスがいる。
私はもう二度と息子を一人にしたくない。成人するまでどんな時も側で見守ってあげたいの。
だからね、…これまで通りではだめなの。
ごめんなさい、淑女としても伯爵夫人としても失格だと分かっているわ。
でも私の気持ちをあなたにすべて伝えたいと思うの。ライアン、すべてを聞いてくれる?」
彼が聞いてくれないとは考えなかった。
きっと彼もどんな形であれ前に進むことを望んでくれていると思えた。
「もちろんだよ、君の想いを俺も知りたい。最後まで聞くからどうか全てを話してくれ」
ライアンは頷きながらそう言う。
その言葉を聞き私は深く息を吸い込んでから話し始めた。
彼と愛を育めて嬉しかったこと、ルイスに恵まれて幸せを実感していたこと。この幸せな生活を何よりも大切に思っていたし、永遠に続くと思っていたこと。自分の想いを伝えるために言葉は惜しまなかった。
彼は言葉を発することはないが同じ気持ちだと示すように何度も頷いてくる。
あれを見ていなければ、彼を疑わずに微笑み返せていただろう。でも今は出来ない。
そして私はカトリーナ・ガザンが帰国する前に耳にした彼の言葉、帰国後に目にした彼の言動、それをどう感じていたか隠すことなく思ったまま言葉にする。
それを聞き彼の表情は苦痛で歪み、噛み締めている唇からは血が滲んでいる。
彼が私の言葉で傷ついているのが分かるけど、構わずに話し続けた。
「あのね、あなたとカトリーナがお互いを愛称で呼び合っているのを聞いてから私は『リーナ』という言葉が聞こえなくなったわ、それに『ライ』とも呼べなくなった…。呼ばなかったのではないの呼べなかったの。
それでも私はあなたを愛していたから一緒にあなたと人生を歩んで行きたいと願ってしまった。あなたの私への態度は変わらなかったから望みを捨てなかったの。
でもそれもお茶会の庭園までだった。
あの時、私はライアンがカトリーナを選んだのを見ていた、切られて倒れながら二人の姿を見続けていたの。
それを見て私は『あなたの幸せは彼女なんだ』と悟ったわ。私と一緒にいることではないとはっきりと分かったの。
あなたは私を愛していなかった」
自分でも驚くほど冷静にすべての想いを伝えられた。
覚悟を決めたからだろうか。それとも最後に見た彼の後ろ姿がそうさせたのか。
私からこう言えば責任感が強い彼は自責の念に駆られながらも、自由になれると思った。
偽りを選ぶよりお互いに違う道を選んだほうがいい。
これでいいわ、これで…。
そうでしょう、ライアン?
彼は私の話を最後まで黙って聞いてくれていた。
でも彼の握り締められた拳には爪が食い込み血が滲み出ている。それに顔色は青ざめ、話を聞いている途中でその身は何度も震えていた。
その反応は私が想像していたものとは違うものだった。




