94_セクレト警備部門へ
クレアの秘書から手渡された、ネイビーブルーを基調とした警備部門の制服。
港湾ブロックの一室を借りて着替えた俺を待っていたのは、満足気な笑みを浮かべたクレアだった。
「まあ! やはり私の見立て通り、お似合いですわ」
「そ、そうか? こういう襟がしっかりした服は久しぶりなんだ。変じゃないか?」
久し振りにピシっとした制服に袖を通したからか、服に着られているような違和感が拭えない。
帝国軍に籍があった時は毎日制服だったから着慣れていないわけではないが、あの頃は黒を基調とした加飾の少ない軍服だった。
それと比べると、ネイビーブルーと少しの加飾が加えられたセクレト警備部門の制服は少しオシャレな気がしてならない。
「そんな事はありませんわ。やはり素材が良いからでしょうか? 弊社の制服もよく似合っておられます。如何でしょう、このまま私個人の護衛として雇われるというのは」
「お生憎ながら先約がありまして。丁重にお断りさせて頂きますよ、クレア様」
まさか帝国軍以外で、それも御三家の準軍事部門の制服に袖を通すことになるとは思わなかったが……まあ、それほど悪くはないんじゃないか? 似合っているらしいし。
「お嬢様、次の予定が迫っております」
「もうそんな時間? ではオキタ様、続きは移動しながら」
部屋を出て港湾ブロックの出口へと向かう。
先頭を行くのは俺に制服を渡してくれたクレアの秘書だ。
クレアが伴っているのは彼女だけ、護衛の姿は見えない。グラナダでの開発計画の時もそうだったが、傍付きの護衛は付けずに周辺を固めるだけに留めているのだろう。
付けていないと言うより、必要ないと言えばいいのだろうか。
P.Pホルダーと白兵戦になったら全力で逃げろ、なんて教練マニュアルが帝国軍陸戦隊では大真面目に広まっているくらいだ。
何せ実弾は止める、レーザーは曲げる、パワードスーツは翳した手をギュっとするだけで丸く圧縮することだって出来る。そう言っていたのは、同じくラビット商会のP.Pホルダーである双子の言だ。
強力なP.Pを持つクレアには銃はおろか、対戦車レーザーを持ったパワードスーツどころか戦車ですら相手にならないだろう。
しかもある程度なら心を読めるため悪意に気付きやすく、狙撃といった不意打ちの類も通用しないそうだ。となると、本格的に護衛がいる意味がなくなる。俺、必要ないんじゃないのか?
自分の存在意義について問いかけていると港湾ブロックの出口が見えてきた。そのまま港湾ブロックの外に出ると、準備されている大きな白い車が目に入った。
車両周辺は俺と同じ制服を着た人が周囲を警戒するように固めている。彼らが仕事仲間なのだろう。
顔見知りもチラホラいるが、全員が俺の姿を見るなり直立不動で敬礼してきた。何だ何だ? 凄い納得したように頷いている連中もいるし、きらきらした目で見られているような視線を感じる。
「あの者たちがこの2週間の護衛メンバーです。初めはいつも通りのローテーションで回そうかと思っていたのですが、オキタ様と働きたいという声が多かったので護衛チームから選抜しました」
「選抜? 何でそんなことに」
「再誕計画の折に命を救われた者たちです、皆憧れているのでしょう。オキタ様が軍に居た頃に助けられた、そう言っていた者もおります。オキタ様が自覚されている以上に、貴方様に命を救われた人は多いようですね」
「……何と言うか、そうハッキリ言われると恥ずかしくて背中がかゆくなるな」
「ふふ、恥ずかしがるのではなく誇って下さい。オキタ様は私の傍付きなのであまり関わることは無いと思いますが、メンバーの顔は覚えておいて下さいね」
熱い視線を送って来る護衛たちに返礼する。何だか震えてる奴もいるが、こいつら本当に大丈夫なのだろうか。
苦笑いを浮かべた俺が面白いのか、クスクスと笑うクレアが車両に乗り込んで行く。タイヤの無い白色のセダン、反重力デバイスを搭載した高級車両だ。
自動で開いた後部座席にクレアが乗り込んだのを見届け、助手席に乗り込もうとした所を秘書さんにやんわりと止められた。
「オキタ様も後部座席へお座りください」
「え? 護衛なので、前で見張りでもしようかなと思ってますけど」
当たり前の仕事をしようとした所を、秘書は首を横に振った。
「エスペランサコロニーでお嬢様を狙う愚か者はおりません。お嬢様の想いは、意中の方と少しでも一緒に居たい。今回のご依頼は、そんなお嬢様のお気持ちの表れなのです。なのでさあ、どうぞ」
「……じゃあ、失礼します」
そこまで言われると従うしかない。
一人一座席という括り、段差のない後部座席にクレアから距離を置いて腰を降ろすと、その隙間を埋めるようにクレアは詰め寄って来た。
あまり近づくと車が動いた時に危ないと言おうと思ったが、セクレト最高峰の技術が使われているであろう車が事故を起こす分けがないかと思い直す。
ふと外に目をやると景色が後ろに流れていく、車は既に発進していた。前にコロニーセントレアでセクレトのタクシーを借りたが、あの時よりも発進が自然過ぎて、後ろに流れていく景色が不自然に感じるレベルだ。
「これから2週間、オキタ様には私の護衛として朝から晩まで一緒に生活して頂きます。その他にも警備部門の教導を執って頂くわけですが、何か質問はありますか?」
「いや、特には無いな。契約書が送られてきてから紙が擦り切れるんじゃないかと思う程読み込んだから」
ハイデマリーとリタがな。俺は一度目を通しただけで十分だ、内容が変わるわけでもないし。
「では本日の一番重い業務についてお話させて下さい。私は断りを入れたのですが、先方がどうしても直接会って話をしたいと聞かなくて……」
「クレアが断っても話を聞かない? そんな奴がいるのか?」
「はい、面倒なことに私よりも立場が上の者になります。
名をヴァン・サイファー、ゼネラル・エレクトロニクスの現CEOですわ。此度の一件について、どうしても挨拶をしておきたいとご指名を頂いております」
「! それは、初仕事にしてはハードな案件だな」
関係者を全員消そうとした企業の親玉が一体何の用だ? 文字通りの挨拶って訳でもないだろう、何を考えているのか不気味だ。
オプシディアン・ハーベスターズとブラックメタル鉱業連合の企業間戦争から端を発した今回の一件は、既に一応の解決を迎えている。
俺たちが届けたΑΩは情報局を経由して参謀本部へ預けられ、その行方は俺たちの関与する所ではなくなったが、アレハンドロ男爵やブラックメタルの爺婆のもとには分遣艦隊が派遣され、今後の採掘に向けての協議が動き始めている。
だが裏の話となると事情が異なる。
俺たちもバレンシア星系に着いて知ったことだが、ラビット商会がガリアン星系を脱した際に発表された2社の停戦を帝国が承認したのはラビット商会の到着をもってからだったらしい。
当事者が申請した停戦を即時承認しない……つまり俺たちが辿り着くと都合の悪かった奴が帝国側にも居るという裏付けが出来てしまったわけだが、見えない敵にリソースを割けるほどの余裕が俺たちラビット商会にはない。
だからクレアと、本件については中立だと信じるしかない帝国軍情報局の調査を待つしかないが、それでも問題は山積みだ。
まず、オプシディアン・ハーベスターズが秘密裏にΑΩをG.Eに納入した件。
アレハンドロ男爵がΑΩの発掘を黙っていたこと。もしくは報告したものの、報告先の都合で情報が止められていた可能性を考慮すると、その調査対象は多岐に渡ることになる。
調査には時間が掛かる上に、アレハンドロ男爵は貴族連に連なる由緒ある貴族だ。
特権階級の権化である貴族連に捜査の本腰を入れる程、情報局が事件の真相を気にしているようにも思えない。
そんな政治をするつもりがあるのなら、評議会に先んじてまで直轄部隊をΑΩ確保に向かわせないだろう。彼らは過去の出来事よりも、これから得られる実利に興味を示している。
次にG.Eが帝国が封印した技術を用いていた件と、ΑΩ搭載機を無許可で運用していたこと。
これらにどう決着が付けられるのか、はたまたもう決着が着いたのかは分からないが、何にでも口を出さないと気が済まない評議会がしゃしゃり出るのは想像に容易い。
これについては、素直にざまあみろヴァン・サイファーだ。
ただ、G.Eが行ったブラックオプスについては黙っておくしかない。
出る所に出れば白黒付けられるだろうが、そのためには全てを表沙汰にする必要がある。味方を含めた全方位に喧嘩を売って、だ。
それで得られるのは自分たちの鬱憤を晴らすためだけの勝利。虚しいなんてものじゃない。
こんなバカげた勝負を仕掛けるのは、矢面に立たず安全な外野から茶々を入れるだけの奴か、正しいことだけが正しいと思っている脳味噌お花畑な連中だけだ。
水戸黄門が成り立つのは御老公の腕っぷしが強いからじゃない。
水戸の御老公という立場があって、初めてあの印籠は効力を発揮する。
今回の一件、世界に与える影響力だけを見ればG.Eが水戸黄門側だ。関係者を抹殺するためなら平然と特殊部隊を差し向ける悪党だろうが関係ない、逆らえない権力という怪物は存在するし、怪物には倫理や善悪の感情は一切介在出来ない。誰が言おうと関係ない、そういうものなのだ。
けれど、俺たちはそんなG.Eを一度跳ね返した。
世間一般ではこれだけでも偉業と言っても良いだろうが、本来は彼我の差が大き過ぎて話にならないレベルだ。例え次があるとしても俺たちの得意な土俵で戦ってくれるかも分からない以上、白黒決着をつけるよりも中途半端な形にしておかないと後が怖い。
強いのはセクレトであって、零細のラビット商会じゃない。
苦虫を潰したような表情でハイデマリーはそう言っていたし、俺も完全に同意する。
御三家を相手に戦争ができるのは、同じ力と規模を持つ御三家だけ。今の俺たちに出来るのは、いざと言う時には矢面に立つと宣言してくれたクレアの切り札となることくらいだ。
こんなことはヴァン・サイファーも承知の上だろう。だから彼の言う”挨拶”とやらが何なのか。正直なところもう関わり合いたくないのが本音だが、向こうがお呼びと言うなら相手をしてやるくらいの心持ちでやってやるしかない。
G.Eからすれば吹けば飛ぶような個人商会だろうが、今回の一件は個人的にも腹に据えているものがあるのだから。
「さあ、本社に着きましたわ。ようこそ、私のセクレトへ」
俺たちを乗せた車はビル上部の庭園へと降り立った。
車から降りた真正面、2mは超えていそうなサイボーグ立っている。あれがヴァン・サイファー……まるで出来の悪い悪役ロボみたいな外見だな。
「クレアは口を出さないでくれ」
「何を考えておられるのですか?」
「ご挨拶だよ。相手もそれを望んでいるはずだ」
「……かしこまりました。ですが、必要とあれば前へ出ますよ?」
させねーよ。こっから先は、男の戦いだ。
本年度もゆる~くよろしくお願いします。




