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宇宙の傭兵SF冒険譚  作者: 戦慄の大根おろし
策謀の企業間直接戦争
106/109

102_だから私は

クレア視点です


 ―――私が彼と直接会うことが出来た時の話だ。


 彼と直接会うことが出来た私は、自分でも分かるくらい機嫌が良かった。

 ただ一つだけ気に入らなかったのは、私は彼を意識しているが、彼が私を意識していないこと。私が一方的に彼を意識しているのはそうだが、それが事実なだけに気に食わなかった。


 いっそ所属している商会をそのままセクレトが買収してしまおうとも考えたが、クラウン第2艦隊司令から、商会主人が帝国の”リスト”に載っていることを教えられたため、商会ごと引き抜くことは出来ない。


 でも、時間さえ掛ければ彼自身を引き抜くことは出来る。


 何故なら、私はクレア・セクレトだから。

 特別な私にこそ、特別なあの人が相応しいから。


 戦いしか知らない男の子など、数ヶ月もあれば身も心も堕としてみせる。幸いなことに、容姿には自信がある。彼の視線が私のどこを見ているか、何を考えているのかは、P.Pを持つ私には筒抜けだ。


 そして始まった開発計画。

 彼の隣で警戒心を露にするリターナ・ベル……などという落ちぶれた貴族のことなど気にも留めず、私は毎日毎時間、彼から一時も離れず、献身的に支え続けた。

 業務時間外でもそれは変わらない。身の回りの簡単なお世話から話相手、時間調整。やっていることは彼の付き人みたいなものだったが、不思議とそれは苦痛ではなかった。


 食事に誘えば二つ返事でついて来る彼。

 少しボディタッチをすれば、鼻の下を伸ばしてドギマギする彼。


 所詮は辺境の男の子、初々しい反応がお可愛いこと。

 一生懸命私の誘惑に耐えようとする彼は見ていて微笑ましく、一緒にいる私も自然な笑顔を浮かべることが出来ていた。




 ……出来るように、なっていった。

 予定していたはずの”堕とす過程”が、いつの間にか思い出せなくなってしまう程に。それが計画の一部だったのか、そうでなかったのか。当時の私には判別がつかなった。



 グラナダは軍事惑星で、帝都にあるような余暇を過ごせる物は何もない。

 私の仕事は本社から送られて来るが、彼を支えるために大半を部下に任せていた。

 そうしていると、やはり暇な時間が増えてくる。私は下心とは別に、暇になると彼を探し、邪魔者も含めた時間を過ごす様になっていった。


 ……本当に、それが楽しかった。

 子供の頃から大人に混じって働いていたはずの私たち。けれど彼らは傭兵(私はセクレト)で、同世代で、何より自由(責任と重圧)だった。

 全てが私と正反対。今までそんな同世代と一緒に居た経験の無い私は、彼らの身の上話を聞き、自然と私自身のことも話すような関係性になった。


 好きなものは甘いモノ。嫌いな物は辛いモノ。

 セクレトとしての義務と責任のために疲れても頑張らないといけないこと。

 友人の近衛三席の失言に振り回されるのはいい加減にして欲しい事。

 御三家とはいえ、小娘として周囲の人間に侮られていること。

 G.Eの脂ののった部長にいやらしい目で見られて不機嫌なこと。


 気付けば、引き抜きたいオキタ様、邪魔だったはずのリターナ様は、私にとって大切な友人になっていた。


 だから、私は選択した。

 中央評議会から受けたオーダーを伝え、オキタ様の味方になると。

 特別なオキタ様に相応しい、特別な私であり続けるために。












「おーい。クレア」


 不意に名前を呼ばれて、思考が現実に引き戻される。


「はい?」


「昼休憩終わりな。次、行くぞ」


 目の前には、あれだけ沢山のオカズを乗せていたトレーを空にしたオキタ様の姿。あまりにもいつも通りの調子で彼はそう言った。


「……次、とは?」


「そりゃあ、訓練に決まってるだろ」


 私を含めた食堂にいた全員の動きが思わず止まった。

 昼食を食べ終わった直ぐなのに? あれだけ午前中無理をしたのだから、午後は座学メインでも良いのでは? それに少しくらい休憩を挟まないと消化もされず、最悪戻してしまうのではないか……そこまで考えが及んだ所で、ノっているオキタ様の心が読めた。


 この人は、本当にやるつもりだ。


「え?」

「今から?」

「まだ腹減って――」


「はいはい、文句は後。全員移動開始! 駆け足駆け足!」


 急いでトレーを片付ける者。飲物を流し込む者。結局昼食にありつけなかった三分の彼が、携帯食料を頬張りながら駆け出していく。


 一足先に辿り着いたシミュレータールームで待っていると、再びパイロットスーツに着替えた全員が駆け足でやって来た。

 教官役のオキタ様を除き、隊員は満腹と疲労が混ざった最悪の状態のようだ。身体は重く、頭は鈍く、さっきまでの笑い声はもう残っていない。


「よーし、後半戦いくどー」


 そんな状態の部下たちに向かって、オキタ様はいつも通りの軽い調子で言った。


「午後は複座な。後ろに乗るだけでいい。操縦は俺がやる」

(クレア止めんなよ~?)


 止めるつもりはありませんが……本当にやるおつもりなのでしょうか。

 いくら何でもこのコンディションで相乗りは……私のその予感は、部下たちも同じだったらしい。


「え、後ろって……見学じゃないんですか?」


「見学? 違う違う、体験だ。墜とされる側の危機察知だけじゃなくて、墜とす側の感覚を知った方が理解の範疇が大きく変わる……って、俺の補佐官が昔言ってた。だからほら、やろうぜ」


 その言葉に、全員が一斉に顔を引きつらせた。

 訓練用に設けられている複座シミュレーターは、操縦を学ぶためのものではない。熟練者の感覚を“共有”させるための装置だ。

 ただ今回に限っては共有という言葉は優しい。オキタ様の考えは―――上書きに近いのだろう。


「じゃあ一人目。三分君、カモン」


「えっ、そこ基準!?」


「栄えある第一号だ。……酔って吐くなよ?」


「……あ! ……スゥ――――――」


 漸く気付いた様子の隊員は半ば引きずられるようにして、隊員が複座シミュレーターへ押し込まれる。

 前席にオキタ様、後席に哀れな一人。


 ハッチが閉じる音が、やけに重く響いた。


『いいか、何も考えるな。見ようとするな。ただ感じろ』


 通信越しに聞こえる声はいつもと同じ、落ち着いたもの。

 ただ、嫌な予感から妙な緊張感が背中に張り付いている。


『対TSF戦闘を開始します』


 管制AIがシミュレーターに搭載されている対宙賊のデータを再生。

 そして模擬戦が始まった次の瞬間、モニターに映る一人称(オキタ様)の視界が裏返った。


『う゛』


 推進光が視界の端に映るほどの反転。

 急制動からの急加速。

 方向感覚の消失。


『う、ぉ……っ!?』


 見ているだけで酔いそうになる視界に、悲鳴とも呻きともつかない声が混じる。

 それでもオキタ様の声は、相変わらず淡々としていた。


『今のは失敗例な。敵に正面取られるとこうなるから、その時はこう返すと効率的だ』


 言葉と同時に、さらに無茶な機動が叩き込まれる。

 後席の隊員の呼吸が乱れ、バイタルモニターが赤く跳ねた。

 効率的どころの話じゃない、あれはもう殺人的な機動だ。オキタ様の身体が持つ驚異的なG耐性を持って初めて成り立っていることを、私は今になって思い出した。


「ちょ、ちょっと……!」


 思わず声を上げかけたが、途中で止めた。

 本当にここで止めてしまっていいのか? 訓練目的は最初に伝えていた。ここまでやらないと生き残れないのであれば、今止めることは訓練に立候補した彼らの邪魔になってしまうのではないのか。


『……おい、大丈夫か?』


『だ……大丈……』


 言葉の途中で、通信が一瞬途切れた。


「……失神、寸前ですね。―――アリアドネ? 直ぐに医療班を寄越してくれるかしら。1ダースほど常駐させて貰えると助かるわ」


『クレアさん? 何かあったんですか?』


「オキタ様が無茶をやって、訓練中の隊員が失神寸前なの。急いでもらえる?」


『あれま、それは大変。直ぐに送りますね』


 続けるかどうかは彼らに任せる。なら私は、そのサポートに留めよう。


「はい、じゃあここまで」


 そう言って、オキタ様は何事もなかったかのように機体を停止させた。

 ハッチが開くと、後席の隊員はほとんど担がれるようにして降ろされてくる。目は虚ろで、脚は完全に言うことを利いていない。


「……あいつ、生きてます?」


「……たぶん……」


「な、なあ、こんなの昼飯直後にやられたら……」


 周囲から引き攣った笑いが漏れる。私が彼らの立場なら、絶対に逃げている。


「次」


「お、おおお、お願いシャス!!」


 恐怖で震える姿を隠そうともせず、それでも処刑台へと自ら足を進める部下の肩をオキタ様は掴んで笑っている。

 私はその様子を、少し離れた場所から見ていた。


 失神寸前の部下。平然と操縦する彼。それを当然の結果として受け入れている自分。


 ―――ああ、やっぱりこの人は違うんだ。

 謀りもなく、清々しいまでに正面からぶつかってくる彼から逃げるのは簡単だろう。けどその清々しさに、一生懸命さに惹かれる人が多くなるのも理解できる。

 仕事だからとか、義務だからとかじゃない。その純粋さが、単純に人の心に直接訴えてくる。

 彼の気持ちを受け取ってしまったら最後、ついて行きたくなってしまう。私がそうなったように、誰かを“連れていけてしまう”。


 ……連れていかれる側の覚悟も知らずに。


 だからオキタ様を止めることは出来ない。けどそれでもいい。私のことを忘れさえしなければ、彼がどこへ行こうと、誰の隣に立とうと構わない。

 戦場で判断を誤りそうになった時。眠れない夜に、ふと何かを思い出した時。オキタ様の中に、必ず私が混ざっていればいい。


 私とラビット商会を並べた時、彼はきっと私を選べない。正直だから。でも、帰ってこなくてもいいとは思わない。逃がすつもりが無いのは変わらない。


 私はただ、方法を変えるだけだ。

 彼の世界に、“私を知っている”という事実を強く残す。


 それで十分。今は、それで。



 私は、それを”満足”と呼ぶことにした。




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