外伝 アスラン 29 最終話
眠るアスランをジッと見つめながらガートレードは祈るようにその手を握り締めた。
生気を失った心神喪失状態のジル・ウィーズはすでに捕らえられており、現在、ウィーズ鄭に捕らわれていた者達もみな保護された。
大賢者が犯した禁忌。
現在城は騒然としている。
ガートレードの見解では、奴隷商に捕らわれていた時にはすでにもうジル・ウィーズは精神に異常をきたしていたのだと推測している。そして魔力を大量に有するアスランを見つけ、自らの野望の為に、自らの叡智を注ぎ込んで、禁忌の種をまいたのだ。
何の関係もない、アスランを犠牲にしようとしたのだ。
机をガートレードは勢いよく叩きつける。
「くそ……」
そしてそれを自分は、止められなかった。
ドミニクとレイブンからアスランの背中に刻まれた文様について聞いていたガートレードは秘密裏にそれについて調べていた。だがまさか、それを刻んだ犯人が大賢者だと誰が思っただろうか。
アスランの魔力を吸い生み出された邪神の異形。
下手をすればあれは人間をどんどんと呑み込み、一度広がってしまえば大変なことになっていただろう。
アスランはそれを見事に止めたのだ。
自らの体を犠牲にして……。
全身から抜け落ちた魔力は未だ回復せず、アスランの意識も戻っていない。
「アスラン……」
ガートレードは三日三晩、ずっと傍でアスランが目覚めるのを待っていた。
細く小さな手をぎゅっと握りしめ、ガートレードはうつむく。
「神よ……どうかこの子をお救い下さい。どうか……」
まだ、何もできていない。
好きな所に遊びに連れて行ってやりたい。
美味しい物をたらふく食べさせてやりたい。
美しい世界を、見せてやりたい。
地獄ばかり見て来たこの子に、これから幸福なことしかおこらないようにできたらいいのに。
「アスラン……」
目を開けてくれ。
「……先生?」
ガートレードは目を見開き、眩しそうに瞳を開けたアスランを、見つめた。
「アスラン」
「はい……いって……わぁぁ。体がきしむってこういう感じなんですね」
「アスラン!」
先生が僕をぎゅっと抱きしめた。その温かさに、僕は笑った。
先生が、生きていてよかった。
「先生、苦しいです」
「生きていてくれてありがとう。アスラン……」
「え?」
先生は、ぼたぼたと大人なのに泣いていた。
「なんで泣いているんですか?」
「嬉しいからだ。生きていてくれて、ありがとう。良かった。無事で、生きていて、良かった」
その姿を見ながら、僕は気が付いた。
僕が先生に生きていてほしいと願うように、先生も僕に生きていてほしいと願ってくれるのかと。
「あれ……」
僕の目からも涙が零れ落ちていった。
あぁ、そうか。僕は嬉しいんだ。
僕にも、普通の人と同じように、大切に思える人がいて、大切に思ってくれる人がいて。
普通の子どものように、今、この瞬間、先生と……。
「お父さん……」
一度だけでもいいから呼んでみたかった。今なら気づかれないと思って、小さな声で呟いた。
すると先生が僕をぎゅっと抱きしめる腕が強くなった。
「ふふ……嬉しいものだな。パパでもいいぞ」
すごく恥ずかしくて、僕はそれを聞こえないふりをした。
その時、外が騒がしくなったなと思ったら、ジャン、ゲリー、リード、それにドミニク様が部屋に飛び込んできた。
「アスラン! 声が聞こえたぞ!」
「目が覚めたの!?」
「アスラーン!」
三人は僕の上にのしかかるように飛び乗ってきて、ドミニクが慌てた様子で三人をベッドから降ろしていく。
「大丈夫か!? 目が、覚めたのか!?」
それからはすごく賑やかな時間だった。
皆が僕が目覚めたことを喜んでくれたのだ。
生まれてきて、良かったな。
僕は、心の中でそう静かに思った。
ジル様はその後、幽閉処置となったようだ。元々体は弱っていたので、どれほどの時間生きていられるかは分からないと先生が言っていた。
僕は別に、もうよかった。
恨んでもいない。
ただ、僕は自分はあぁならずに良かったなとそう思うだけだった。
「アスラン、行くぞ」
そして僕は体調が回復してから先生と一緒に旅に出ることになった。
「はい!」
「世界は広い! さぁ、冒険の始まりだ」
「先生、無理しないでくださいよ」
「ははは。こっちのセリフだ。旅の途中で、魔術師の仲間をヘッドハンティングできたらいいな」
「そうですね。父さん、行きましょう」
「あぁ、アスラン」
あれから二人きりの時にはたまに父さんと呼べるようになった。
ただ、まだまだ恥ずかしい。
僕には名前があって家族がいて、なんて幸福なのだろうか。
僕は青く澄み切った空を見上げながら、そう、思ったのだった。
「アスラン様? その手紙、どなたからですか?」
「ん? ……父からだ」
「え!? アスラン様のお父様ですか!?」
シェリーに私は笑みを向けると言った。
「いつか、紹介したい。ただ、今どこにいるのかわからないんだがな」
手紙はいつも突然届く。ただ、元気に生きてくれているようでなにより。
私はそう思い、封筒に手紙をしまったのであった。
最終話まで読んで下さりありがとうございました!
書けてとても楽しかったです(●´ω`●)








