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書籍化【完結連載版】聖女の姉ですが、妹のための特殊魔石や特殊薬草の採取をやめたら、隣国の魔術師様の元で幸せになりました!  作者: かのん
第三章 外伝 アスラン

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外伝 アスラン 8

 秘密基地とはどのようなものなのだろうかと思っていたが、王城の一角に鬱蒼とした森がありその中に小さな小屋が立てられていた。


 中には木で削って作った剣や、釣り竿などが用意されていた。


「ここら辺一角は、私の好きなようにしていいって言われている区域なんだ。私は王子でね、基本的に外に自由はないから、父上と母上がここでは子どもらしく過ごしていいって。寛容な両親だろう?」


 自分とは生きる世界が違うなと思いながら、僕は小屋を見回した。


 そこにあるものは全てが清潔そうであり、自分が今まで生きて来た世界との違いを感じた。


 この子達は、凍えそうな寒さも飢えも人の腐っていく臭いも知らないのだろうな。


「釣りしよう。ほら、これ貸すよ」


 ゲリーに屈託のない笑顔でそう言われ、僕はうなずく。


 遊べという命令だった。


 それに従えばいいだけだ。

 

 感情なんてものを動かすからいけないだけで、それを止めれば静かなものだ。


「釣りの仕方しらない」


 僕がそう伝えると、三人は笑顔で言った。


「じゃあ教えてあげよう」


「僕も得意じゃないけど、教えられるよ」


「この三人の中だと俺が一番得意だ! 任せとけ!」


 いい子達なのだろう。とても優しい。


 その後は釣りと言うものをした。魚は、釣ったら逃がすのだという。


 せっかくの食べ物なのに勿体ないなと思った。


 そして昼過ぎになると三人で最初のお茶会の場へと戻る。昼食と、それからドミニクが持ってきたというお菓子がたくさん並んでいた。


 見たことのない物ばかりだ。


 高級そうで、美味しそうで、とてもきれいなもの……。


 その時だった。


「あぁ! 良かった。ここにいたのか」


 顔をあげると、こちらに急いできたという様子のガートレードの姿があった。


 僕はその姿を見た瞬間に、ガートレードの方へと向かって走り出していた。


 良かった……。もう、耐えられなさそうだったから。良かった。


 ここは、以前暮らしていた場所とは違ってとても美しい。けれどその美しさが優しさが眩しすぎて、僕は息が苦しくて仕方がなかった。


 感情を殺そうとしても、湧き上がってくる何で胸がつっかえるのだ。


 ガートレードは目の前まで来た僕を、ひょいと抱き上げた。


「すまなかったな」


 その言葉に、僕は身を丸くする。


 脳裏をよぎっていくのは、いつか見た、転んだ子供を抱き上げる親の姿。


 あぁ、これがあの時感じた子どもの温かさなのだろうか。


 ガートレードが来ると、三人は立ち上がり一礼する。


「ガートレード様、お久しぶりです」


 ジャンの言葉に、ガートレードは微笑むと言った。


「殿下。お久しぶりです。今日は私の弟子が世話になったようですな。ありがとうございました。ですが、少し疲れたようなので、連れて帰ります」


 僕の様子に三人は驚いたようだった。


「大丈夫でしょうか? 先ほどまでは一緒に遊んでいたのですが……」


「疲れただけです。大丈夫。では、失礼いたします」


 僕は少し顔を上げて三人に伝えた。


「ありがとうございました」


 世話になったのは間違いなく、ガートレードが礼を言ったのを聞いて僕も真似た。


 人にお礼を言うのは初めてだった。


 三人は微笑んでいった。


「また遊ぼう。いつでも待っている」


「もう友達ですからね」


「次は狩りにも行こうな!」


 三人の言葉に、僕は小さくうなずいた。


 そしてガートレードに抱っこされたまま、僕は三人と分かれた。


「……疲れただろう。すまない。無理をさせた」


「大丈夫……です」


「気軽に喋って構わないさ。その格好も、ドミニクめ。あいつ次会ったらただでは置かない」


 僕は瞼が重たくて思たくて仕方がなかった。


 どうしよう。温かさが心地よくて、ダメだと思うのに……。僕はガートレードの言葉を聞きながら、静かに夢の中へと落ちてしまった。


◇◇◇


「ん? あぁ。眠ってしまったのか……」


 ガートレードはため息をつくとその背を優しく撫でた。


 それと同時に、ガートレードはドミニクに腹を立てていた。


 ドミニクは現国王の弟である。それ故に、自分本位なところが多い。


 昔から配慮の足りない奴であったが、今回の一件は度を越している。


 面白半分なのだろう。悪意はない。他意もない。だが、この小さな男の子にはあまりに残酷な仕打ちではないだろうか。


「すまなかった……」


 改めてそう呟き、馬車に乗り込もうとした時であった。


 私が着たと言うのを聞きつけてだろう。


 ドミニクがこちらに歩いてきた。


「ガートレード! 来たのか」


 気軽に話しかけてくるドミニクの胸ぐらを、ガートレードは男の子を抱きかかえる反対の手でつかみ上げた。


「え? え? なんで、そんなに、怒っているんだよ


「……お前、この子のことを一切考えていないな」


「あー? まぁ。可哀そうな子だよな。俺もちょっとほだされそうだけど、だがそんなに怒る理由が分か

らない。ただ王城で遊ばせてやろうと思っただけだろう?


「この子は極度の栄養失調だ。肉体は魔力で保たれているだけだ」


「え?」


「そんな子に、遊べ? バカか! それに、この子の生きて来た世界は……くそっ」


「おい。おい。落ち着けよ」


 ガートレードは、馬車の中から資料を取り出すと、それをドミニクへと押し付けた。


「これがこの子の生きて来た世界だ。そんな世界から突然こちらの世界へ投げ込まれてみろ。どんな気持ちだったか」


「え?」


 それは、奴隷商についての資料であった。狭い部屋の中に詰められた奴隷達。痩せ細り、ごみは溢れ、地面に転がって死んでいる者もいる。


「……え?」


「この中に、大賢者ジル・ウィーズ様がいてな、先ほど保護してきた。ほんの半年前まであの少年が懸命

に、彼を世話していたらしい。優しい子だ。自分も生きるのがやっとの世界だっただろうに……とにか

く、ひと月我が家への入室は禁じる。じゃあな」


「ガートレード! すまなかった! 本当にすまない!」


 何度もそう叫ぶドミニクの声をガートレードは無視して馬車へと乗り込んだ。


 抱きかかえている男の子は、かなり小さい。こんなに小さな体で、どれほどの苦痛を味わってきたのだろうか。


「これからは、幸福ばかりがきっと訪れる。だから、今はゆっくりお休み」


 ガートレードはそう祈るように呟いた。



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