外伝 アスラン 1
「気持ちが悪い……こいつは人間じゃねぇよ。化け物だ」
こちらを見て酷く気持ち悪そうに吐き捨てられた言葉。
次の瞬間、頬を殴られて、地面に転がった。
頭がぐわんぐわんと揺れて、口の中に血の味が広がった。
「おい。殺すなよ」
「わかっているよ。ただ、ちょっと教育するだけだ」
そう言って、何度か蹴られ続けた。
全身が痛くて、うめき声を上げながら、喉の奥からひゅーひゅーと息を吐く。
「ははは。こんだけ蹴られても、悲鳴すらあげない。さすが化け物だな」
にやにやとした笑みを浮かべた男は僕を蹴ることに飽きたのか、椅子に座って煙草をふかし始めた。
煙草匂いが部屋いっぱいに広がっていく。
「おい。寝てないで水くみしておけよ」
そう言われ、僕はふらつきながらも体を起き上がらせると、バケツを持って外に出た。
外は、雪がちらついていた。
空には厚い雲がかかり、地面に積もった雪の上を、ざくざくと音を立てながら歩いていく。
……寒い。
白い息を吐きながら、空を見上げる。
肌に触れた瞬間溶ける雪。瞼を閉じれば、シンとした、無音の世界が広がる。
自分の息遣いが聞こえる。
目を開け井戸に向かってみずをくもうとしたけれど、何度縄を引っ張っても、桶を上げられない。内側で凍っているようだ。
ぼろぼろの指が切れて血がにじむ。
それをぺろりと舐めて、ため息をついた。
「……ダメか……仕方ない」
バケツに綺麗な雪をあつめていれ、近くの、天井が半分壊れてすでに使われていない納屋までいくと、納屋に残されていた干し草と木の枝で焚火の準備をする。
そして、持っていたナイフで自分の指先を切り、血をぽたぽたと流しながら、床に魔術陣を描いていく。
出来上がり、魔力を流すと焚火に火が付いた。
「よし……これであとは溶かすだけ」
縄を天井の梁にかけてバケツ吊るし、火の熱で中の雪を溶かしていく。
そんなに時間はかからないはずだ。
ただ、指先も足先も寒くてたまらない。せっかくだからと火に近づけて温める。
すっぽりと天井に開いた穴から、薄暗い雲を見つめていると、楽しそうな声が聞こえた。
声につられて壁に開いた穴からのぞき見ると遠くの道先で、この先にある町の子どもが、両親と手をつないで歩いていた。
「雪だ! 雪! わぁーい!」
喜び、はしゃいだ子どもは両親の手から離れて、ちょっと走ったら転んだ。
子どもは泣きわめき、両親は心配して立たせた後、今度は抱き上げられていた。
温かそうな衣服に、笑顔。
「……走れば転ぶ。雪が見えないのか」
僕はバカなのだろうかと思いながらバケツの中身を確認すると、雪がしっかりと解けていた。
それを持って、家の中の水瓶に入れると何度か繰り返していく。
そして水瓶がいっぱいになったところで、焚火の火を消した。温かさが少し名残惜しかった。
家の中に戻ると、男達が武器の準備をしている。
「おい。今晩狩りがあるから、準備しておけ」
僕はこくりとうなずいてから、男達の食べ残しの食事をじっと見つめた。
狩りの前に出来れば何かを胃に入れておきたい。
少しでも食べられたら、それで動ける。
そう思っていると、男がこちらを見てにやにやと笑った。
「お? 腹が減ったか? 欲しいのか?」
「ください。動けた方が狩りが上手くいきます」
男はその言葉に舌打ちをすると、パンを床に投げ捨てた。
「はぁ。可愛げがねぇ。外で食え。目障りだ」
「はい」
さっとパンを拾い、外へと出た。
先ほどの火を残しておけばよかった。そう思っていると、納屋の方からパチパチと焚火の音が聞こえた。
向かうと、そこには見知らぬ男性が座っており、焚火で温まっていた。
「ん?」
「……誰」
訝しんで尋ねると、中年の男性は帽子を取った。茶色の髪に垂れ目の男性は、優しそうな笑みを浮かべると言った。
「私はガートレードという。ちょっと一休みさせてもらっているよ。あぁ、ホットミルクがある。飲むか」
僕は首を横に振り、ちらりと家の方を見てから、僕は答えた。
「早く行った方がいい。ここの住人は気が短い」
その言葉に、ガートレードはくつくつくつと笑い声を静かに立てる。
「幼子が、大人みたいな喋り方だな。そなた、名前は?」
ガートレードの言葉に、僕は何とも言えない気持ちなる。
人間だれしもが名前を持って生まれるわけではない。
だが、それをこの人に言っても仕方がないだろう。
「答えない。それより、そこは元々僕の焚火だ」
「あぁ。無断で借りてしまってすまんな。だが、この焚火、本当にそなたが?」
「……僕だよ」
「ほう……」
こちらを伺うようにガートレードが視線を向けてくる。
こちらのことを探ろうとするその目線が気持ちが悪い。僕は無視することに決めると、向かい側の火の傍に座り、パンをちぎって口に運ぶ。
それをガートレードが目を丸くして見てくる者だから、僕はさっとパンを隠した。
「これは僕のだ」
「いや。誰が子どもの食べ物をとるかね。それより、それだけか」
一つのパン丸ごと貰えるなんて今日はついている日だ。
僕は固いパンをちぎっては口に運び言葉を無視して食べる。
ガートレードは小さく息をつく、カバンから小さな鍋のような道具を取り出して、それを火に当てた。すると、それは赤く輝く。
鍋の中に水筒から水を流し込み、布の包みのものを入れると、ぐつぐつと煮立ち始めた。
僕はそれをじっと見つめる。
「今出来る。待っておれ」
「……その道具、魔術が構築されているね。菫靑特殊魔石と雑多な魔石が混ざっている。へぇ……どういう術式……? うーん……」
頭の中に、特殊魔石と共に、術式が巡っていく。
いくつかの例が頭を過っていくが、どうにもうまく組み合わされず、何かほかに仕掛けがあるのではな
いかとじっと観察すると、内側に別の特殊魔石が埋め込まれていることに気が付いた。
なるほど、これがあれば術式が完成する。
僕は地面に術式を描き、それから魔術陣にそれを組み入れていく。
「これを……こうか。うん。完成だ」
美しく組みあがった術式に、笑みを浮かべると、それを見ていたガートレードは息をのむ。
魔術陣……十にも満たない少年が、今それを構築した現実にガートレードは驚愕していた。
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